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【第二章完結】夢見る伯爵令嬢は、大家族の継母になる。  作者: 五十鈴 美優
第二章:切り離した過去と紡ぐ今

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50/60

16.記憶の欠片②

【注意】

本作には、暴力・犯罪・虐待・死・差別など、読者の方によっては強い不快感やトラウマを想起させる描写が含まれます。

これらの表現は、いかなる暴力・犯罪・差別行為を助長・肯定するものではありません。

フラッシュバックの心配がある方は、無理をなさらず、ご自身の心の安全を最優先にお読みください。

 最初は……何をされるのか見当もつかなかった。奴らは笑っていたけれど、何がそんなに楽しそうなのか、分からなかった。


 彼らは、笑いながらナイフで私の服を切り裂いた。全然、なんでもない顔だったと思うわ。

 ほら、学園の制服ってちょっと構造が複雑じゃない?そうするのが手っ取り早かったのよね。

 そこからはもう……


 必死で逃げては押さえつけられてを繰り返したわ。何が何だか分からなかったけれど、とにかく逃げないとって。殺されるような気がしたの。

 そう、とにかく必死だった。何とは分からないけれど、良くないことが起こるってことだけは分かったから。


 彼らは私を縄や鎖で拘束なんてしなかった。そんなことをしなくても人数が多いから、逃げられるわけがないっていうのもあるのだろうけど……。


 逃げる私が面白かったのよね。


 絶対に逃げられないのに逃げようとする馬鹿な貴族のお嬢様を、力で制圧するのが楽しいのよ。


 段々それに気づいた私は、逃げるのをやめた。

 それから、泣きも叫びもしなかった。奴らは、私が泣けば泣くほど、叫べば叫ぶほど……わ、笑って、より強く……痛めつけようとした。


 だから、どんなに痛くても、怖くても、辛くても、その感情を表に出さないようにしたわ。


 何も言えず、動かず、受け入れるしかなかった。あのまま抵抗していれば、怒りに火をつけるか、勢い余って本当に殺されるかもしれなかった。冗談じゃ済まない状況だったわ。


 途中から、痛みも恐怖も感じなくなったわ。自分の血や吐いたものの臭いもするのに……よ。

 

 細かい記憶は曖昧だけど……一つ鮮明に覚えているのは、あいつの言ったことよ。


 「これは罰だ。大した功績もないのに調子に乗った伯爵のバカ娘が」って。


 そんなの、逆恨みよ。ブランディ家とニューヤド家に確執があったことは後々知ったけれど。でも、だとしても、何の関係もない私にこんなことするなんて。人の道を外れたことよ。


 そう思えるのは今だからこそ、よね。本当に。その時の私は、段々自分が悪いって思い始めていたわ。


 それで……ああそう、何度か気を失っては覚醒してを繰り返して、気が付くと男たちは酒盛りを始めていたわ。


 比較的若い人が私を痛めつけさせて、それを見て盛り上がっていたわ。その若い人もろとも茶化すような感じで。


 そんな時ね。しばらく姿を消していたあいつが納屋に入ってきた。

 男の一人が、あいつに「このガキどうすんだ」って聞いたの。みんながあいつに注目していたから、私も自然に耳を澄ませたわ。


 そうしたら、あいつは……「俺たちはもうダイハンに行く。そいつは殺すなり、遊びに使うなり好きにしろ」って。あいつはそれだけ言って出て行った。


 ……わ、私、それを聞いた時、何も感じなかった自分の中に、感情が戻り始めたのが分かったわ。


 悲しみとか、恥とかじゃない。怒りよ。怒り。


 大人しくしたのに、こんな最期なんて。そんなの……ないでしょう?とうてい納得なんてできないもの。

 こんな、こんな酷い目に遭っているのに、誰も助けに来ない。このまま死ぬしかないなんて、絶対に嫌だ。……そう思ったのよ。


 それから、何人かの男があいつを追って出て行った。具体的な指示を仰ぎたかったのでしょうね。所詮、雇われの身ってことね。

 好きにしろと言われても、どうして良いか分からない。殺す度胸はなかったのかもしれないし。


 人が減った納屋で、私は何もされなかった。あいつの指示もないし、私も何も動かない、喋らない人形のようになっていたわ。


 飽きたのよ。


 彼らにとって私はもう、なんの反応もないボロ布だもの。最初から貴族のお嬢様であること以外に価値はなかった。ボロ布同然になった私は、ただの孤児と変わらない。そんなボロ布に好き好んで触れる人なんていないのよ。


 私はその時……完全に私という人間の価値が消えて無くなったって、思ったわ。おかしな話よね。あんな奴らにどう扱われようが、関係ないのにね。


 それで……そう、酔いつぶれた人間も出始めて、盛り上がりは冷めていったのね。寝ている男も多くいたわ。


 それから怒りのまま辺りを見回して、目に入ったのは、私の制服を切り裂いたナイフ。二本も無防備に置いてあったわ。制服を切る時に付いた私の血が、刃先で乾いていたわ。


 あいつらは誰も私を見張っていなかったから、どうにか手を伸ばして両手にナイフを持った。そうしたら、少しだけ勇気が湧いたわ。


 これは本の世界じゃない。王子様やヒーローが助けに来るような世界じゃない。

 

 もう、自分で逃げるしかないのよ。

 ……勇気なんて、綺麗なものじゃないわね。憎悪と、人間の生存本能ね。


 立ち上がった時、激痛で、まともに足の感覚なんてなかった。後で分かったことだけれど……裂傷と、損傷が酷かったみたいね。

 私を診てくれた先生……グレアム先生ね。まさか“あの子”のいる孤児院で再会するなんて思わなかったわ。


 話が逸れたわね、ごめんなさい。


 ……何の話だったかしら……そうだ、グレアム先生もね、「歩けただけでも奇跡だ」なんて仰っていたわ。そう……歩けなくなる人も、いるそうよ。


 ええとそれで、足に血が流れていることだけは分かったけど、まともに認識したら挫けそうだから、無感覚に……無感情になるようにしたわ。


 ……それで、どうにかドアまで走った。

 殆どの男は酔いつぶれて寝ていたけれど、二、三人の男が気づいて押さえつけようとして来たわ。


 私は……ナイフを男の一人の腹に刺した。


 それを思い切り抜いたら……あとは、ただとにかく逃げるためにナイフを振り回していたわ。

 普通なら避けようとする急所だとか、顔だとかも構わずに刺しては、ナイフを抜いて、を繰り返した。


 段々と、切れ味が悪くなっていって、それに気づいた時、男たちは動かなくなっていて……とにかく外に出たわ。

 一本のナイフは身体から抜けなかったから、もう一本のナイフだけを持って。


 そうね、服は裂け目をどうにか手で合わせようとしたけれど、とても無理だった。だから、納屋にあった古くて大きい布を上から重ねて被って逃げたわ。


 そこまでは覚えているわ。……でも、そこからどうやって逃げてきたかは覚えてないの。

 激痛のまま走ったからかしら。記憶が何もないのよ。



 気が付いたら……病院にいた。


 返り血だらけの手は綺麗になっていて、一瞬、悪い夢を見たと思ったわ。あんな、あんな酷いこと……夢だって。

 

 でも、ベッドの傍で泣いているお母さまを見て、これは現実だと思い知った。


 お母さまはとにかく泣いて…………。

 えっと……そう、すごく泣いていて。


 それからすぐ病室は騒がしくなったわ。お父様とお兄様が入って来たけれど、二人があの男たちに見えて、泣いて拒絶したわ。


 処置は既に済んでいたから、病室には女性だけを入れるようにして、とにかく傷を治すことに専念したわ。お母様も、看護婦の方も、何を聞いても詳しくは話してくれなかった。


 セシルは……お見舞いに来なくて、そのことも私が何度聞いても、誰も何も言わなかった。


 それから、初めて自分があんな目に遭った理由を知ったわ。


 まさか、まさか戦争をけしかけるためだなんてね。それならどうして私が?って。そのためだけに私一人があんな目に遭う理由って?


 あいつの家がニューヤド家を恨んでいたから?それだけ?って。

 ……本当に、それだけだったみたいね。


 喧嘩を売るためなら、別に誰でも他のやり方でも良かったみたいね。たまたま、手を組んだ人間が、恨んだ家がニューヤド伯爵家で、仲間内に暴力を好む人と小さな子を害したい人がいたから。それだけよ。


 でも……本当に辛かったのは、この後ね。


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