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【第二章完結】夢見る伯爵令嬢は、大家族の継母になる。  作者: 五十鈴 美優
第二章:切り離した過去と紡ぐ今

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44/60

14.普遍で不変な記録と記憶

【注意】

本作には、暴力・犯罪・虐待・死・差別など、読者の方によっては強い不快感やトラウマを想起させる描写が含まれます。

これらの表現は、いかなる暴力・犯罪・差別行為を助長・肯定するものではありません。

フラッシュバックの心配がある方は、無理をなさらず、ご自身の心の安全を最優先にお読みください。

 先の戦争はとある事件から始まった。


 9年前に起こった、通称『ドール事件』。


 学園高等部の現代政治学の教本には、事件について次のようにある。



 城下町を歩いていたニューヤド伯爵令嬢が、夕刻に旧ブランディ子爵令息らによって誘拐された事件。旧ブランディ子爵家はダイハン国(当時)と内通しており、戦争の火種を意図的に作り出した。


 ダイハン国側は翌日0時には混乱の只中に奇襲攻撃を仕掛ける作戦だった。しかし伯爵令嬢はその日の内に監禁先から逃亡。事態を把握したイーサン皇帝は即座に国境付近に厳重な警戒態勢を敷いたため、ダイハンの奇襲作戦は失敗に終わったのである。


 しかし伯爵令嬢は監禁先から逃亡する際に、ダイハン人を含む実行犯数名を殺傷していた。それを理由に、ダイハン国は莫大な慰謝料とサンパング国の所有するミージュ島を要求。サンパング国側はこれに強く反発した。 


 両国間で二年に渡る交渉が持たれたが、決裂。開戦に至った。


 

 開戦から数日後、『ドール事件』を取材していた記者の書いた記事には、ことの経緯をより詳細に伝えている。



 ニューヤド伯爵令嬢が、城下町の一角で誘拐された。メイン通りと裏通りを繋ぐ路地に引き摺りこみ、土のう袋に詰められた。誘拐を実行したのはスラム街で生活していた少年たちと旧ブランディ子爵の息子、そしてダイハンの協力者たちだ。


 少年たちは旧ブランディ家に雇われ、伯爵令嬢を旧ブランディ家の所有する倉庫の見張りをするよう指示されていた。その大金は、ダイハンが用意していたものである。


 あろうことか旧ブランディ家はダイハンと内通していたのである。当時、子爵はその身分に満足しておらず、度々昇爵を願い出ていたことが明らかになっている。


 同時期、ダイハンは新たな資源を領土内で発掘し勢力を拡大しつつあった。次第にサンパング国を併合し、世界最大の帝国にしようと野望を抱いていったのである。


 旧ブランディ家は商業取引を通じてダイハンと深い中にあり、両者が手を組むのは時間の問題だったとも言えるだろう。ダイハンの商館の関与もあったとされている。


 ダイハン中枢部(宰相の関与もあったとされているが、現在調査中だ。続報を待て)は旧ブランディ一家全員の亡命受け入れと併合後ダイハン国侯爵とする条件で、旧子爵家に両国間の戦争の火種を作るよう依頼した。


 狙いは、サンパング国が事件によって混乱している隙に奇襲をかけ、イーサン皇帝の首を取ること。


 命じられた旧ブランディ子爵の息子とダイハン人を含む共犯者たちは5時間の間、伯爵令嬢に暴行を加え続けた。伯爵令嬢が発見された時、すでに首謀者である旧ブランディ一家はダイハンへ亡命していた。


 末端の誘拐した少年たちを含む共犯者たちは目撃証言により捕らえられ、即刻処刑。その他判明している関係者にも処分が下った。


 亡命を成功させたかに思われた旧ブランディ一家だが、ダイハンは彼らを切り捨てた。ダイハン国内を行く当てもなくさ迷っていた旧ブランディ一家は、一週間足らずで我が国の騎士団によって捕らえられた。


 その後一家は裁判によってその所業が明らかになり、「国家転覆罪」により処刑される。


 伯爵令嬢は監禁先から脱出する際に、ダイハン人を含む実行犯を複数殺傷していた。令嬢が暴行を受けていた小屋の惨状は筆舌に尽くしがたい光景であったと関係者による証言を得た。

 賠償金や制裁に関する二国間で話し合いの場が持たれたが、状況がまとまる兆しは見えなかった。


 そんな一週間前のことだった。国境付近のカンガ—ゲン領紛争から、再びの宣戦布告。戦争状態へと至ったのである。


——さあ、傷を負った伯爵令嬢の仇を取ろう。サンパング国軍は志願兵を募集している。今こそ、立ち上がる時だ!!



 戦争の火種となった伯爵令嬢の事件を知った貴族たちは、すっかり表情を失くしてしまった伯爵令嬢、ミューズ・ラ・ニューヤドを『穢れたビスクドール』と呼ぶようになった。


(まさかあの時の子だったとはね)


 ミューズはイアンの過去経歴書に目を落とす。


 『ドール事件』については、労働者階級には公にされていない事実がいくつかある。その一つが、当時ブランディ子爵夫人が処刑前に出産していたことだ。


 ブランディ子爵一家が捕らえられた後、すぐに裁判が開かれた。裁判とは名ばかりの、知っている情報を洗いざらい吐かせるための裁判だった。ブランディ家は取り潰しの上、処刑判決が下った。


 判決は確定したものの、即刻処刑とはならなかった。夫人が妊娠していたからだ。


 「産まれる前の子を殺すのはいかがなものか」「国家転覆を企んだ大罪人の子をどうするのか」と密かに議論が交わされていた。貴族や裁判官、有識者の間でも見解が分かれていた。


 議論が纏まらない中、どのような経緯か、事件の当事者であるミューズに意見が求められた。



 ミューズは9年前のことを思い出した。12歳の時のことである。


「は……?」


 ニューヤド伯爵邸には連日様々な人間が押しかけていた。その内の一人が発したその言葉に、ミューズは思わず聞き返した。


「ですから、ミューズ嬢のご意見を伺いたいのです。そう、議会で決まりまして」


 真面目そうないで立ちの若い男だった。議会員の、恐らくは労働者階級で、一番年下だろう。


 サンパング国の議会は衆議院と貴族院がある。貴族院は文字通り貴族がつく。そして衆議院は労働者階級の中から選ばれた人間がつく。衆議院の、若い層は立場がかなり弱そうなことは12歳のミューズでも分かる。


(押し付けられたのかな)


「なんで私に聞くの?関係ないじゃない」


 若い男は居心地の悪い様子で視線を逸らした。


「非常に繊細な問題だから、としか言いようがありません。多くの意見を総合的に勘案し、よりよい結論を……」


 暴行の傷が未だ痛むものの、感情の分広くなった頭は冷静に働いていた。


「責任を、押し付けるつもりでしょ」


 通称『ドール事件』から大人の醜悪さを知っていたミューズは、すぐに察しがついた。


 子どもごと処刑すれば、良心の呵責とそれを知った国民の非難が待っている。子どもを残せば、嗅ぎ付けた反乱分子が利用する可能性がある。どちらに転んでも、「誰が責任を取るのか」という問題は残る。


(本当は子どもごと殺したいんだろうな)


 ミューズに意見を求めている時点で、思惑は丸見えだ。だが「子どもも関係ない、殺せ」などと言う覚悟なんてないのだろう。


「押し付けるなんて、そんなことは……」


 若い男は俯いている。その表情はめんどくさそうにも見えた。


 旧子爵家に対して一番恨みを持っているミューズが「子どもごと殺せ」と言うのを待っている。目の前の男だけでなく、大人たち全員が。


 良心の呵責や国民の非難が発生した時、「被害者の令嬢がそう望んだから」とミューズに全ての責任を押し付け、言い訳をするつもりだ。


「じゃあ、助けてあげてよ」


 ミューズはそう呟いた。若い男は顔を上げ、「信じられない」といった表情でミューズを見た。絶望にもとれる。きっと彼はこれから、「どうして説得できなかったのか」と上の人間から責められるのだろう。


「処刑は、子どもが生まれてから。私の発言を捻じ曲げたら、お前も殺す」


 光を宿さない冷たい瞳に、その若い男は腰を抜かして逃げ去って行った。


 ミューズの予想通り、夫人の処刑は子どもが産まれた4月10日となった。出産直後の、まともに歩けない中、刑場へと引きずられて行ったという。



(そういえば、あんなこともあったわね)


 夫人の処刑前、臨月に差し掛かった頃。


 ミューズは夫人に呼び出された。正確には、「話したい」と夫人から手紙が届いた。行くか行かないかを決めるのはこちら側だ。


 ミューズは迷った末、会うことにした。


 牢獄に囚われた旧子爵夫人・マリッサは、妊婦とは思えないほど痩せていた。だがミューズを見ると、薄ら笑いを浮かべた。

 その頃のミューズは、髪を整えることをやめ、淑女教育で身につけたレディの振る舞いの全てを一切しなくなっていた。


「どうしてこの子が生まれてから、なんて言ったのかしら?」

「それが要件か?」


 マリッサは答えず「どうしてかって、聞いているのよ」と急かす。


「別に。これ以上人を殺したくなかっただけ。しかも罪のない子を」

「フッ……フハハハハハ!ああ、面白いことを言ってくれるわね」


 マリッサは高らかに笑ってミューズと目を合わせたかと思うと、視線をわずか下に落とした。


「……ふん。そう。いい気味ね」


 気味の悪い笑みを浮かべながら頷く様子が、ひどく神経を逆なでしてくる。


「何が言いたいんだ、このクソババア」

「その喋り方も、態度も。無駄な抵抗はお止めなさいな。まあ、もう淑女として生きていけないのだから必要ないわね」


 マリッサは心底楽しそうに笑っている。悪意に塗れたその顔を、ミューズは睨みつけることしができなかった。どうせ処刑は免れないから、と好き勝手に振舞っているのだろう。


「もう二度と普通の女性が得られる幸せは得られないわ。得ようとしても、周りが邪魔をする。何より、貴女自身が邪魔をする。だって、そんなんじゃ、ね?」


 マリッサが指を指しかけたところで、ミューズはマリッサの目の前にある檻を思い切り蹴った。


「……一緒にするな。この極悪人が」


「極悪人?貴女が言う?どうするのよ、この子。悪いけど、なんの愛情もないわよ。名前も決めてないわ。極悪人……極悪人ねえ?貴女は私と同じよ。残念だけど」


 ミューズは無視してその場を後にした。牢屋のある地下から地上に出たところで、マリッサの産科医の男がいた。


 ミューズは彼にこう告げた。


「あの子の、名前……。イアン、にして。一人でも堂々と、楽しく生きて……ほしいから」


 そう伝えたミューズに、ひどい吐き気が襲った。

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