表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【第二章完結】夢見る伯爵令嬢は、大家族の継母になる。  作者: 五十鈴 美優
第二章:切り離した過去と紡ぐ今

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

41/60

12.足跡①

「お帰りなさいませ、公爵様、ミューズ様」


 メイド長のカレンと執事長のハドソンが恭しく一礼して出迎える。


「ただいま」


 ノアが頷き、ミューズも微笑を返す。


「これ、みなさんに」


 馬車に積まれた品々を差すと、ハドソンは目を大きく見開いた


「よろしいのですか?」

「ああ。皆にはいつも世話になっているからな」

「いつもありがとう。カレン、ハドソン」


 御者とセシルが品々を渡すと、二人は他の使用人も呼び邸宅内へとそれらを運び入れた。


「さあ、俺たちは子どもたちの所へ行こう」


 ミューズとノアは子どもたちへの品を抱え、本邸へと向かった。



 本邸の居間に入ると、温かい風がカーテンを揺らしていた。テーブルの上には色とりどりの布や刺繍見本が広げられている。


 テーブルの傍にはアリーナが背筋をすっと伸ばして座っていた。結い上げた黒髪に、恋仲のハーバー公爵令息から賜ったという髪飾りを留めていた。

 その背中は、まだ17歳でありながら、どこか大人の女性の落ち着きを漂わせている。


 彼女はメイドと声を交わしながら、布を手に取り光にかざし、その質感を確かめていた。


「ただいま、アリーナ」


 ミューズが静かに名を呼ぶと、彼女は振り返って切れ長の瞳を見開いた。彼女はわずかに驚いた表情を浮かべたが、すぐに口元を引き締めて姿勢を正した。


「おかえりなさい」

「街に行った土産だ。受け取ってほしい」


 ノアは雑貨店の袋から、丁寧に包装された箱を差し出した。受け取ったアリーナは丁寧に包装を剥がし、箱を開けた。


「これは……香水瓶?よろしいのですか?」


 紙テープの緩衝材に守られるように箱に入っていたのは、淡いブルーの硝子に金細工が施された小瓶だ。シャンデリアの光を受けて、宝石のように輝いている。


「大人になる貴女にふさわしいと思ったの」

「結婚後も、その先もずっと使い続けられるだろう」


 アリーナは胸の前で小瓶を抱くようにして、真っ直ぐ二人を見つめた。


「ありがとう……大事にいたします」


 彼女の瞳に柔らかな光が宿り、大人びた表情が少女らしく解ける。


 その時、今に一際強い風が吹き抜けた。テーブルに置かれた布が一枚飛んで、ミューズの足元に落ちた。


「あら。……これは婚約式の衣装を考えていたの?」


 布を拾って手渡すと、アリーナはテーブルを見やりながら頷いた。


「はい。ブティックの方がいらっしゃる前に、大体の方向性を決めておこうかと思いまして」

「そう。それじゃあ、私たちはもう行くわね」

「はい。また後で」



 二人は居間を後にし、廊下へ出た。


(他の子たちはどこかしら)


 そう思った時、廊下の角の向こうから軽やかな足音が近づいてきた。

 視線を向けると、ローズが鼻歌混じりに歩いてきた。片手には小さな焼き菓子を持ち、もう片方の手で淡い茶色の髪をかきあげている。


「ローズ」


 彼女は足を止めたが、その顔には面倒そうな色が浮かんでいる。


「お土産よ。受け取ってもらえたら嬉しいわ」


 ミューズが小さな包みを差し出すと、ローズは少し考え、焼き菓子を口に放り込んで包みを受け取って、開いた。すると、中から濃いピンクのリボンが現れた。光沢ある布地に細やかな金色の刺繍が入り、動くたびに光を反射している。


「……かわいい」


 ローズの頬にぱっと色が差し、ほんの一瞬、心を奪われたように見つめる。けれど次の瞬間には気だるげに肩をすくめ、「まあ、悪くないわね」と素っ気なく呟いた。


「似合うと思うぞ」


 ノアは小さく笑い、穏やかにそう言うと、ローズは鼻を鳴らし再び歩き始めた。だが、彼はその先を制止した。


「それから」


 彼はその手で綺麗なハンカチをローズに差し出した。


「歩きながら菓子を食べたら、服が汚れるぞ。せっかく似合っているのに」

「……あ」


 ローズのワンピースの裾には、焼き菓子の欠片が落ちていた。彼女はハンカチを受け取り、汚れた裾を拭った。


「……ありがと」


 彼女はハンカチを返すと、早足で廊下を去って行った。その耳の先はほんのりと赤く染まっていた。


(って、ハンカチ持っていたのね)


 ミューズは昼間、自身のハンカチで彼の涙を拭ったことを思い出した。

 余計なことをしたかもしれない、とノアの様子を窺う。だが、その視線はすぐに気づかれてしまった。


「?どうかしたか?」

「い、いえ……何でもないわ」


 慌てて視線を逸らすと、ノアは少し屈んで視線を合わせてきた。彼はミューズと話す時、たまにこうして視線を合わせる。


(子どもに話しかけているみたいね)


「本当よ。さあ、他の子の所へ行きましょう。誰かはいるわよね」


 二人は庭園へと急いだ。



 夕陽を受けて黄金色に染まった庭園は、花壇の彩りと木々の緑が鮮やかに混じり合っていた。噴水の水音と、子どもたちの高い笑い声が涼やかに響いている。


 そんな喧騒から外れ、木陰のベンチに長い脚を投げ出して寝転がる少年の姿があった。


 学園の制服のまま、上着をベンチの背にかけ、シャツは胸元が少し空いている。頭の上には学園の分厚い教本が開いたまま乗せていた。

 腕を組んでいるのは居眠りのためか、それとも周囲に気を許さない癖が抜けていないからか。


「テオ」


 ノアが低く穏やかな声で呼ぶと、本を落としそうになりながら上体を起こした。


「……なんだよ」


 眠たげな目をこすりつつ、不思議そうに眉をひそめる。こうして見ると、彼もあどけない普通の少年だ。


「これを」


 ミューズが雑貨店の紙袋から、小さくも重たい箱を取り出して差し出す。包みを解いたテオの手に現れたのは、艶やかな黒塗りのメトロノームだ。光沢ある木肌に、銀の振り子が光っている。


「これ、ピアノに使うやつだろ」


 彼の瞳が、驚きと戸惑いで大きく揺れた。


「ええ。従来のものよりも使いやすいはずよ。良ければ使って」

「まぁ……上手くなるんなら、使ってやるか」


 素っ気なく言っているが、その目はメトロノームに釘付けだ。口角をわずかに上げると、癖のある黒い前髪をかきあげ立ち上がった。


「じゃ、また後でー」


 テオはゆらりとした口調で教本と上着を掴み、別邸へと歩いて行った。


「……気に入ってくれた、かしら?」


 テオの心境はいまいち読み取れない。いつも唐突で、粗暴かと思えば冷静だ。


「少なくとも、あれはかなりご機嫌だな」

「……どうしてそう思うの?」

「髪が元気だから」


 テオの背中から上に視線をずらす。確かに、彼の髪はフワフワと揺れていた。心の内が髪に反映されるなどおかしな話だが。



 彼の背中を見送ると、バタバタと賑やかな足音が近づいてきた。


「ノアー、なにしてんの?」

「ミューズさん!それなに?」


 グレンとセレーネが走ってくる。アンジュは少し遅れ、スカートを払いながら駆け寄ってきた。


「みんなにお土産よ」


 ベンチに腰を下ろしたノアが紙袋から三つの包みを取り出すと、三人の目がきらきらと輝く。


「グレンにはこれだ」


 ノアが差し出したのは、長方形型の包みだった。グレンが包装紙を破り、濃紺の箱を開けると、そこには子ども用の木剣が入っていた。

 子ども用だが、柄には銀の紋様が彫り込まれている。


「すげぇ!」


 グレンは目を丸くしてそれを受け取り、陽にかざした。


「ほんとの剣士みたいだ!」

「これは切れないけど、当たったら痛いから気を付けて」


 ミューズが言うと、グレンは頬をかきながら「……わかってるって」と照れ笑いした。


 その姿に、ミューズの胸が温かくなる。彼が「暴力ではなく守るための力」を覚えようとしていることが、確かにわかる。


「中等部になれば剣術の授業もある。今からやっておくといい」

「へえー!って、あれ?じゃあノアも剣をやったのか?ノアが剣やってるの見たことねえけど」


 グレンは手に持った剣とノアを交互に見やった。


「三人がここに来た時はもう学園を卒業していたからな。騎士団ほどではないが、それなりにはできるぞ」

「……へえ!なんか意外だなあ。どちらかと言うとミューズさんの方が剣とか強そう」

「わ、私……?」

「うん。なんとなくだけど」

「あー、私もそんな気がする。ノアは優しいっていうか、お人好しだもんね」


 グレンとセレーネの言葉に、ミューズは体温が少し下がったような気がした。ぎこちない笑顔を浮かべつつ、首を振った。


「私は、刃物はからっきしよ」

「刃物って……剣は重いから分かるけどさ」

「……あら、そうね。でも料理の包丁も全然だもの。剣なんてとんでもないわ」


 そう言ったミューズに、三人は不思議そうな視線を投げかけた。


「ミューズさんは貴族の人なんだから当たり前じゃん!」

「そうそう。それが普通なんでしょ?」


 どっと笑いが起きるのと同時に、遠くから犬の遠吠えが響いた。


「さて、セレーネにはこれだ」


 賑やかな笑いが湧く中、次にノアがセレーネ渡した包みは彼女が両手で抱える程の大きさだ。鮮やかな赤い色のローラースケートである。


「外で遊ぶのが好きだからな」


 セレーネの目がぱっと見開かれると、彼女は「ほんと!わたしにピッタリ!」と胸を張り、スケートを抱えて飛び跳ねる。


「ほどほどに頼むよ。坂道では気をつけて」


 「はーい!」と言いつつ、たぶんその言葉を半分も聞いていなさそうだ。早速、ローラースケートのローラー部分の状態を確かめている。


「そして、アンジュにはこれだ」


 最後にノアが手渡したのは、小さいが重量感のある包みだった。

 グレンとセレーネも見守る中、剥がれた包装紙の下からは重厚な箱が現れた。さらにそれを開けると、おがくずに埋もれた木箱が顔を出す。


 繊細な彫刻が施されており、蓋を開けてつまみを引くと柔らかな旋律が流れ出した。


「オルゴール?……きれい」


 アンジュは小さな指でオルゴールの蓋をそっと撫で、耳を澄ませる。音のひとつひとつを逃すまいとするように。


「この曲、なんだか優しい」

「そうね。夜に聴くと、夢が穏やかになる曲よ」

「じゃあ、寝る前に毎晩聴く」


 グレンは剣を構え、セレーネはスケートを試したくてうずうずし、アンジュはオルゴールを胸に抱く。


「ありがとう、ノア!」

「ミューズさんもありがとう!」

「大事にするよ」


 ノアとミューズは自然と顔を見合わせた。


「喜んでくれたのなら、良かった」

「ええ。こちらこそよ」


 陽が少し傾き、二人の影と三人の影が芝生の上でゆるやかに重なる。


「そっちの袋は?誰に渡すんだ?」


 グレンがベンチに置いた残りの紙袋を指差す。


「双子と、エリオット、イアンよ」


 ミューズがそう言うと、グレンは「ふうん」と斜め上をちらりと見た。


「双子はあっちの噴水にいたよな?」

「うん。イアンはあっちのバルコニーにいたわね」

「エリオットは……たぶんお部屋で勉強してると思うよ。いつもそうだし。じゃね!」


 三人はそう教えて、別邸へと戻って行った。


「……みんな、本当にいい顔をするようになったな」

「ええ。やっぱり、子どもは笑っているのが一番よね」


 木々を渡る風が三人の笑い声をさらっていく。その音は、初夏の空に溶けていった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ