道中、坊ちゃまが馬車を改造する
出発してまだ半日。馬車の中は、静寂とは程遠かった。
「セリス、この座席の角度、あと五度リクライニングできれば理想的だな。ちょっと手を貸してくれ」
「……坊ちゃま、走行中に改造しないでください」
「走行中にできるのは座席だけだからな。安全第一だ。今回はリクライニングとマッサージ機能付きの座席にしてやろう」
「そんな部品、どこから持ってきたんですか!」
「なに、俺のアイテムBoxには常に皆の助けになりうる数多くのものが入っているからな!」
「アイテムBoxとか加護とか軽々と言わないでくださいね? ステータスはある程度隠さないと変に目立ちますので」
「隠密行動なら任せておけ」
(隠密できたことないのになんだこの自信は)
レオンは懐から金属製の筒状装置を取り出し、座席下へ潜り込んだ。
「この加圧式魔力振動器を装着すれば、揺れを相殺しつつマッサージ効果も得られる……完璧だ!」
ブォンッッッ――!
突然、馬車の片側が大きく跳ね、車輪がきしんだ。
「きゃっ!?」「うわっ!?」
マリアが身を翻し、座席から滑り落ちそうになる。
「おい、やめろレオン!」アーネストが怒鳴り、即座に馬車の内部へ結界を張った。
「な、なにをする! この実験は――」
「止めなさい! これ以上何かしたら、私が魔術科の力で止めるわよ!」
「……ぐぬぬ……わかったよ、応急停止する」
レオンは名残惜しそうに装置の魔石を外し、ふてくされたように背もたれに沈み込んだ。
その直後、馬車の床下からポンッと白煙が上がった。
「……坊ちゃま、今の音は?」
「ただの蒸気だ。安全設計だからな」
(その言葉、何回聞いたかわかりません)
アーネストは額を押さえて深く息をついた。
「レオン、旅の間くらい静かにしてくれ……本当に頼む」
マリアは微笑を浮かべながら、レオンの肩をぽんと叩いた。
「じゃあ次は“最適な静寂”の研究をしてね、レオン」
(お願いだから誰かこの空間に結界を……自分以外に誰もいないと思ってるの、坊ちゃまだけです)
セリスは、隣に座るレオンの発明道具の動きと騒音を見張りつつ、そっと腰のポーチから非常用耳栓を取り出した。
それでもまだ、王都までは二日かかる。
その翌日。
一行の馬車が森の中の街道を進んでいたとき、遠くから怒声と金属のぶつかる音が聞こえてきた。
「……セリス、今の音……」
「はい、どうやら前方で馬車が襲われているようです」
アーネストが即座に馬車の扉を開け、前方を確認する。
「野盗だな。武装している。数は五、いや六……こちらに気づいていない」
「よし、僕が出よう」
「坊ちゃま!? 本当に!?」
レオンはすでに馬車の外に飛び出していた。風の魔法で自らを軽くし、加護の力で跳躍すると、森の木々を踏み越えて戦場へと駆け込む。
「いざ尋常に、とはいかないが……正義の執行だ!」
風と火の魔法を組み合わせた高威力の連続攻撃が野盗を一掃し、剣聖の加護による俊敏な動きで、敵の懐に一瞬で飛び込んでは武器を叩き落とし、次々と捕縛していく。
最後には、魔力による拘束術で全員の動きを封じ込めた。
「ふむ、これで終わりか……」
「さすが坊ちゃま……」
その時、襲撃されていた馬車の商人がセリスの元に駆け寄ってきた。
「……あ、あの……すみません。私の護衛も一緒に捕縛されてしまっているようで……解放していただけませんか……?」
セリスは即座に頭を下げた。「申し訳ございません、すぐに解放いたします」
護衛は気を失っていたが、魔力の拘束が解かれると微かに呻き声をあげた。
「……俺、馬車……守ったのに……」
レオンは自らの成果に満足げに頷いていた。
「ふむ、見事に治安を守ったな。これぞ隠密かつ迅速な対応だ。まあ、この僕にかかれば造作もないことだがな!」
(隠密できてない上に味方まで捕まえてるのに、どこからくるんでしょうこの自信……)
こうしてレオンは野盗だけでなく無関係な護衛までも捕縛してしまい、またしてもセリスはその後処理に追われることとなった。
(今日も坊ちゃまは、やりすぎです……)
(せめて、無事に辿り着きますように……)