王都への旅立ち
出発の日、屋敷の前庭では馬車の準備が進められていた。旅装を身にまとったレオン坊ちゃまは、晴れやかな顔で腕を組み、馬車の出来栄えを満足げに眺めている。
「見よ、セリス。この僕の門出に相応しい旅路だ」
「……はい、坊ちゃま」
(門出より、事故がないかの方が心配です)
セリスは旅用の荷物をひとつひとつ丁寧に確認していた。衣類、魔道書、応急薬、念のための消火用魔石と非常用食料。
それに、坊ちゃまがやらかしたときのための謝罪文のひな形も。
そのとき、アーネストとマリアが並んでやって来た。
「レオン、俺たちも一緒に行くぞ。俺は高等科、マリアは研究科だ。王都での学園生活は三人になるな」
「ふむ……そうか。ふたりともこの僕の活躍を間近で見ることになるな。まあ、仕方あるまい。学園に僕の噂が届くのは時間の問題だが、家族の耳にも直接入ることになるとは……」
(自分で巻き起こす予定なのに、“噂”とは……)
「セリス、あの自動温度調整式の座布団は積んだか?」
「……それは断熱効果の高い魔導布の座布団ですね。ちゃんと積んであります」
「よし。これで旅の快適さも保証された」
(快適なのは坊ちゃまだけです)
家族が見送りに集まった。
カイル「王都で何か面白い魔具見つけたら、俺にも教えてくれよ」
そのとき、レオンはふとポケットから包みを二つ取り出した。
「フリッツ、ノーラ。これは僕からの餞別だ」
「えっ、兄ちゃんから?」
「……ありがとう」
二人は手渡された包みを見つめ、家族も驚いた表情を見せる。レオン坊ちゃまがプレゼントを用意するなど、珍しいことだった。
(まさか……こんなところで成長が……?)
エレーナが感動に目を潤ませる。
しかし、包みを開いた弟妹の表情が一瞬にして固まった。
「な、なにこれ……」「すごく……光ってる……」
中身はレオンの発明品らしき謎の装置。小さな歯車が回り、時折パチパチと火花が散っている。
「携帯用マナ回収式エネルギー増幅器だ。安心しろ、安全設計は……未完成だが、きっと便利だ」
「……兄ちゃん、ありがとう。でも、しまっておくね……大事に……」
(やっぱり、坊ちゃまは坊ちゃまでした)
フリッツ「王都でもゴーレム暴走させるなよ!」
ノーラ「……気をつけて」
エレーナ「お弁当、たくさん入れておいたからね」
ギルバートは無言でうなずき、セリスに目をやる。
「……頼んだぞ」
「はい、必ずお守りいたします」
そして、ついに馬車は走り出した。アーネストとマリアも同乗し、屋敷の門を後にする。
見慣れた屋敷の風景が遠ざかっていく。
(さあ、王都です……ここからが、本当の地獄の始まりかもしれません)
セリスは胸の中でそう呟き、坊ちゃまの隣に座ると、静かに目を閉じた。