魔法学園からの招待状
朝の光が差し込む執務室に、一通の封書が届けられた。見覚えのある金色の封蝋に、セリスは無意識に肩を落とす。
(……ついに来てしまった)
王都の名門、アルセリア学園からの封書。これをレオン坊ちゃまに渡すとどうなるか、セリスには手に取るように分かっていた。期待と誤解に満ちた反応、自己陶酔、そして新たな騒動。
彼女はしばし手紙を眺めたまま立ち尽くし、そのまま封を握り締めて深く息を吐いた。
(お願いですから、今回は静かに……無理ですよね、ええ)
諦念を胸に、彼女は坊ちゃまの部屋へと向かった。
「坊ちゃま、学園からの封書です」
セリスが差し出した封筒には、王都にある由緒正しい魔法学園『アルセリア学園』の金色の紋章が浮かび上がっていた。
「ほう……ついに僕の才能に気づいたか」
(いえ、兄上と姉上が優秀だったから弟であるレオン坊ちゃまの名前が上がっただけです)
レオンは封を切り、手紙を読み進めていく。次第に口元が綻び、鼻で笑いながら何度も頷いた。
「入学試験免除、特待生待遇、研究室の優先使用許可、さらには最新式の魔法器具へのアクセス権まで……まったく当然の待遇だな」
(それは姉上が研究室を持っているからであって……)
「坊ちゃま、本当にご入学なさるおつもりで?」
「当然だ。王都の学問は、この僕の知識でさらに高みに導いてやるさ」
(導かなくていいです、むしろ空気を読んでほしいです)
レオンはすでに荷造りの構想を練り始めているようだった。セリスは額に手を当て、深く静かなため息をついた。
その晩、食堂の席でレオンが学園入学の報告をすると、家族たちは食事の手を止め、順に彼の言葉を受け止めた。
長男アーネストは腕を組んで静かに頷いた。
「……一度、外の空気に触れてくるのは良いことだ。レオン、お前の理想と現実を擦り合わせてこい」
次男カイルはにやりと笑いながら言った。
「学園かぁ、面白そうだな! でもお前、魔法陣床に彫るとか、爆発させるとかはやめろよ?」
姉のマリアはフォークを置き、レオンをじっと見つめてから首を傾げた。
「レオン、大丈夫かしら……話し相手、できる?」
「失敬な、僕は社交も完璧だ」
弟のフリッツは口いっぱいにパンを詰めたまま手を挙げた。
「兄ちゃん、学園ぶっ壊さないでね」
「壊すものか、進化させるのだ」
妹のノーラは小さく震えながら、兄の袖をきゅっと掴んで一言だけ。
「……いってらっしゃい」
母のエレーナは、両手を胸に当てて優しく微笑んだ。
「ふふ、レオンが学園で楽しい時間を過ごせますように」
そして父のギルバートが、落ち着いた口調で告げる。
「セリス、同行してやれ。レオン一人では、周囲が持たん」
「かしこまりました」
セリスは、胸の前で拳を軽く握った。
(また、後始末の日々が始まるのですね……今度は王都で)