新兵器と坊ちゃまの実験欲
「坊ちゃま、今度は何をなさっているのですか……?」
セリスは手に持った洗濯物の籠を一旦地面に置き、屋敷裏の草地に設置された奇妙な装置に視線を向けた。
「見てくれ、セリス。これは《マジック・ボイラー・ターボ》。魔力と蒸気の融合によって、未来の家事を革新する機械だ!」
「……何をするんですか?」
「自動皿洗いだ。水を高圧で噴射し、汚れを一瞬で吹き飛ばす!」
「嫌な予感しかしません……」
試運転が始まると、装置は見事に稼働し、勢いよく水を皿に噴射。皿の汚れはあっという間にきれいに落ちていった。
「ふふ、見たかセリス! 完璧だ!」
「……はい、確かに汚れは落ちておりますが……」
皿から飛び散った水と汚れが、周囲の壁や床、さらにセリスの足元にまで広がっていた。泥水混じりのしぶきが地面にまだら模様を描き、屋敷の壁には茶色いしぶきの跡が残る。
「……坊ちゃま、これは……」
「うむ! 汚れを落とす力に一切の無駄がない。ついに家事革命の第一歩を成し遂げたな!」
(……そっちにしか目がいかないんですね)
【書斎】
事件後、セリスは飛び散った水や汚れを拭きながら、屋敷の使用人たちに一人一人頭を下げて回った。
「ごめんなさい、また坊ちゃまの実験で……ご迷惑をおかけしました。後片付けはこちらでいたします」
老使用人のマルタは、苦笑しながらモップを持ち直した。
「いいんだよセリスちゃん。もう慣れたもんさ……それにしても、今度のはなかなか飛んだねぇ」
「はい……壁にまで飛び散るとは予想外でした」
若い下働きの少年などは、逆に興味津々で装置を覗いていた。
「すげぇなぁ、これ! 僕もいつかあんなの作ってみたい!」
(その前にまず、片付けることを覚えてほしいです……)
一通り後始末を終えると、セリスは執務室の扉をノックした。
「父上、お話があります」
「入れ」
「……坊ちゃまの発明で、屋敷裏に多少の汚れと混乱が発生しました。装置自体は正常に動いたのですが……」
「……まあ、無事ならよい。掃除も済んだか?」
「はい、すでに処理済みです。ですが、やはり坊ちゃまには事前の報告や相談を——」
「それが通じる相手なら苦労はせん」
「……ごもっともです」
執務室を出たセリスは、ふうと小さく息を吐いた。清掃も報告も終わった。あとは、坊ちゃまの“次の実験”に備えるだけ。
「これで何度目でしょう……」
一息ついた頃、レオンは自室の書斎で何かを書き込んでいた。手元には魔道具の設計図。
「坊ちゃま。次は何をなさるつもりですか?」
「うむ、食事配達用の自律型ゴーレムを作ろうかと。高温に耐え、魔力で動き、自動で皿を並べる機構を備える予定だ」
「……火災対策は万全にお願いします」
「任せてくれ。次こそは完璧だ」
(前回も、前々回も、そう仰ってましたよね)
セリスはそっと、非常用の消火魔石を三つ、袖に忍ばせた。
今日もまた、坊ちゃまの“実験欲”が屋敷を危機にさらしていた。