坊ちゃまと初めての社交界
「坊ちゃま、今日のご予定は領主主催の茶会へのご出席です」
「ほう、ついに我が知略が社交界に轟く日が来たか!」
(そんな大層な……)
セリスは心中で突っ込みつつ、レオンの服装を整える。とはいえ、貧乏貴族ゆえに立派な礼服はない。彼女が手入れした古い上着と、少し丈の合わないズボン。それでも坊ちゃまは堂々としていた。
「君の仕立ては素晴らしいな、セリス。完璧だ」
「……ありがとうございます」
(この手の気遣いはできるのよね)
【会場】
会場となる屋敷の庭園は、さすが領主家だけあって見事な整備がされていた。地方とはいえ、上級貴族や商人たちも多く集まっており、控えめな緊張感が漂っている。
そんな中、レオン坊ちゃまは悠然と歩き、目立つことにかけては右に出る者がいなかった。
「この陳列の仕方、商業的な観点では大いに非効率だな」
展示台の前でそう言い放った坊ちゃまに、商人の顔が引きつる。
「は、はあ……この並べ方は昔からの流儀でして……」
「流儀では客の足は止まらない。商品の配置は“視線誘導”と“導線計画”が肝要だ。僕の知識では——」
「坊ちゃま、お飲み物はいかがですか?」
セリスが慌てて声をかけると、レオンは嬉しそうに手を伸ばした。
「ふむ、ありがたい。……しかしこの紅茶、抽出温度が足りないな。次回は蒸気圧式の急須を導入するといい」
(何かわからないけれどそんなものあるか!)
その後も坊ちゃまの無自覚な“指導”は止まらない。
貴族令嬢と話す機会を得ると、突然「現代的な女性の自立」について語り始めた。
「女性も自立して経済を回すべきだ。家庭に収まるだけではなく、社会に進出し——」
「……まあ。まるで働けと言われているようですわね」
眉をひそめた令嬢は冷たい視線を向け、会話の輪からすっと離れていった。
セリスはすかさずその場に入り、頭を下げる。
「申し訳ありません、お坊ちゃまは最近“哲学”に関心を持たれておりまして……」
続いて料理の席では——
「このスープ、塩分が強すぎる。あと、もう少し酸味を加えるといい」
料理長が眉をひそめる。
「……失礼ながら、これは伝統ある味付けでして」
「伝統よりも味覚科学の進歩を重視すべきだ。僕の世界では——」
「坊ちゃま、口に合わないようでしたら、私が代わりにいただきますね」
セリスが席を替わり、頭を下げながら皿を受け取った。
【帰り道】
「セリス、今日は皆が僕の知識に感心していたようだな」
「……そうですね。大変、印象深い一日だったと思います」
(印象が深すぎて、次のお呼ばれがなくならなければいいのですが)
茶会が終わる頃、セリスは疲れ切った顔で空を見上げた。
今日もまた、坊ちゃまの“世界改造”は空回りに終わったが、彼だけは誇らしげに胸を張っていた。