静まり返った訓練場、その後で
訓練場は静寂に包まれていた。誰もが呆然と立ち尽くし、倒れたヴァルトを見つめていた。
「試合終了!」教師の一人が慌てて走り寄り、ヴァルトの状態を確認する。「……意識はあるようだ。すぐ医務室に運べ!」
生徒たちはざわめき始めるが、そのほとんどがレオンの名を口にしていた。
「やっぱ本物か……」「あの火球を初級魔法で相殺……」「まるで遊んでたみたいだったな」
「ふむ、思ったより騒がしいね。これも人気者の宿命かな?」と、レオンは飄々とした様子で訓練場を後にしようとする。
その足を止めたのは、彼自身の独り言だった。
「くそ、この手の決闘は負けた相手の服が破れるのが定番なのに加減しすぎてしまった……あれでは美学に欠ける」
一瞬、あたりの空気が凍りつく。
セリスはレオンの後ろから音もなく近づき、平常心を保つ努力をしながらも、声を低くした。
「何言ってるんですか、坊ちゃま……! そんなことしたらただじゃすまないですよ!」
「え? いや、演出としての……」
「演出どころか、そんなことすれば騒動どころじゃ済みません。しかも相手は侯爵家のご子息なんですから!」
レオンが何か言いかける前に、セリスは手早く彼の背を押し、観衆の視線から遠ざけるように訓練場の外へと誘導する。
「坊ちゃま、そろそろ本気で“人気”の意味を考えてください」
「うーん、やっぱり少し控えめに振る舞ったほうがいいかな?」
「……その“控えめ”が一般基準ではないことを理解してください」
セリスは懐から用意していた書簡を取り出し、相手家へ送る謝罪文の文面を再確認した。筆の進みが自然と速くなる。
「しかし、まあ、面目を潰された彼がこれからどう行動するか……」
彼女の不安は尽きなかった。決闘が終わったからといって、すべてが終わったわけではないのだ。
「坊ちゃま、これからはできるだけ目立たないよう……」
「わかっているとも、セリス。僕はもう少し“穏やか”に過ごすよ」
(絶対分かってない)
その溜息は、言葉にならなかった。医務室に運ばれるヴァルトの視線がレオンの背中を刺すように追っていたことにも、セリスはすでに気づいていた。
だからこそ、彼女の心は落ち着かない。
(次は……どんな火種が燃え上がるのか)
そしてその時、二つの影がレオンたちに近づいてきた。
「さすがだな、アスカルト。あの程度の相手じゃ、お前の敵にはならなかったか」
振り返ると、そこにはルシアン王子が腕を組み、どこか満足そうな顔で立っていた。その隣には、少し遠慮がちに立つノアの姿もある。
「ええと……その、すごかったです、レオン様」
「はは、ありがとうノア君。ルシアン王子も観戦してくれていたのかい?」
「もちろんだ。勇者たる者の闘いは、見届けなければならぬとね。お前も“転生者”ならば、この国の未来にとって重要な存在だ」
「うむ……まあ、僕の才能がそれを証明したと言えるだろうね」
セリスは思わずこめかみを押さえる。
(この流れ、また何か面倒なことにならなければいいけれど……)