坊ちゃま、決闘に挑む!?
昼休みの中庭。ノアがベンチで静かに本を読んでいると、ヴァルト達が近づいてきた。
「よう、フェリクス。今日も聖人様みたいな顔してるな」
「そう見えるなら、そうなのかもしれませんね」
「なに格好つけてんだよ。最近ちょっと目立ってるからって調子乗ってんな」
「目立っているというより、注目されているだけです。僕が何かをしたわけではありません」
「平民のくせに生意気なんだよ!」
「貴族の出自であることが、発言や存在の価値を決めるのであれば、それはとても脆弱な社会ですね」
「なっ……お前、誰に向かって口を利いてると思って――」
そのとき、レオンの声が飛んだ。
「やあ、君たち。何やら感情的なやり取りをしているようだけど、学園という知的な場にふさわしくない行為は慎んだ方がいい。特に、力を背景にした威圧というのは、文明社会においては未成熟さの証とみなされることが多いよ」
ヴァルトたちが一瞬きょとんとした顔になる中、レオンはさらに続けた。
「僕としては、建設的な対話による問題解決を推奨したいところだけれど、そもそも相手の立場を理解し、尊重するという基本的な倫理観が育っていなければ、それも難しい。だから、今ここで行われているのは、“いじめ”というよりむしろ、君たちの未熟さの自己表現なんじゃないかな?」
「なんだと……?」
「自分の価値を他者の侮蔑によって成り立たせようとするその行為は、根本的に自己否定的で非生産的だ。仮に君たちが自身の優位性を主張したいのならば、それは公正な競争の中で能力を示すべきだと僕は思う」
「偉そうに言いやがって……お前みたいな田舎貴族が何様のつもりだよ!」
「いや、単なる事実の指摘さ。事実はときに耳に痛いが、それを受け止めることが成長の第一歩だ。君たちにはまだその素地が足りないように見える」
「てめぇ……!」
「それとも、異議があるなら君たちの理論で反証してみる? 建設的な議論は歓迎するよ」
「……あァ!? 決闘だ! 放課後、訓練場でだ! このドヤ顔、辺境の田舎貴族!」
レオンは一拍置いて、にこやかに笑った。
「ふむ、穏便に済ませたかったのだけど、仕方ないね。では、正当な形式で応じよう」
その後、セリスが慌てて駆け寄ってきた。
「坊ちゃま! 何を言ったんですか!?」
「え? 普通に注意しただけだよ?」
「どうしてそれが決闘になるんですか……」
セリスは一瞬、肩を落とした。
(ほんの一瞬目を離した隙に……)
彼女は唇を噛み、決闘相手の家にどう説明をつけるか、屋敷に知らせをどう送るか、坊ちゃまがまた加減を忘れて相手をケガさせてしまわないか、その対策と準備を一気に脳内で整理し始めた。
そして大きく、深くため息をついた。
「……準備、しなくちゃいけませんね」