王都到着、そして新たな日常の始まり
一行が王都の門をくぐったのは、夕暮れ時だった。赤く染まる空の下、高い城壁に囲まれた街は、まさに文明と魔法が交差する場所。巨大な魔導灯が通りを照らし、往来を行き交う人々の声がにぎやかに響いていた。
「おお……これが王都か」
レオンは馬車の窓から顔を出し、感嘆の声を漏らす。その表情は無邪気な少年のようで、セリスは一瞬だけ、坊ちゃまの素直な一面を見た気がした。
王都の街並みは見応えがあった。石造りの高層建築に、魔導照明の看板が並ぶ商店街。屋台の匂いが風に乗って流れてきて、魔法で香ばしく焼かれた肉や甘い菓子の香りが食欲を誘う。
「見ろセリス、あれは魔導式時計塔か? あの複雑な構造、僕の目を楽しませるな……」
「はいはい、道に乗り出さないでくださいね。車輪に巻き込まれますから」
子どもたちが魔導仕掛けの風船を追いかけ、路上の芸人が火の玉を投げながら笑いを取る。王都の賑やかさに、レオンは次々に窓の外を指差してはしゃいでいた。
「学園がこの街にあるとは……文化的水準もなかなかだな」
「坊ちゃま、街の案内はまた今度です。まずは学園へ寄って、手続きと寮の確認をしましょう」
「ふむ、それも必要だな。だがその前に――」
「坊ちゃま?」
「この僕の到来を歓迎する宴でも開かれているかと思ったのだが……ないのか」
「……あるわけないでしょうが」
王都の宿舎に荷を下ろし、仮の寮部屋に入ると、すぐに学園からの使いがやってきた。書類手続きと翌日の入学者説明会の案内を受け取ったレオンは、さっそく自室の改造に取り掛かろうと工具を取り出す。
「ちょっとだけ……椅子の高さを調整しようかと」
「やめてください。すぐに怒られます」
そのとき、扉がノックされた。
「失礼します。新入生の寮母を務めます、マティルダと申します」
現れたのは、落ち着いた雰囲気の中年女性だった。背筋を伸ばし、穏やかな笑みを浮かべたその姿からは、歴戦の教育者としての風格が漂っていた。
「到着早々にお騒がせしていないか確認に参りました。こちらが浅倉レオン君と、付き添いのセリスさんですね?」
「いかにも、僕がレオンだ。今日からこの学園に新風を吹き込む者と思ってくれて構わない」
「坊ちゃま……」
マティルダは少しだけ目を細めたが、にこやかに応じた。
「それは頼もしいことですわね。けれど、寮では他の生徒と調和を大切にしてくださいね。個室内の改造も……ほどほどに」
「む……了解した」
「では、何かありましたらいつでもお声がけください。失礼いたします」
マティルダは丁寧に一礼して去っていった。
「坊ちゃま、あの方はおそらく、手強い相手です。改造は本当に“ほどほど”にしておいてくださいね?」
「任せておけ。完璧に隠密行動をこなしてみせよう」
こうして、波乱の幕開けとなる王都での生活が、ついに始まろうとしていた。