一回表「つまらない奴だな」
始めて作品を書きます。 幼い文章ですが読んでくだされば幸いです
トントントンと黒板に白いチョークでかかれる音、カリカリとシャーペンの音。
誰もいない筈の夏休みの校舎で、ひっそりと補修授業が行われていた。
補修授業は、期末テストで下から一割が対象で行われる。 もちろん、残念な対象者は否応なしに強制参加である。
高校受験が終わり、腑抜けになった僕の成績は、デフレのような劇的な急降下を起こした。 そして、まったく勉強しなくなった期末テストでは、数学Ⅰと国語総合Ⅰ、そして中学には大の得意科目であった理科…高校では理科総合Aが、一割のラインに低触してしまった。 その結果から、残念ながら夏休みの火曜日と水曜日に補講を受けなくちゃいけなくなった。
もっとも、隣にいる将に至っては、補修が全科目対象という、ある意味での不名誉なグランドスラムを達成している。 だから、補修授業では毎回、コイツに会う事になる。
今日は数学Ⅰの補講だった。 100点満点のテストでたったの一桁をとっての受講だが、とてもじゃないが聞く気にはなれず、なにも書いてないまっ白いノートの上に頬杖を置き、ただ、ボーと窓の外を眺めているだけだった。
グランドでは二分して、サッカー部がボールを回している。 その横では白い練習ユニホームを着た野球部がノックをしていた。
「おい、拓海」
隣に座っている、将から腕を脇腹に突っ込まれた。 コイツもこいつで授業を真面目に受けてないようだった。
「なんだよ?」
横腹をさすりながら僕は答えた。
「なんで、昨日、行かなかったんだよ」
「え?」
「ほら、海に行こうって誘ったんじゃん?」
僕は思いだした。 確か、昨日誘われていた。
「なんで、断ったんだよ?」
「ああ~ ちょっと気が進まなくて…」
「なに言っているんだよ? あの秋月さんが一緒だったんだよ?」
「悪いなあ。めんどくさかったんだよ。 せっかく用意してもらったのに・・・」
「ほんとだよ。 まったく、つまんねえ奴だな」
そう言い、将は腕を組み、顔を伏せた。
「なあ、拓海?」
「うん?」
「野球に戻る気ねえの?」
「ねえ」
「本当に? 肱は大丈夫なんだろ? 医者は投げてもいいって言っているんだろ?」
「肱は大丈夫になったけど、そんな戻る気はないよ」
「そうか…お前がそう言うなら仕方ねえよ。 でも、お前ほどの投手が投げねえなんて、もったいねえよ…」
そういい残し、将は眠ってしまった。 僕は何度か右ひじをさすった。 痛みやかゆくも何ともなかった。
補修授業が終わったのは、お昼前だった。 将は、これから野球部の練習に参加すると言い、授業が終わったなりすぐに消えてしまった。
僕は一人、帰る事になった。 今日は火曜日だから、母はパートで家にいないから、昼飯の用意はされてない。帰り際、スーパーに寄って、揚げ物なりお惣菜でなにか買って、家でご飯のお冷を温めて食べよう。 そう決めて、昇降口に着いた時、トントンと背中を叩かれた。
振り返ると、秋月さんだった。 それも彼女一人だった。
「…」
「…ビックリした?」
「うん?」
はっきり言えば、秋月さんとは疎遠だった。 クラスの可愛い女の子とは思っていたが、それ以上もそれ以下もなかった。 だから、こうやって向こうから背中を叩かれる関係とは思ってなかった。
「まさか、秋月さんとは思わなくて…」
「そうだよね…あんまり、谷口君とは話した事ないよね?」
僕は頷いた。
「…も、もう帰るの?」
「うん、補修授業で来ただけだから」
「え、部活とかないの?」
「ないよ、帰宅部だから」
「え! 帰宅部なの? てっきり、谷口君は野球部だと思っていたよ。 だって、何時も相羽君と仲良しで一緒だからさあ~」
「相羽とは小学校からの友達なんだ。 まあ、相羽は野球部だけどね」
「そうなんだ~」
秋月さんはにっこり笑った。 笑う時に薄い唇から覗く白い八重歯が可愛かった。
「だったらさあ~ 谷口君、吹奏楽に入ったら?」
「え…?」
「あ~ 冗談、冗談。 ほら、吹奏楽ってすんごく男子が少ないいだ~ だから~」
そう言い、また秋月さんは笑った。 ただ、その笑顔が、会話が成立できなくて、ちょっと引き攣っているようにも見えた。
正直、まだ秋月さんがなんで、僕に話しているのかがわからなかった。
秋月さんのイメージは、何時も大勢の女子に囲まれていて、滅多に男子とは話さない。 ある意味、僕にとってはかなり遠い人間としか思ってなかった。もちろん、彼女の容姿がきれいだの、成績が学年一位みたいだの、そんな評判はちらちらと耳に聞いた事はあるけど、それだけだった。
「あ~ 私、部活あるから戻るね」
そう彼女は言い残し、廊下に消えた。
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家に帰っても、誰もいなかった。 不気味なほど、静かだった。
そんな不気味な静かさを打ち消すかのように、僕は「ただいま」と言った。
でも、どの部屋からも返事は返って来ない。 当たり前だ。 父は仕事に行っている。 母はパートだし、妹は塾の夏期講習。 だれもこの家にはいない
冷蔵庫に残っていたお冷を電子レンジで温め、買ってきたコロッケを机に広げた。
条件反射的にテレビをつけ、チャンネルを回す。 やっているのはどうでもいいような茶番を大々的に取り上げるワイドショーや、恋愛モノの映画。 でもいずれも、僕には全く興味がなかった。
そうやって、無作為にチャンネルを回し、一つのチャンネルを止めた。
NHKの高校野球の生中継だった。
多分、第一試合だろうか。 ちょうど9回裏だった。 スコアは17-15と、本当に野球の試合なのかと思うような乱打戦だった。
実況も実況で「とられたら取り返す。 まるでシーソーゲームな展開」と伝えていた。
テレビに映るマウンドには背番号「17」の小柄なピッチャーが立っていた。 テロップには「佐々木 洋 一年」と書かれていた。
…一年ピッチャーを出すほど、投手陣の出来が悪かったんだろう…
そう思った。 とてもじゃないが、こんな場面で初々しい一年ピッチャーが出る幕ではないと思う。自分だっていくら甲子園と言っても、こんな場面は出たくない。
ノーアウト、満塁。 いくら、二点ビハインドとはいえ、長打を打たれたら、同点になるし、最悪は一塁ランナーが還って逆転サヨナラ負け。
それに、帽子のつばから見えるピッチャーの顔は汗だらけで、目が見開いていた。きっと、ものすごいプレッシャーに襲われているんだ。 一目見て、わかった。
その17番のピッチャーがバッターを迎える。 バッターもバッターで緊張しているようだった。
そりゃあ、一打打てば同点になるが、最悪ホームゲッツーだったら、今までの行け行けムードは立ち消えになってしまう。
17番のピッチャーはセットポジションに入った。 バッターもバッターで迎え撃つ格好が出来たようだ。
ピッチャーは、キャッチャーのサインに頷く。そして、左足を高々を上げて…
「ストライク~」
審判はそうカウントを取った。
ボールはバッターの肱下に行くような、インハイのストレートだった。
…さすがにベンチ入りしただけあるんだな。けっこう攻め入るな…
多分、このバッテリーの頭にゲッツーはないと思った。むしろ、三振を狙いに行くようにも思えた。
次の二球。 バッターの膝下の高さで、外に逃げるスライダーだった。 金属バットが意味なく空を切っていた。
そんな、バッターの様子を見て、ピッチャーは小さなガッツポーズを見せた。 きっと、打ち取れる。 そう思ったのだろうか?
そして、三球目。 バッテリーの考えでは緩いボールで、次の速球の布石にしようかと思ったのだろうか? アウトローの外れた球のつもりで投げたカーブが甘く、インに寄り過ぎた。
バッターは、あまくなったボールを見逃さなかった。
身体に近づくまで、ぎりぎりまで耐え、甘く入ったカーブを叩く。
綺麗な流し打ちで打たれたボールは一塁線を走る。 ホームゲッツの為に前進守備だったファーストが飛びつくが、あとわずかに届かず、ミットの横を抜けて行った。
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結果は、あのライト線の長打による逆転サヨナラ負けだった。
打ったバッターは二塁上でガッツポーズをしていた。 その目の前で、打たれた17番のピッチャーはマウンドで崩れていた。