094.再び、ミッドランズへ
「今後の役割分担を決めるとしようかの」
翌朝。帰還直後と同じように、“円卓”に皆が集まる。
その視線を一身に受けるミュリーシアは、今日も美しい。銀色の髪は輝くようで、白い肌にも艶があった。
「とりあえず、出張組と残留組の区分けでいいか?」
女王の言葉を補足する宰相。
それを意識したわけではないが、トウマのフォローは絶妙だった。
「島を出て行く組と、残る組ですね」
「ああ」
島から出たといって、必ずしも神命に関わるわけではない。
そのため、グリフォン島に残る者とそれ以外としたのだが。
そこで、カティアが気品のある動作で手を挙げた。
「わたくしは、しばらくこの島に残らせてもらいたいのですけど」
「……いいのか?」
商会をほったらかしにしていいのか。
人間が誰もいなくなるがいいのか。
トウマは二重の意味で尋ねたが、カティアはしわが刻まれた顔をさらにしわくちゃにする。
「構いませんわ。商会への手紙だけは届けていただきたいけれど」
「……そうか。じゃあ、新婚旅行を楽しんで欲しい。設備は整っていないのが申し訳ないが」
「トウマさん!?」
「ええ。ついでに、交易計画も立てておくわ」
「それは頼もしい」
ありがたい申し出に、トウマは頭を下げた。
「むー。むむむむむーなのです」
楽しげなカティアに対し、リリィは不機嫌全開で腕を組み上下逆に浮いている。
金髪の三つ編みは垂れるが、スカートはそのまま。重力からも自由なのが、ゴーストだ。
「リリィは悪いけど……」
「分かってるのです」
くるっとひっくり返り、腕を解いて満面の笑みを浮かべるリリィ。
「大人しく留守番してるのです。だから、トウマは元気に戻って来るのですよ?」
「それは、妾が前回……」
リリィのすみれ色の瞳で、きっとにらまれる。
同行することになっているミュリーシアは、すっと赤い瞳をそらした。
「う、うむ。リリィが残ってくれるとなれば、妾としても安心して神命に挑めるというものよ」
「任せるのです。でも、あんまり遅くなるとリリィが一人でダンジョンの次の階を攻略してしまうのです」
「まだしばらく、モンスターが溢れたりしないよな?」
「当然じゃ。しかし、攻略は難しくとも二層目を丸裸にできそうではあるの」
「ですねえ」
レイナが苦笑いを浮かべる。
化粧品のコピーも目処が立ち、今日もばっちりと決まっていた。
それも、リリィのお陰。
「ミミックルートの追跡のときも、リリィちゃん無双でしたし」
物理的なダメージが効かない。
熱や冷気といった環境要因を、ものともしない。
その上、壁も床も素通りする。
考え得る限り、最高の斥候だった。
しかし、一人で突撃されては不安が残る。
その空気を察したノインが、目を伏せながら口を開く。
「リリィ様は、お心安らかに過ごしていただきたく。私めが、リリィ様の分までご主人様をサポートいたしますので」
「むっ! ノイン、任せたのです!」
「一命にかえましても」
「命懸けじゃなくていいんだが……」
「常にその覚悟でおりますので、いつも通りでございます」
トウマの目を見て、はっきりと宣言した。ノインが顔を上げると、前下がりボブの黒髪が揺れる。
「とりあえず、ノインは出張組として……」
続けて、トウマはミュリーシアとレイナを見る。
「聞く必要あります? ないですよね?」
「うむ。そのために、共犯者は戻ってきたのだからの」
だが、決定事項は覆らなかった。
そちらを確かめる気は最初からなかったという顔をして、ベーシアに問う。
「ベーシアは、グリフォン島で建国記の下調べとかしてくれると助かる」
「あれー? ボクもついてこなくていいの」
思いっきり椅子にもたれかかっていた草原の種族が、意外そうに言った。
「まあ、トウマがハーレムしたいって言うならボクは身を引くけどね。あえて、あえてね」
「ハーレム?」
同行者は、ミュリーシア、レイナ、ノイン。
男一人に、女性が複数。この構成をハーレムと呼ぶというのならば、そうなるのだろうが……。
「そんな関係じゃないが?」
「外からどう見えるかでしょ?」
「問題ないですよ」
「問題ございません」
「些末なことよな」
ミュリーシアたちも、そう言っている。
これは断じてハーレムなどというものではない。
トウマは確信した。
「英雄色を好むっていうけどさ、ボクの経験上、ハーレムって自分から集めるんじゃなくて勝手に集まってくるものなんだよね」
「ハーレムを間近に見た経験がある時点で、相当レアですけどね」
レイナが、じとっと湿度と粘度の高い視線を向ける。
ベーシアは、包帯が巻かれた手を振り無言で笑った。
「だいたい、ハーレムってあれだろう? アラビアンナイトで出てきたやつだろう?」
至極真剣。
つまり、いつも通りのトーンでトウマは首を傾げた。
「アムルタート王国の女王はシアなんだが?」
「うちのヘンリーよりも難しい物件ね、これは」
「私は、ここまでじゃなかったですよね!?」
カティアが肩をすくめ、ヘンリーが小さな体全体で抗議した。
その意味はよく分からなかったが、肝心なのはトウマ自身ではない。
「ともあれ、シアたちの名誉にも関わるからな。建国記では、配慮をして欲しい」
「分かったよ。でも、受け手がどう感じるかまではボクにコントロールできるものじゃないからね?」
「当然だ」
そこまで求められるはずがない。それができるのは魔法か、奇跡か。その両方だろう。
「さて。そうなると、島から出る……神命に挑むのが俺とシアと玲那とノイン。島に残るのが、リリィ、ヘンリー、カティア。それからベーシアだな」
「人数比は半々ですけど、戦力的にはこっちに偏ってますね。まあ、神命があるんですから当然ですけど」
「おおっと? そういうこと言っちゃう? ほんとに、二人でダンジョン攻略してきちゃうけど?」
「ベーシア、なかなか話が分かるのです」
「リリィとベーシア。二人なら、本当に踏破できるかもしれぬの」
「そうなのか?」
ベーシアに一定の実力があることは、理解している。
しかし、階層核を解放するということはスチームバロンと同格のモンスターを倒すということ。
「ミュリーシアが言うからには、それが可能なのだろうが……」
「二人とも、子供にしか見えないんですけど?」
「見た目は子供! 実力は神! 行動は子供! それがこのボク、ベーシアさっ」
「災害かなにかですか?」
「まあ、神らしいといえば神らしいんじゃないか?」
実のところ、トウマはあまり心配していない。
ベーシアが、めちゃくちゃな愉快犯に見えて、義理堅く一線は絶対に越えないことをトウマは気付いていた。
「とりあえず、ダンジョン攻略よりも島の安全を優先して欲しいところだな。前みたいにモンスターが沸いてこないとも言えないからな」
「はーい、なのですよ」
そこまで本気というわけでもなかったのだろう。
リリィが、両手を挙げて返事をした。
「あ、そうです。あの趣味の悪い杖はどうします?」
「ロッド・オブ・ヒュドラだな」
九つの蛇が絡まり合った杖。
合言葉ひとつで蛇の頭が具現化して毒を与え、また別の合言葉でヒュドラそのものに姿を変えるというマジックアイテム。
「あれねー。基本的に近接武器だけど、そもそも前に立って戦うの誰?」
「盾は持っているが、前に出るわけじゃないな……」
「僭越ながら、私めにお預け願えないでしょうか」
「構わないが……」
「必ずや、お役に立ててみせます」
「分かった。任せる」
「ありがとうございます」
ノインが瀟洒に一礼すると、前下がりボブの黒髪が揺れる。
同じ容姿でも、ヘンリーにはできない所作だった。
「ふむ。他に細かいことは個別に決めるとして、出発はいつにするのじゃ?」
「準備ができ次第、すぐに」
「なるほど。すぐに、じゃな」
朱唇皓歯。ミュリーシアが華やかに微笑み、白い牙が覗く。
「ならば、向こうの度肝を抜いてやろうではないか」
ミュリーシアは、羽毛扇を手に高らかに宣言した。
トウマは猛烈に悪い予感がする。
だが、それは光輝教会が憶えるべきものだった。
その話し合いから、二日後。
「妾はアムルタート王国女王、ミュリーシア・ケイティファ・ドラクルである」
昼と夜の狭間。
「傾注せよ」
逢魔が時。
「勇者、稲葉冬馬。緑の聖女、秦野玲奈。両名とともに、神命に挑戦すべく推参した」
水の都デルヴェで最も高い建物――光輝教会のデルヴェ神殿。
その尖塔に降り立ち、ミュリーシアは堂々と宣言した。
騒然とするデルヴェの街。
「はー。マジかよ……。マジだった……」
慌てて飛びだしてきたジルヴィオが、両手で顔を覆ってさめざめと泣いた。




