091.誰が神命に参加するのか
「今のところ、神命とやらに参加するのはセンパイ、ミュリーシア、ノイン。そして、あたしの四人ということですね」
「それなんだが、玲那」
円卓に肘をついて指折り数えるレイナ。
トウマは、幼なじみに険のある瞳を向けた。
「レイナは島に残って欲しい」
「は?」
円卓の間に、ブリザードが吹き荒れた。
誰もが、そう錯覚するほど低くて冷たい声。それどころか、緑がかった瞳も視線で人が殺せそうなほど。
ミュリーシアでさえも、トウマを擁護できない。羽毛扇で顔を隠し、天を仰ぐことしできなかった。
「あたしは置いていくと。センパイはそう言ったんですか?」
今なら、聞き間違いということにしてあげてもいいですよ。
そんな副音声は、トウマに届かない。
「ああ。そう言った」
「トウマ、ちょっとトウマ過ぎるのですよ」
「ボクの新しい雇用主は、実にまっすぐでいいねえ」
リリィが両手で頬を押さえて口を大きく上げ、ベーシアが上機嫌でリュートをつま弾く。
そんな混沌とした円卓の間で、トウマはレイナだけを見つめている。
「光輝教会は、玲那のことを諦めていなかった。そんなところに、大事な幼なじみを連れて行くことはできない」
正論。
しかし、レイナを説得するには足りなかった。
「そんなことは、理解してますけど?」
「理解してるのなら……」
「そもそも、狙われるのはセンパイも同じですよね? むしろ、センパイは神命があるから嫌々生かしてやるぐらいの扱いだったはずですが?」
「ああ。まあ、それはそうなんだが……」
これも、正論。
レイナを危険な目に遭わせたくないというわがままだと分かっているので、言葉に詰まってしまう。
それが分かっているべーシアは、表情だけ真剣に成り行きを見守っていた。
「やはり、光輝教会は共犯者の命を諦めておらなんだか」
「死霊術師だからってことなのよね? 困ったわ」
ずっと和装のメイドのヘンリーを膝に乗せていたカティアが、年輪を刻んだ顔に手をやる。
「ヘンリーになにかあったら、わたくしどうするか分からないわ。だってそうでしょう? 失ったと思って諦めていたものが、一生の終わりを前に戻ってきたのにまた取り上げられかねないのよ?」
「そ、そうですね。カティア、ちょっと落ち着きましょう? ね?」
「であれば、共犯者が残るという選択肢もあるのではないかの?」
コロンブスが卵を直立させた。
その光景を幻視したかのように、皆がはっとした表情を浮かべる。
「いや、ないだろう」
冷静なのは、トウマだけ。
「神命の対象は、俺だからな」
「あの状況だと、あたしも対象に入ってますよ」
「だとしても、俺か玲那か。どちらかがということなら……」
「それは普通に、殺されかねないほうは残ることにならぬかの?」
「それは名案なのです!」
「そう……なるの……か?」
トウマ自身が行く。
その大前提に縛られていたため、自分から落とし穴に突っ込んでしまった。
「さらに言えば、共犯者とレイナは留守番。妾とノインで行っても構わぬわけだ」
「それはさすがに、向こうが拒否するだろ。神命を下したのは、あの場に居る人間なんだし」
「おっと、ボクに流れ矢が飛んできそうな展開だね?」
もう一人。異界の神ナイアルラトホテップから神託が下った場にいたベーシアが、おどけたように両手を挙げた。
「行けと言われたら行くけど……」
「いや。それは、宮廷音楽家の仕事じゃないだろう」
「そう言うと思った」
ぐっと親指を立てるベーシア。
どこからどう見ても笑顔だったが、誤った選択をしていたらあっさりこのアムルタート王国から去っていたかもしれない。
そんな、底知れなさも感じさせる。
「少し、いいかしら?」
議論が拡散する場で、カティアがヘンリーを膝に乗せながら片手を上げた。
「悪いのだけど、今のうちに島を見て回っても構わないかしら? どうやら、わたくしたちは邪魔のようだから」
「ああ……。こっちこそすまない」
「構わないわよ。でも、わたくしのようなおばあちゃんがいては本音を語れないでしょう?」
「そういうことなら、むしろ残って欲しいのだが……」
しかし、トウマの言葉は届かない。
「ヘンリー、案内をお願いできるかしら?」
「いや、私も上陸するのは始めてなぐらいで……」
「それなら、リリィが案内するのです!」
「あら、よろしくお願いするわね」
三人が、連れだって円卓の間から退場する。
一気に、半分近く減ってしまった。トウマは、味方も減ってしまったような心細さを感じる。
「ベーシアはいいのか?」
「え? なんで? だってこっちのほうが100パー面白くない?」
「100パーセントか?」
「200パーでもいいけど」
適当な数字だった。
味方なんていなかった。
「じゃあ、せっかくなので中立なボクが仕切ろうか!」
ぴょんっと椅子から飛び下り、ベーシアが円卓をぐるぐると回る。
代わりに、トウマの背後に控えていたノインを席に着かせた。
「神命とやらにチャレンジする。これは確定だね?」
「ああ。無視したら、天罰とやらがあるらしいからな」
「聞いたことがあるのう。神命への協力を拒んだだけで罰が下ったと」
「よろしい」
適当にリュートをかき鳴らし、ベーシアは次の論点に移った。
「じゃあ、次に誰が参加するかだ。候補は、今こうして座っている四人だね? めんどうだから、全員で行けば?」
「議長がいきなり議事を投げないでくれ」
「だってさー。トウマが行くってなったら、全員行くでしょ?」
そんなことはない。
トウマが反論する前に、いくつもの声が重なった。
「とにかく、センパイの横があたしの居場所です」
「次こそ、私めも同行をさせていただきます」
「まつろわぬ民……“魔族”をどうにかするという話であれば、妾がいなくてはどうにもなるまい?」
感情論だけに、説き伏せるのは難しそうだった。
ミュリーシアだけは筋が通っているが、正論過ぎてどうしようもなかった。
「ほらー。こうなるじゃん。あきらめたら?」
「……こんなことなら、もう少し情報を持ってくるべきだったか」
「そうじゃな。そもそも、まつろわぬ民に接触といって、誰になにをすれば良いのかが分からぬからのう」
「そこを聞く前に戻っちゃいましたからね」
しかし、あの状況で情報収集してからというのも難しかっただろう。
トウマたちへの手出しは、異界の神により禁じられた。
かといって、一緒にいるなとは言っていない。最悪、誰か監視を付けられたかもしれなかった。そうなれば、このグリフォン島の存在が露見してしまう。
やはり、あの混乱に乗じて脱出するのが最善手だった。
「相手が分からぬのであれば、最大戦力をぶつけるしかあるまい」
黒い羽毛扇をゆるゆると振り、ミュリーシアが断言した。
「戦闘をするわけじゃない。あくまでも、話し合いだからな?」
「最悪の事態に備えるため、妾が同行するのじゃ」
「私めもでございます」
「あたしは、戦闘だろうと交渉だろうと関係ないですけどね」
「そうか……」
なにか、説得材料がないか。
トウマは頭脳を振り絞り……ひとつの光明を見つけた。
「……そうだ。シア、この人数をデルヴェまで飛ばせるのか? ヘンリーを置いていくのなら、ワールウィンド号も使えないだろう?」
「うむ。まったく問題ないの」
「問題ないのか……」
豊かな双丘を強調するように腕を組むミュリーシアに、希望は跳ね返された。
しかし、トウマは諦めない。
「デルヴェの位置も……」
「あとで地図を確認すれば、問題ないであろう」
「そうか……。そもそも、ドラクルがミッドランズへ行くというのは……」
「今さらであろう」
「そうだな。今さらだったな」
自分では、これ以上の説得は不可能。
そのため、議長に仲介を求める……が。
「ベーシア……」
「やっぱりね。こういうときは、男が折れるのが一番円満に物事が進むってもんだよ」
「そうかな……。そうかもしれないな……」
草原の種族からも諭され、トウマは決断を下した。
「分かった。この四人で神命に挑戦しよう。よろしく頼む」
「任せよ」
「粉骨砕身、精励恪勤いたします」
「最初から、そう言えばいいんですよ。時間の無駄でしたね」
「時間の無駄ではなく必要なプロセスだったかと存じますが……これで歓迎会の準備に取りかかることができます」
「ほら、センパイ。やっぱり時間の無駄だったんですよ」
「そう共犯者を責めるでない。結論は変わらずとも、話し合うことそれ自体が重要なのだぞ」
それぞれの言葉で、満足そうにトウマの言葉を受け入れる三人。
トウマは、そんな彼女たちから新任の宮廷音楽家に向き直る。
「なあ、ベーシア」
「なんだい? 雇用主サマ」
「ベーシアの親友の処世術を伝授して欲しいのだが。わりと、早急に」
「あ、うん。そうだね。それが良さそうだね……」
ベーシアは笑わなかった。
希望は叶えられたのに、トウマは、いっそ笑って欲しかった。




