090.報告連絡相談
「……なにがどうしてそうなったのか分からぬが、無事に帰ってきてくれてなによりだの」
いきなり神命などと言われて戸惑ったものの、そこに至るまでの経緯が平坦なものではないと気付いたのだろう。
赤い瞳に柔らかな光を宿し、ミュリーシアが気遣わしげにトウマを見つめた。
その視線の特別さに、レイナが舌打ちをこらえるような表情を浮かべる。しかし、表立ってはなにも言わない。
「ああ。幸運だったと思う」
「幸運だけじゃないでしょ? ボクも含めて、みんなが結構頑張ったからさ」
「その出会いも含めて、幸運だった」
ベーシアが肩をすくめ、ミュリーシアが満足そうな表情で腕を組む。
「妾たちのようなひねくれ者には、まぶしかろう?」
「ボクはよく、素直すぎるって言われるんだけど?」
「欲望に素直すぎるということではないかの?」
腕を組んだままのため、どうしてもミュリーシアの豊かな胸が強調される。
そこへ向けられるレイナの視線を黙殺して、トウマに先を促す。
「さて、心構えはできたわ。なぜ、そうなるに至ったか語ってもらうとするかの」
「ああ、もちろんだ。聞いて欲しいのは、こっちのほうだけどな」
レイナが石のカップを両手で持って口に運ぶ。
面倒くさいことは、トウマに任せるようだ。
「まず、デルヴェに到着するまでは順調だった」
「そうですねー。センパイとあたしの夫婦役も順調でした」
「夫婦役じゃと?」
レイナは答えず、意味ありげに指輪――ワスプアイズをかざす。
火口のダンジョンでドロップしたマジックアイテムが、燦然と輝いている。
「そういえば、いい指輪してるなって思ってたんだよね」
「マジックアイテムよね? でも、わたくしのエンゲージリングも――」
「それは今はどうでもいいですから!?」
カティアの膝の上で、小柄な和装メイド姿のヘンリーが暴れる。霊体だからか、眼鏡がずれるようなことはなかった。だが、相当恥ずかしいエピソードがありそうだった。
「ボクの親友も、奥さんたちにそれぞれ違う婚約指輪と結婚指輪を贈って大変そうだったなー」
「ベーシアの親友の話が、そろそろ創作であってほしいレベルになってきたな」
「イマジナリー親友のほうが安心できるとか、相当ですよね。相当ですね……」
「ところがぎっちょん、ぎっちょんちょん。これが現実です」
沈痛な。つまり、普段より少しだけ深刻な表情を浮かべるトウマ。
一方、ミュリーシアは復活を果たしていた。
「……ふっ、レイナよ。夫婦というのは、どうせ演技であったのであろう? 共犯者の顔を見れば分かるわ」
「もう、少しは照れてくださいよ」
「照れたら芝居にならないだろう」
ヘンリーがカティアの上で天を仰ぎ、そのカティアも思わず口を開いて驚く。
ベーシアは腹を抱えて笑った。
「吟遊詩人のボクより面白いことを言われたら困るんだけど?」
「俺は面白くなどないが?」
「やだ、天然って怖い~」
「それが、ご主人様の良いところかと」
ノインのせっかくのフォローだったが、トウマは首をかしげるだけ。
「意味が分からない」
ハーブティーを一口嚥下し、トウマは気分を入れ替える。
どうでもいいところで止まってしまった話を、強引に進めることにした。
「それで、デルヴェに到着してハイアーズ商会ともコンタクトが取れたのだが……ヘンリーの素性が会う前からばれた」
「会う前からじゃと?」
どんなへまをしたんだと、ミュリーシアが赤い瞳をヘンリー……が入っているノインそっくりの自動人形へ向ける。
「それはね、愛の力なのよ」
「なぜそこで愛が!?」
ドラクルの姫をもってしても、理解が及ばなかった。
「まあ、これで理解されたら恋愛脳すぎて笑っちゃいますけどね」
「捏造した手記の内容が整いすぎていることで疑念を抱かれ、本人を見て確信を得たということらしい」
「……逆ではないかの?」
「逆じゃないんだ」
理論ではなく直感。
まさに、愛の力――思い込みの前にはミュリーシアもなにも言えなかった。
だから、艶やかな唇から漏れたのは別のこと。
「その話じゃと、共犯者とレイナの夫婦の演技の出番もなかったのではないかの?」
「そうですね。でも、練習は無駄にはなりませんから」
「また夫婦の振りをする事態が起こるとは思えないが……」
ヘンリーがカティアの上で天を仰ぎ、そのカティアも思わず口を開いて驚く。
ベーシアは腹を抱えて笑った。
「同行しておるということは、それが良い方向に転んだということであろうがの」
変なことを言われる前に、ミュリーシアが明後日の方向に行きかけた話題を調整する。
「ああ。結果的に、商談は上手くいった。けどカティアが、グリフォン島を視察したいと言ってな」
「少なくない資産を投入するのだから、当然でしょう?」
「ボクは、その護衛だね。建前だけど」
「なるほどの……」
護衛。建前であろうと、それを果たせるだけの実力はある。
ミュリーシアの眼力でも、そこまでしか分からない。
カティアは、有能ではあろうが規格外というわけではない。
一方、この草原の種族は底が知れなかった。
敵対する様子がないことに、心から安堵するほどに。
「それから、米を見つけたりベーシアをスカウトしたりとかはあったんだが……」
「コメ! なんだか美味しそうな名前なのです!」
「え? ボクのスカウトはスルー?」
「ベーシアは、食べられるのです?」
不思議そうに。きょとんと、リリィが首を傾げる。
すみれ色の瞳からは、光も消えていた。
名作劇場から出てきたような可憐な少女がそうされると、かなり恐ろしい体験だった。
「お、美味しくないと思うな……。お酒ばっかり飲んでるし?」
「あたしの故郷だと、牛にビール飲ませたりしてますよ」
「調理担当といたしましては、相当灰汁と臭味を抜く必要があるかと愚考いたします」
「熊の手って、めちゃくちゃ手間がかかるらしいですね」
「ベーシアが薬膳になるとは思えないんだが」
「ボクを、秘境に迷い込んだ旅行者扱いするのやめない!?」
抗議するように、ベーシアが円卓をバンバン叩く。
特に擁護するつもりはなかったが、ミュリーシアが黒い羽毛扇を優雅に振って先を促す。
「それで、共犯者。そのあと、なにがあったのだ?」
「デルヴェを、多頭海蛇というモンスターが襲撃した。これは、そのドロップ品だ」
と、トウマがロッド・オブ・ヒュドラを円卓に置いた。
いくつもの蛇の頭がのたくる杖。禍々しいデザインに、息を飲む気配がする。
いや、正確にはこのマジックアイテムをドロップするモンスターの強大さに気付いたからだ。
「……そのモンスターとやら、かなりの大物だったようじゃな?」
「ああ。光輝教会の軍船を、一方的に何隻も沈めていた」
「あのスチームバロンでしたっけ? ロボットよりは弱かったと思いますけど」
「あれは、例外であろう」
あのグレードのモンスターが、簡単に出てられてはたまらない。光輝教会だ“魔族”だという前に、世界が滅びるはずだ。
「妾が一緒におったら、危険な目には遭わせなかったものをの」
「なのです。リリィがいたら、蛇なんてぶっ飛ばしてやったのです」
リリィが、宙に浮きながらシャドウボクシングのように拳を連打する。
ノインはなにも言わなかったが、似たようなことを考えているのは明らかだった。
「そのとき、光輝教会と成り行きで共闘することになってな」
「あたしの教育係だった、副団長のヴァレリヤ・イスフェルトとですよ」
「……それがなぜ、敵対ではなく神命になるのだ?」
「神がかり……。降霊か? モンスターを倒した後、突然ヴァレリヤに神が下りてきて神託を告げた」
なんの脈略もない。
まさに、デウス・エクス・マキナ。
「ところで、神命はどのような内容なのでございましょう?」
「はっ? 大食いで光輝騎士とかいう悪いのに勝てばいいです?」
「それだったら楽だったんだがな」
場を和ませてくれたリリィに笑顔を向け、トウマは続ける。
「まつろわぬ民と接触すること。解決期間は、一ヶ月」
「なるほどの」
日程的に、充分余裕がある。
であれば、戻ってきた理由も分かる。
「妾を同行させるためじゃな」
「今回は、私めも同行させていただきます」
「ううーーー。また、リリィは留守番なのです。そのまつろわぬ民っていうの、島まで必ず連れてくるのですよ!」
むくれながら、応援してくれるリリィ。
トウマにできるのは、そしてやるべきなのはその信頼に応えること。それだけだった。




