083.懐かしい再会
「今頃、あの二人はいちゃいちゃいちゃいちゃいちゃいちゃしてるんだろうなー。戻って覗きに行く?」
「行かないし、いちゃいちゃいちゃいちゃいちゃいちゃするのはまったく構わない」
「律儀に、いちゃいちゃの数を合わせなくても良くないです?」
正論だが、それがトウマでもあった。
「しかし、俺たちの顔が来たときとは違っているんだが……」
「勢いで出てきちゃいましたけど、改めてスキル使います?」
「大丈夫、大丈夫。人と会わなければいいんでしょ?」
ベーシア。小学生のような草原の種族に手を引かれ、商会の建物をずんずんと進んでいく。
トウマが行けば、レイナがついてくる。ミュリーシアがトウマの血を吸ったら、精力を持て余すぐらい確実な話だ。
「そう上手くいくものでもないだろう」
「平気だってば」
ベーシアは見た目の割に力が強く、振りほどけそうにない。
不承不承、そのまま歩みを進めるが……本当に誰にも会わずに外の倉庫にたどり着いてしまった。
「ほら、ボクの言う通りだった。人の気配を読むなんて、ボクらにとっちゃ初歩の初歩なんだからね」
草原の種族に、個人資産の概念は薄い。否、個人の持ち物という認識はきちんとある。
それはそれとして、他人の家に忍び込んで食料や酒などを少々分けてもらうことに一切遠慮も躊躇も存在しないだけだ。
そんなことを知らないトウマとレイナは感心しきり。
「なるほど。潜入捜索のベーシアか」
「キャラはあれですけど、実はすごい人なんですかね?」
「そうみたいだな……」
逆に厄介だなという感想を飲み込んで、トウマはベーシアのキャスケット帽を見下ろす。
「それで、倉庫に来てなにをすればいいんだ? 棚卸しの手伝いか?」
「まさか、そんなことさせるわけないじゃん」
ちちちっと、人差し指を横に振って否定するベーシア。
子供が大人ぶっているのではなく、似合っているから不思議だ。
「ボクが言わないと、カティアは取引に含めないだろう商品があるからさ。現物を見せてあげようと思ってね」
返事を待たずに、ベーシアが倉庫へと入っていく。
鍵がかかっていたのか、いなかったのか。それすらも分からないぐらいスムーズに倉庫の中へ。トウマとレイナも、慌ててついていく。
「えーと。ああ、あれだあれ」
頑丈そうなレンガ造りの倉庫を見回し、右奥へと堂々とした足取りで進んでいった。
「ほら、お二人さん。この袋の中身を見てみ?」
「分かった」
「いいんですか、センパイ? あとで抗議を受けたり……」
「ベーシアがいいと言うんだ。問題ないだろう」
「そんなに信用度高かったですか?」
「ベーシアがいいと言ったと伝えたら、カティアも納得してくれる」
「あ、そういうことですね。納得です」
「納得するの!?」
ベーシアのツッコミは聞き流し、トウマは麻袋の口を縛っていた紐を解いた。
「さて、そんなに言うほどのものとは思えない――」
トウマよりも先に中身をのぞき込んだレイナの口と動きが止まった。
「――お米じゃないですか! しかも、短粒種!」
「さすが、一目で分かっちゃったか」
ベーシアがキャスケット帽を直しながら感心したように言うが、レイナは聞いていない。
「お米! ヴァレリヤ、さては隠してやがりましたね!」
光輝騎士団の副団長。教育係だった光輝騎士への憎しみを新たにする。
「次会ったら、一発殴ってやりますよ。会いたくないですけど」
「玲那、これは」
「ええ、増やせます。あたしのスキルで栽培したら、365日おにぎり生活ですよ!」
「たまには他の物も食べたいがな」
「それは、あたしも同じです」
しかし、それも米という主食があってこそ。
今までの肉――というより、マッスルースター中心の食事を思うと降って湧いた希望だ。
「そうか。米、こっちにも米があるんだなぁ……」
「小麦があって、お米がない理由はないですけどね」
「今までは生きるので精一杯で不満はなかったけど、実物が目の前にあると違うな」
普段はあまり変わらないトウマの表情が、自然と緩む。
ノインやおばちゃんは、限られた環境で頑張ってくれていた。そこに米という主食をプラスすると、様々な食材がおかずとして立ち上がってくる。
最高だ。
「あとで、味見させてもらいましょうか。海の街ですから、魚はよりどりみどりでしょうし」
「卵も欲しいな。卵かけご飯と贅沢は言わないから」
「稲葉家風の甘い卵焼き、作っちゃいますよ」
「それはいい」
ミュリーシアたちのマッスルースター家畜化計画を知ったら、土下座する勢いで喜んでいたに違いない。
「帰ったら、高床式倉庫を建てないといけませんね」
「ようやく、弥生時代まで持って行けたか」
「ニャルヴィオンがねずみ取りに大活躍です」
「どれだけの大きさを想定している?」
米俵が積み重ねられた倉庫の中で、大きなあくびをするニャルヴィオンを想像してしまった。
少し、和む。
「とにかく、これは絶対に持ち帰らないとですね」
「ああ。ベーシア、教えてくれてありがとう。俺たちにとっては、最高の情報だった」
「それは良かった。どういたしましてだよ」
さらに、なぜかリュートをかき鳴らす。
「ところで、ベーシア」
「なんだい、トウマ」
友達のようにファーストネームを呼び合い、二人は目を合わせた。
「俺たちのアムルタート王国と契約を結ぶつもりはないか?」
「ふ~ん。仕事の内容は?」
「宮廷音楽家ってところかな」
「宮廷音楽家? このボクを? ははははは、なかなか見る目があるじゃあないか」
「でも、宮廷に常駐して欲しいわけじゃない」
「一瞬で馘首!?」
じゃーんと、リュートをかき鳴らして衝撃をアピールする。
その音量に、トウマは少し眉をしかめる。
「俺たちの建国記を作ってもらって、それをミッドランズと暗黒領域で広めて欲しい」
「へえ……。それはそれは……」
「時期尚早すぎじゃないです?」
「こういうのは、早いほうがいいと思う」
ノンフィクションではなく、フィクションと思ってもらって構わない。
交易に一歩踏み出すと決めた以上、完全に謎のベールに包まれたままでは困るのだ。
なんとなく噂で知られているが、国家機関が調査に乗り出すほどではない。
現状欲しい知名度は、この程度だった。
「あとは、国歌を作ってもらいたいっていうのもあるな」
「ボクが国家? ボクは国なり?」
「……言語翻訳のスキルだけじゃなく、普通に日本語が通じているのか?」
「いやぁ、鋭いね。油断ならないや」
「こっちはそれどころではないが……まあ、今のところデメリットもないか」
それで済まそうとして、トウマはとんでもない事実に思い至った。
「もしかしてベーシアって、地球に移動できたりするんじゃないですか?」
「できたとしたらどうする? 一緒に戻る?」
「戻れるのか?」
「残念ながら、僕一人しか移動できないんだよね。それに、言うほど簡単じゃあないし」
「それなら、どうして聞いたんですか?」
「聞かれる前に答えておいたほうが誠実かなって」
誠意とはほど遠い表情で、ベーシアが肩をすくめた。
「まあ、玲那の両親には説明を――」
「そういうの要らないです」
「というわけなので、戻りたいとは思わないな。国を放っておいてなんてことはできない」
ミュリーシアもリリィもノインも。もちろん、ヘンリーにも責任があるのだ。
ここですべてを放り投げて一抜けなんてできるはずがない。
「悪いけど、ボクをびゅーんと飛ばして物資調達みたいなのもNGだからね?」
「……命に関わることでなければ、無理にとは言わない」
将来的に、なにが起こるか分からない。可能なら、医薬品は手に入れておきたかった。
ただ、それもなんらかのスキルや魔法でカバーできるかもしれない。
であれば、現状差し迫った用件はない。
そう思うことに、した。
「ふむふむ。つまり、純粋にボクの歌が必要で声をかけたということなんだね?」
「歌も聴いてないのに、それは本当に時期尚早ですよ」
「じゃあ候補の一人という……」
内定から内々定ぐらいまで後退したところ、トウマが不意に顔をしかめた。
「センパイ、どうしたんですか?」
「スケルトンシャークから、警告が来た。デルヴェの沖合に、モンスターが出現したと」
「よりによって、あたしたちがいるときに!?」
「あ、それのことか」
緊迫する空気を台無しにする、気の抜けた言葉。
「お告げがあったって、光都から光輝騎士が出張ってきてるよ?」
「光輝騎士……が……か」
「任せて安心……かは分からないけど、わざわざ手出ししなくて大丈夫だよ」
へらへらと手を振って、ベーシアは笑った。
「そう……なのか……?」
自分の立場は分かっている。
どうするのが利口かも、理解している。
それでも、釈然としないものがトウマの中でくすぶっていた。
「なに? 行きたいの?」
ブラウンの瞳が、トウマを射抜く。
今までのおちゃらけた雰囲気は、どこにもない。
「行く必要、なくない?」
顔は笑っているのに、目は真剣そのもの。
まるで、獲物を狙う狩人のようだった。




