082.草原の種族
「永住するわけでもないんだから、訪問を断るつもりはないが」
「え?」
「……そのつもりだったのか」
「いやね。冗談よ」
しわという形で人生を刻んだカティアが、手で口を隠して笑う。
「トウマさんこれいずれ寄り切って住み着くつもりですよこれ」
「最初に過大な要求をして本当の希望を通すよりも、小出しにしていくほうがお兄ちゃ……センパイには有効なのでは?」
「変な学習をするんじゃない」
「あいたっ」
隣に座るトウマが軽く頭を叩き、レイナを正気に戻した。
「先輩のこの反応。……なるほど、図星でしたか」
「その時々によるとしか言えないな」
幼なじみのやり取りを、カティアが黙って見守っていた。
トウマの背筋を、悪寒めいたものが通り過ぎていく。少し、気安すぎた。
「まあ、視察したいという要望は分かる。商品だけ見せられても、信用はできないだろうからな」
「理解が早くて助かるわ」
「ただ、国作りは始めたばかりでな。まだ移民を受け入れられるような状況じゃない」
なにせ、まだベッドはひとつだけなのだ。
それなのに、なぜか温泉はある。
勢いで突っ走ってしまったが、優先順位を間違えていた。
「率直な物言いは、商人としてはともかく人間としては好感が持てるわ」
「私としては、この実直さは大きな武器になると思いますけど?」
「いつまで保っていられるかが問題よ」
「トウマさんなら、きっといつまでもこのままですよ」
「あら? 高評価ね。少し妬けるわ」
「滅多にない機会ですから、大いにやきもちを焼いてください」
思わぬ強気な発言に、トウマは意外そうにヘンリーを見る……が。
ノインから瀟洒さを取り払った和装のメイドは、カティアを直視できずぷるぷるとさせて恥ずかしさに耐えていた。
純情可憐。そう表現していいだろう。
中身がヘンリーでさえなければ。
「ねえ? わたくしの夫はかわいいでしょう?」
「楽しそうでなによりだ」
「元々、何歳だったんでしたっけ?」
「レイナさん、年は聞かないでください。死にたくなりますから。死んでますけど……」
しばらく、ヘンリーは使い物になりそうにない。
慰めても逆効果なので、トウマはカティアに向き直った。
「そもそも、隠居とはいえ大きな商会の重要人物だ。早々離れるわけにはいかないのではないか?」
「大丈夫よ、ちゃんと護衛もいるもの」
「ふっ。カティア、ボクを呼んだね?」
扉の向こうから、子供のような高い声がした。
その扉が開き、向こうから入って……こなかった。
「は?」
「一体なにが……」
「ふははは。イイ、そのリアクションとてもイイよ!」
気付けば、扉の前に子供がいた。
そういうファッションなのか。首と両腕を包帯のような物で巻き、大きめのキャスケット帽が似合っていた。
純真無垢ではないが、逆の意味で子供らしい笑顔を浮かべてトウマとレイナを見つめている。
「どうやって入って……いや……そうか」
「そうだよ。カティアと一緒に入ったんだよ」
「でも、声は外から聞こえたんですけど?」
「単なる声芸さ」
見た目だけで判断すれば、小学生ぐらいにしか見えない。リリィよりも、少し上といったところだろう。
しかし、得意げに言うその様子は外見通りには受け取れない。自然体な自信が感じられた。
ちぐはぐ。だが、妙に馴染んでいる。
「相変わらず、ベーシアはいたずら好きね」
「それを理解して雇っているんだろう?」
この程度は驚くことでもないのか。カティアは、まるで孫を見守るかのようだった。
「彼が、護衛だと?」
「そう、ボクはベーシア。フリーの吟遊詩人さ」
「吟遊詩人ですか……」
その言葉を肯定するかのように、背負っていたリュートをかき鳴らす。適当だが、でたらめではない。
きちんと音界を踏んだ旋律が、応接間を満たす。
「こう見えても、ベーシアは歌も上手いのよ」
「ふっ。本当の力は、この包帯で封印されているんだけどね。くっ、右腕と左腕と首がうずくっ」
「草原の種族とは、これまた珍しいですね……」
「草原の種族?」
「ええ。魔族扱いされない、人間外種族といいますか……」
「まあね。ぶっちゃけ、ボクはこの世界で生まれたわけじゃないしね」
キャスケット帽を脱いでからブラウンの髪をわざとらしくかき上げ、同じ色の瞳で挑戦的に見上げてくる。
「草原の種族は、様々な世界を放浪するという稀によく見る種族ですね」
「様々な世界か……」
「ここと地球以外にも、別の世界があるってことですか?」
「あるよ、超あるよ。神々の最終戦争が起こって復興中の世界とか。現在進行形で世界を滅ぼす勢力と大絶賛戦争中の世界とか。島を降らせて悪の女帝に求婚された善の魔術師が、婚約者の聖堂騎士と一緒に領地経営を頑張る世界とか」
包帯を巻いた両腕を一杯に広げながら、ベーシアと呼ばれた草原の種族が楽しげに披露していく。
「最後だけ、妙にミクロだったが……そうなのか」
「もちろん、キミたちの世界にも行ったよ……ラーメンを食べにね!」
「なんでラーメンですか!?」
「旨味と塩分と炭水化物のハーモニーが素敵だから?」
「こんな耳が尖った子供がいたら、エリア88で研究されてますよ?」
「エリア51だろう」
同居しているときは、一緒にオカルト番組を見ていたこともあるトウマが即座に誤りを訂正した。
「ふふんっ。このボクが捕まるわけないけどね。ありとあらゆる世界を巡り、悪の芽を摘むという任務を神に課されたこのボクがね」
「草原の種族は、虚言癖があることで知られています。ただ、基本的に嘘はつきません」
「文法的におかしいが、そういう性質だということは分かった」
トリックスターとでも表現すればいいのか。
一筋縄ではいかないことが、ヘンリーの説明だけでなくこの短い付き合いでそれが理解できた。
正面から、たまらずといった調子のカティアの笑い声がする。
「面白いでしょう? 『運命の出会いが待っているから、ここで待たせてもらうよ』っていきなり来たから雇ってしまったの」
「それは……大物過ぎますね……」
レイナの感想に異を唱える声はなかった。
カティアとベーシア、どちらが大物なのかという確認もない。
「というわけで、広告宣伝・流言飛語・潜入捜索・安心安全・充実人生・百発百中のベーシアとはボクのことさ」
「そうか。聞いていたと思うが、トウマ・イナバだ。異名は特にない」
「……これ? あたしも名乗る流れですか? レイナ・ハタノです」
「ふうん。秦野、秦野か……。どっちのなんだろうね?」
「は? どっちこっちもないですけど」
「そっか、そっか。おっけーおっけー」
無理な体勢だったが、シュートで終わらせたのは良かった。
そうプレイをほめるように、ベーシアが大きく手を叩いた。
「ベーシアには、わたくしを護衛して彼らの国まで同行してもらうわ。その先は、自由にしてくれて構いません」
「お? 厄介払いだね、カティア」
「そういうことになるわね、ベーシア」
腰に手を当て、草原の種族が快活に笑う。
底抜けに明るい。命が尽きるその時まで、ずっと変わらないのではないかと思えるほど。
「ふーん。まあ、いいや。運命に出会ったことだしね」
「運命か……。玲那を任せるには、いろいろと足りないものがあるのだが……」
「そういう運命じゃないし、そもそもやだよ。ボクにも選ぶ権利ってものがあるんだからね」
「は?」
魂を凍りつかせ、心臓を握りつぶす一言。
しかし、ベーシアには通じない。
「手足が長い! でっかい! そっちだって、巨人に迫られてもうれしくないでしょ?」
「まあ、内面にもよるが」
「はあ? なに? 精神的イケメン? 勇者って人種はこれだから! これだからさぁ! ボクの親友みたいに、ハーレム作って結婚指輪をいくつもつけてよろしくやればいいんだこんちくしょーーー」
泣いた振りをしながら扉へ向かって走り――ベーシアは、そのまま通り抜けてしまった。
物理法則を超越した動き。
それに驚く間もなく、すぐに同じく扉を通り抜けて応接室へと戻ってきた。
「トンネル効果って聞いたことある?」
「確か――」
「うん。それとはまったく関係ないんだけどね!」
「魔法か、スキルのようなものか」
「ま、そんなところかな」
いたずらが成功した子供のように、ベーシアがにこにこと笑う。
「それじゃ、カティア。ボクはこの学生さんたちを連れて、倉庫に行ってるから!」
「そうね。お願いするわ」
「じゃあ、お邪魔虫はドロンするよ」
「ドロンって、今時言わないですよね」
「うちのじいさんは、たまに言っていたぞ」
「それは今時言わないって意味ですよ」
「ええっ!? じゃあ、巻き戻しは通じないし、電話もがちゃんって切ったりしないの? ショックー」
まったくショックを受けていない様子で、ベーシアが――今度はちゃんと扉を開けて――トウマとレイナを連れて部屋から出る。
「嵐のような人でしたね……」
「ええ。でも、お陰で二人きりね」
あとには、気品ある老婦人と小柄な和装メイドだけが残された。




