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使い捨てられ死霊術師のゴーストタウン建国記  作者: 藤崎


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076.出港

「ご主人様、奥様。無事のお帰りをお待ちしております」

「トウマ、レイナ。水には気をつけるんですよ~」

「リリィちゃん、そういうのどこで憶えてくるんです? もちろん、気持ちはうれしいですけど」


 グリフォンの尾と名付けられた、島の東側。

 海が沸騰するグリフォンの頭とは比較にならないほど穏やかな海岸に、アムルタート王国の国民が勢揃いしていた。


「俺たちがいない間のことは任せた。健康に気をつけて過ごしてくれ」

「にゃ~」

「そこ、ニャルヴィオンが返事するんですか。いや、別に悪いことじゃないですけど」


 もっと相応しい人物。というより、真っ先に返答しなければならないのはミュリーシアのはず。

 レイナがそちらへ視線を送ると、少し離れた場所に佇んでいるのが見えた。


「妾は、すでに共犯者と別れを済ませておるからの。他の者に譲っておるだけのこと」

「随分と余裕ですね。センパイの血を、たらふく吸ってるってことですか」

「ふっ。もう、かつての妾ではないということよ」


 ミュリーシアは黒い羽毛扇を軽く振り、艶然と微笑んだ。

 まるで、古代の彫刻のような美しさ。


「なんですかその卑しい微笑みは!?」

「卑しい? 他者は己を映す鏡じゃぞ」


 徐々に、二人の距離が近くなる。

 言葉も、ヒートアップしていく。


「トウマ、止めなくていいです?」

「玲那が、あんなに感情をぶつけられる相手は心を許した相手だけだからな」

「ちょっと難しいのです」

「ニャルヴィオンが、リリィ様とじゃれているようなものだと。ご主人様は仰せです」

「にゃにゃ~」

「なるほどなのです。まあ、ニャルヴィオンに捕まるほどリリィはスロウリィじゃないですけどなのです~」


 レイナの場合、反発は甘えている証拠。

 つまり、それだけ親しい証拠ということになる。


 両親へのあの態度を思うと、トウマの胸に軽い痛みが走った。


「センパイの血を吸うこと自体は認めましたけど、それ以上のことはあたしに話を通してからにしてもらわないと困ります」

「どういう理屈じゃ」

「5年前から、そう決まっているので」

「そういう制度なら仕方がないのう……と、納得すると思うたか!?」

「おお、吸血鬼のノリツッコミですよ」


 しばらくは、こうすることもできないのだ。ミュリーシアには悪いが、レイナの好きにさせてやりたい。

 トウマは保護者気分でいたが、そうもいってられないのがヘンリーだ。


「トウマさん、名残惜しいのは分かりますけど切りがないですから」


 眼鏡をかけた小柄な和装のメイドが、トウマの肩を叩く。

 全身で、どうにかしてくださいと訴えていた。


 さすがに、無下にもできない。


「玲那、シアとは帰ってきたらたくさん血を吸ってもらうという約束をしただけだ」

「めちゃくちゃしてるじゃないですか!? 約束! 二人だけの約束ですよね!?」

「普通、約束は二人でするものだろう」


 多人数の場合はコンセンサス。合意になる。


「そういうことよ。なにしろ、妾が共犯者の血を吸うのは当たり前のことじゃからな」

「ぐぬぬぬ。早くも、センパイの性質に適応してるとは……」


 黒いドレスを身にまとうミュリーシアを、レイナが緑がかった瞳で射抜く。

 しかし、その直後に緊張感をあっさりと手放した。


「まあ、いいです。しばらくは、あたしとセンパイの二人きりになるわけですからね」

「あの私の存在は……あ、なんでもないです。はい」


 ヘンリーは商人特有の機微で、危うきに近付くのを避けた。


「ああ。じゃあ、行ってくる」

「うむ。待っておるぞ」


 砂浜に足跡を残さず、ミュリーシアがトウマの目の前に移動した。

 いきなり姿が消え、レイナが呆然とする。


 なにかに気付いたのか。ノインが小さく手を振ってニャルヴィオンを呼び寄せ、レイナとトウマの間に壁を作る。


「なんのつもりですか!?」

「ここは、正妻の余裕を見せるところかと」

「正妻……って、あたしですか? あたしですね? って、それで騙されるほどちょろくないですからね!?」


 そんな喧騒を無視して、ミュリーシアは銀色の髪をかき上げ唇を開く。


「ドラクルは、約束は守る種族じゃ。共犯者も、そうであると信じておる」

「もちろんだ」

「ならば良い」


 紅口白牙。声を立てずに笑顔を浮かべ、ミュリーシアはトウマの首筋に軽く唇を落とした。


「シア……」

「乙女の口づけじゃぞ? 航海には縁起を担ぐものだからの」


 一方的に言って、ミュリーシアは後ろを向いた。


「あー。もう、さっさと行きますよ! 行きますからね!」


 ニャルヴィオンを迂回したレイナが、強引にトウマの手を引いた。ノインと眼鏡しか違いのないヘンリーが慌てて追いかける。


 すでに、スケルトンシャークと結びつけられたボートが用意されている。


 それに乗り込むと、待ちかねていたスケルトンシャークが幽霊船ワールウィンド号へ泳ぎ始めた。


「トウマ、レイナ。気をつけて行ってくるのですよ~~~!!」

「ああ、行ってきます」


 やや呆然としていたトウマが、それでも別れの挨拶を口にした。


 徐々にグリフォン島が小さくなり、代わりにワールウィンド号が大きくなる。


 それが思っていたより遥かに長い別れになるとは、この場の誰も想像していなかった。





 ドタバタとした出発だったが、幽霊船には関係ない。


 風もオールも必要とせず、滑るように北へと向かって軽快に航海を始めていた。


「いやはや。賑やかな出港になりましたね」

「面目ない」

「いえいえ。私の場合、逃げるように出て行きましたからね。こっちのほうが、縁起もいいというものでしょう」


 眼鏡の向こうでまぶたを閉じ、往時を思い出すヘンリー。

 しかし、それも一瞬。目を開いた時には、アメジストのような紫の瞳は未来を向いていた。


「それより、早速ですが今後のことを詰めましょう」

「そうですね。遊びに行くわけじゃないですからね」


 レイナも気分を入れ替え、ヘンリーに同意した。


「そういうことなら、船室だな」


 揃って、後部の船長室へと移動する。すっかり慣れた様子で、それぞれ勝手に座っていく。

 そして、前置きもなしにヘンリーが口火を切った。


「まずは、カバーストーリーのおさらいですが。顔を変えたトウマさんが、交易商。レイナさんも顔を変えてもらってその妻。そして、私は使用人ですね」

「配役はそれしかないでしょう」


 やや被せ気味に、レイナが断言した。

 トウマとしても、特に異論はない。


「私が依代を得たことでワールウィンド号から持ち出せるようになったので、服はそれを使ってください」

「でも、50年前のセンスの服ですよね?」

「それは仕方ないだろう」


 制服よりましだと、トウマはレイナをなだめた。


「ありがとうございます。それでですね、ストーリーとしては商船で航海をしている途中、無人島で難破船を発見して……」

「そこに残っていた手記を読み、遺品を届けに来たというわけだな?」

「さらに、もちろん善意だけではなく商売の話もしたい。そんな流れで行くと、それっぽくなりますね」


 でっちあげだが、被害者は存在しないのだ。

 ウソは好まないトウマも、同意する。


「というわけで、相応の礼儀作法とか商売の知識は航海の間に憶えてもらいますので」

「ああ。よろしく頼む」

「仕方がないですね。まあ、必要な知識ですから学校の勉強よりは役立つでしょうけど」


 トウマが、ぺしっとレイナの手を軽く叩く。


「ちゃんと、真面目にやりますよ。でも、これでハイアーズ商会でしたっけ? 潰れてたら笑えないですね」

「そこなんですよねぇ……」


 和装に似た美少女メイドが、ヘンリーの口調で情けない声を出す。


「聞いたことがあるというのも、あたしの記憶だけですし」

「看板だけ同じで、中身は別物ということもあるよな」

「50年ですからねえ。そこは、出たとこ勝負しかないです」

「当然だな」


 もしハイアーズ商会と渡りをつけられなくても、誰の責任でもない。

 とはいえ、リスクをそのままにもしておけない。


「そのときは、別の方法を考えよう」

「具体的には、どうするんです?」

「ギルドの統制や光輝教会の威光が通じない場所に行くのが、手っ取り早いかな」

「隠れ里ですか」


 神々と人類が生まれた地、ミッドランズ。


 聖剣軍により“魔族”が駆逐されたとされているが、完全にと言うわけではない。

 深山幽谷。人目のつかない場所や、入り口が秘匿された奥地に隠れ住んでいるという伝説がある。


「伝説ではなく、事実ですね。光輝教会はまつろわぬ民と呼んでいます。見つかったら、良くて追放ってところですね」


 ただ、ヘンリーも実際どこにあるのかは知らないようだ。


「そこまでいかなくとも、他の販路は考えておくべきでしょう。そこは、本職に任せてください」


 そう話をまとめ、勉強会へとシームレスに移行していった。

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― 新着の感想 ―
[一言] >グリフォンの尾と名付けられた、島の東側。  海が沸騰するグリフォンの尾とは比較にならないほど穏やかな海岸に、アムルタート王国の国民が勢揃いしていた。 現在地と比較対象が両方グリフォンの尾?…
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