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使い捨てられ死霊術師のゴーストタウン建国記  作者: 藤崎


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075.夕陽の口づけ

「これが……」

「ああ。ヘンリーの依代だ」

「活用頂けましたら、これに勝る喜びはございません」


 昼下がりの幽霊船に、トウマは舞い戻った。


 昼下がりと、幽霊船。

 イメージ的にはまったく結びつかないが、端から見たらグリフォン島の沖で静かに停泊しているだけ。


 アムルタート王国では、これが当たり前の風景なのかもしれなかった。


「状態が良い物を、ノイン自身が選んだからの。依代としては申し分あるまい」


 トウマやノインと一緒に、ミュリーシアがワールウィンド号の甲板に運び込んだ自動人形オートマタ


 ノインとまったく同じ、和装メイド服とでもいうべき服装。身長は、ノインと同じかやや低い程度。まぶたを閉じ、まるで目覚めの時を待っているようだ。


「分かっていましたし、覚悟もしていましたけど……」


 本当にそっくりというか瓜二つなんですけど!? という視線でヘンリーがトウマを見る。


 そうだなと、トウマはうなずいた。


 それ以上のリアクションはない。どれだけ待っても、皆無。


「……ありがたく使わせて頂きますです。はい」


 覚悟と諦めは、表裏一体。

 つまり、行動に移るのであればどちらでも良い。


「では、いきます」


 ノインが支える自動人形へ、ヘンリーが近づき、触れ、重なり、同化した。


 眩い光が甲板を染め上げ、それが消えると和装の自動人形が不思議そうな表情で佇んでいた。


「なんだか、体が重たい……。って、体。体がありますよ!?」


 手足をでたらめに動かし、同じぐらい表情もころころと変わる。

 ノインと同じ顔で行われる、まったく似つかわしくない行動。


「とりあえず、上手くいったみたいだな」

「であるな」


 トウマは満足そうにうなずき、ミュリーシアは黒い羽毛扇を軽やかに振る。

 似たもの主従は、この程度で動じることはなかった。


「はあぁ……。これはびっくり感動です。この体があれば、幽霊船から離れて活動もできますよ!」

「それは良うございました。お役に立てて妹も喜んでいることでしょう」

「いえ、あ、はい。大切に使わせて頂きますので」


 ヘンリーがぎくしゃくと体を動かし、しばらくして冷静さを取り戻すと改めてノインの相貌を見つめた。

 そして、今気付いたと言わんばかりに深々と息を吐く。


「しかし、本当にそっくりですねぇ」

「見分けが付かないというお話でしたら――」

「これ、眼鏡でもかけられたら……うわっ!? 眼鏡が生えてきましたけど!?」

「……それは良うございました。大変、良うございました」


 固い。

 ノインの表情も、声も。なにもかもが、固かった。


「では、試運転がてら船内の案内をお願いいたします」

「あ、ちょっと。ノインさん? まだ体に慣れていないのでお手柔らかにいいぃぃぃ――」


 ヘンリーがノインに引っ張られて船内へと消えていく。

 端から見ると、仲の良い姉妹のじゃれ合いのようで微笑ましい。


「見分けがつくようになっても、お土産を買ってこないわけじゃないんだが……」


 しかし、トウマの声は海風に乗って消えてしまった。船内へ乗り込んでいったノインには届かない。


「……シア、どうする?」

「同行しても邪魔になるだけじゃろう。妾たちは、こやつの試運転といこうではないか」


 先ほど見せつけた釣り竿をドレスの裾から取り出して、白い牙を覗かせる。


「船から釣れるかな?」

「大丈夫であろう。レイナには、かなり長めに糸を作ってもらったからの。ゴーストシルクで」

「……ヘンリーには言えないな」


 他に手頃な素材がないとはいえ、希少素材を無駄遣いしすぎではないだろうか。

 トウマは釣り竿を受け取るのに躊躇したが、ミュリーシアはまるで気にしていない。


「せっかくだ。試してみよう」

「そう来なくてはの」


 生き餌ではなく、ルアーもどきのようなものが石の針先についている。

 それを手にして、連れだって船縁へ移動。そこから、糸を垂らして当たりを待つことにした。


「さて、かかるかの?」

「時間帯はいいんじゃないか? 確か、朝まずめと夕まずめってのがあったはずだ」

「なんじゃそれは?」

「魚が食事のために動き回る時間だよ」

「共犯者は博識だの」


 感心したように、ドラクルの姫は笑う。

 英華発外えいかはつがい。ミュリーシアの内面の美しさが分かる、微笑みだった。


「準備ができたら、出港かの? まだ、港はないがの」

「そうだな。何日もはかからないだろうな」


 隣にいるが、二人して水面を見つめている。

 お互いを見ることはない。見る必要はない。見なくても分かっている。


「共犯者を全権大使としよう。最善と思うたようにやるが良い」

「ありがとう。頑張って、交易の話をまとめてみるよ」

「妾たちも、島の開拓を進めようぞ」

「まあ、無理はしないように」

「それは妾のセリフよ」


 二人は、もっともだと笑った。


 それが収まると、釣り竿を持ったままトウマは表情を引き締めた。


「ところで、シア」

「なんじゃ、共犯者?」

「食事……血が必要じゃないか?」

「……う、うむ。相も変わらず、唐突にぶち込んでくるのう」


 竿を上げたミュリーシアが、赤い瞳を虚空に彷徨わす。


「唐突だったか? 俺としては、しばらく離ればなれになるんだから血を吸ってもらうのは当然の話だったんだが」

「吸ってもらうなどと、瀉血はただの迷信じゃぞ!?」

「悪いが、俺の故郷じゃ常識だ」

「ぬぬぬ……」


 どうにも、吸血の話になるとペースが乱されてしまう。

 それを意識してか、ミュリーシアは意固地になって改めて船から釣り糸を垂らす。


「シア」


 トウマは釣り竿を船縁に立てかけ、水面を見つめるミュリーシアの顔をのぞき込んだ。


 夕陽に照らされ、少しだけ上気したように白い肌。

 絶妙な陰影を描く銀色の髪。

 どこを切り取っても美しいとしか言えない相貌。


 それを意識しないようにして、トウマは思考を整理する。


 しかし、それは無駄に終わった。


「俺の態度が悪かったのなら――」

「悪いのは妾じゃ」


 不意を打つように、ミュリーシアはトウマのうなじに噛みついた。



 ただし、羽根で触れるように軽く。


 吸血を、口づけと表現する場合がある。

 今のミュリーシアの行為は、まさにそう表現すべき。優雅で、愛情のこもった行為。


 逆に、トウマはたたらを踏んで船縁に背中をぶつけた。まるで、壁際に追い込まれているかのよう。


 それなのに、ミュリーシアはぱっと離れてしまった。


 赤い瞳には潤み、唇には血が雫となっている。それを舌で拾い上げたミュリーシアに、トウマの背筋がゾクッと震える。


「……それだけでいいのか? もしかして、俺の血の味が――」

「――鈍いの、共犯者」


 突然襲われて、この答え。

 けれど、トウマは怒る気にはなれなかった。むしろ、当然だと納得してしまう。


「残りは、帰ってきてからじゃ」

「……責任重大だな」

「ドラクルの姫。否、アムルタート王国の女王の命を握った感想はどうじゃ?」

「偏食を直すべきかどうか、迷っている」

「くくく。実に、共犯者じゃのう」


 黒い羽毛扇で口元を隠し、ミュリーシアは高らかに笑った。

 同時に、強い海風が吹いて銀色の髪が舞う。


「先ほどは最善だと思うようにやれと言うたがの。本当に、土産が共犯者の無事となっても構わぬ。いや、むしろそれこそが妾の望みと思うて欲しいくらいじゃ」


 ハイアーズ商会だけが、交易相手ではない。

 デルヴェで駄目なら、今度はミュリーシアと魔族領域のほうへ営業をかけるという選択肢もある。


「……いや、これから旅立つというの子を前に、言うべきではなかったかもしれぬな」

「ありがとう、シア。分かっていても、どうにかしたくなるのが人間だからな。嫌になるぐらい言われるのがちょうどいい」

「まったく、共犯者は共犯者じゃな」


 ついさっきと同じことを言って、ミュリーシアは赤い瞳に夕暮れ時の水面を写す。


「それから、共犯者。スケルトンシャークも、同行させるが良い」

「近海の監視に……って、そうか」

「うむ。共犯者がおらねば、意思疎通はできぬからの」

「属人性が高すぎる……」

「それに、あれも大海原を泳ぎたいであろう」


 話を聞いていたわけではないだろうが、海面からスケルトンシャークがジャンプして飛沫が上がる。


 それと同時に、大きめの魚が甲板に落下する。


 スケルトンシャークのお陰で、ボウズは避けられたようだ。


「というか、スケルトンシャークがいるなら別に頑張って釣らなくてもいいのでは……?」

「娯楽じゃと言うたであろう。餌も針もなしで、釣り糸を垂らすだけでも良いのだぞ?」

「太公望か」


 針をつけずに姫昌を釣り上げた、太公望。

 それを自分たちに当てはめるなら、どちらが釣って釣られたのだろうか。


 太陽が沈み行く中。隣にミュリーシアの体温を感じながら、トウマはそんなことを考えていた。

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― 新着の感想 ―
[一言] スケルトンシャーク君がいると人魚は釣れないかもしれないなあw 漂流者拾ってくるかもしれないけど。 釣り船程度の大きさならシャーク君に曳いてもらった方が船より速そうだから丸太削って救命ボートく…
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