073.同行者の問題
「それはもう、言ってあるだろう?」
トウマは、深々と息を吐いた。ミュリーシアとレイナを順番に険のある瞳で見やる。まるで、聞き分けのない子供に対する視線。
「ヘンリーが、依代を受け入れた。そうなったら、俺も一緒に行くことになるだろうって」
ヘンリーに言われる前から、トウマは交易に同行すると決めていた。
新進気鋭の若手商人という提案は予想外だったが、最初から全部ヘンリーに丸投げなどという無責任なことはできない。
問題は、トウマを一人で行かせようとしないミュリーシアとレイナだった。
「納得したとは言うておらぬのう」
「センパイと離ればなれになるなんて、絶対に容認できません」
しかし、二人とも頑なだった。
「でも、俺一人いれば充分だろう?」
「そこでこっちに振ります!? まあ、商談だけならトウマさん一人で事足ります。逆に、お二人はどういう役どころにするか思いつきませんね。どう考えても、使用人ってお顔……雰囲気ではないですから」
驚いたり冷静になったり忙しいヘンリー。
「つまり、二人とも美人過ぎて目立つというわけだ」
「美人じゃと?」
「それは、まあそうですけど……」
トウマに、適当にほめてごまかすという選択肢が存在しない。
それはつまり本音ということなのだが、それで矛を収めるわけにもいかなかった。
「こっちから光輝教会のテリトリーに飛び込むんですよ?」
「うむ。いくらなんでも、徒手空拳で共犯者をいかせるわけにはいかぬ」
「危険だというのは、百も承知だ」
リスクは承知で飛び込むべきというトウマとの溝は埋まらない。
「ノインは聞き分けてくれたんだが……」
「それはそうですよ。ノインさんとそっくりの人が外せないんですから」
「双子などとごまかすのも無理があるからの」
ノイン的には、主人の留守を守るというシチュエーションも奏功したかもしれない。それは、自動人形の自尊心を満足させるに充分だった。
「リリィちゃんだって、島から出られたら絶対についてきてますよ」
「リリィは、そうだろうな……」
「まあ、いいんじゃないでしょうか?」
話が逸れかけたタイミングで、ヘンリーの凡庸な声が船室に響いた。
思いがけない肯定に、三対の視線が集まる。
「死んだら、二度と会えなくなってしまいますからね。それくらいなら、一緒に……というのも分からないでもないです」
霊体のまま肩をすくめ、ヘンリーは少し遠くを見る。
別れた妻や見た事のない子供への未練は振り払い、商人の道を選んだ。
とはいえ、思うところがないわけではない。むしろ、捨てたことで心の中での重みは増している。
「ただし、あれですよ。危険は承知と言っても、リスクは最低限にしていただかなくては困りますが」
「すまぬの。共犯者に置いていくと言われて、冷静さを欠いていたようじゃ」
「あたしもです。ごめんなさい」
「いえいえいえ。私なんかに頭を下げる必要はないですよ。ただまあ、ご家庭の問題はご家庭内で解決してきて欲しかったなーなんて思いますけど。少しだけ、少しだけですが?」
「確かに、先に解決しておくべき問題だったな」
素直に頭を下げたトウマが、ミュリーシアとレイナを順番に見つめる。
「俺としては、二人にはグリフォン島に残って開発や探索を進めて欲しいと思っている」
「やれと言われたらやりますけど、センパイじゃなくてあたしやミュリーシアが行くという選択肢だってあるんじゃないですか?」
「今のところ、島で俺にしかできない役目が少ないからな。リリィたちへの負の生命力の供給ぐらいだろう」
「ふむ。毎日ではないようじゃが、間が空いて良いものなのかの?」
「先にまとめて渡しておけば、10日ぐらいは持つはずだ」
「ここが亀裂海の真ん中だとして、今のワールウィンド号なら往復で五日程度でしょうか。もちろん、商談次第ではありますが」
若干の余裕もあるスケジュール。
せっかくの糸口が潰され、レイナは海図が広げられていたテーブルに突っ伏した。サイドテールの髪が、さらさらと机上に流れる。
「意外と近いですね……」
「デルヴェより遠いはずのモルゴールに、シアが飛んで行けるぐらいだからな」
「いや、この人を基準にするのはちょっと間違ってると思いますけど」
湯船になるような巨石を、涼しい顔で運んでしまうのだ。確かに、人の常識で測れるような存在ではなかった。
そのドラクルの姫は、船室の壁に背中を預けてわずかに白い牙を見せている。
「共犯者が行くのに支障がないのは分かった。じゃが、デルヴェに上陸して光輝教会の手が迫らぬ保証はなかろう?」
「そこは、ジルヴィオの頑張りに期待だな」
「こういうときのために生かしておいたわけですよね。役に立ってもらわないと困ります」
「それに、スキルで顔も変えられるしな」
「は?」
「は?」
ミュリーシアが銀色の髪をかきあげ、トウマをじっと見つめる。
隣に座るレイナは、トウマのふとももをぎゅっとつねり上げた。
「玲那?」
「なんですか。怖くないですからね」
さらに強くつねるレイナに、トウマは白旗を揚げた。
「分かった。試しに実演してみるから、やめてくれ」
「仕方ないですね」
「まったく……。魔力を10単位、加えて精神を7単位。理によって配合し、我が指先は虚飾の仮面を描く――かくあれかし」
詠唱をすると同時に、トウマの手が顔の前を何往復かする。
「《フォールス・マスク》」
淡い光を放ち、スキルが発動した。
手を離し、露わになったその顔は……。
「髪の色まで変えられるとは、驚きじゃの」
「おお、トウマさん。ちょっと老けて威厳がありますよ」
「なんかこう、新選組で隊内の粛正を一手に引き受けてる感じがしますね」
黒髪は灰色に変わり、ややしわが増え中年のように見えた。
さすがに体格はそのままだが、ぱっと見トウマだとは気付かないだろう。
「ちょっとおじいちゃんに似てるかもしれません」
「共犯者の祖父殿か。ふむ……」
「ただの人相書きだったら、充分ごまかせそうですね。髪の色で、かなり印象変わりますし」
これなら大丈夫ではないか。
安心した雰囲気が、船室に流れる。
そこで、レイナがぴっと手を挙げた。
「それ、あたしにもできます?」
「できるが、やりたくない」
「なんでですか?」
「二人とも、手を加えてもろくなことにならないことが分かりきっているから……だな」
「ふむ。つまり、黄金でシャンデリアを作るが如しと言いたいわけだの」
蛇足。あるいは、過ぎたるは及ばざるがごとし。そんな意味のことわざを口にし、ミュリーシアは白い牙を覗かせた。
「とりあえず、これなら俺は大丈夫じゃないかと思うがどうだろう?」
「そうですね。もうちょっと体格とのバランスを考えて欲しいですが、いっぱしの商人としても通じるんじゃないでしょうか」
望外の展開に、ヘンリーが霊体の輪郭が明滅する。
「これなら、メイドさんが一緒でも違和感がないですよ」
「……ふむ。ならば、妾は島に残るとしよう」
「シア……。いいのか?」
「うむ。緊急時ならともかく、王と宰相が同時に島を留守にするのは良くなかろうよ」
ぱっと羽毛扇を開いて、口元を覆う。
唐突な展開に、大人の顔をしたトウマが目を白黒させる。そうすると幼くなって、顔を変える前の面影がある。
「じゃが、万一の時に共犯者だけでは心配があるのは否定できぬ」
「ですよね。センパイ一人だけとか、あり得ないです」
「ゆえに、レイナを同行させよ」
「その通りです。だから、あたしが一緒に……あたしが?」
「そう言っておるぞ」
黒い羽毛扇で口元を隠し、ミュリーシアが目だけで笑う。
「妾が共犯者の護衛を譲ると言うておるのじゃ。しっかりと励むのじゃぞ」
「うっ。なんですか、この上から目線。負けたような気分に……」
「嫌なら変わっても良いぞ?」
「絶対にノゥです!」
がたりと音を立てて立ち上がり、レイナが後ろからトウマを
「センパイは、あたしが守りますから」
「俺も、それなりに戦えると思うんだが……」
「前科があるからダメです」
「前科があるからの」
「トウマさん、諦めましょう。男は、女性に勝てないようにできてます」
「……分かった。レイナ、一緒に行こう。ミュリーシア、後は頼んだ」
トウマが、苦み走った表情で言った。
かなり渋い。魅力的な表情だったのだが、本人はそれに気付いていなかった。




