070.花の名は
「地面から出てきたにしては、これは……」
レイナが立ち上がり、膝の泥を払う。
服に関しては不朽属性がある。なにより、トウマもいないので気にしなくて良かったが、それ以外はそうもいかない。
「この穴をたどっていけば、敵の正体が分かるですか?」
「そのはずですね。っていうか、頭だけ地面に埋まってるとシュールですね……」
「なら、リリィがやるのです」
監督役が手助けするのはまずいのではないかと思い、レイナは手を伸ばし掛ける。
しかし、それが届くことはなかった。
「付いてきて欲しいのですよ!」
頭を埋めたまま、リリィが地面の穴をたどって移動を開始する。
「まあ、他のゴーストに頼んでも同じことですか。それに、もう勝負もなにもないですね」
瞬時に割り切ったレイナが、ニャルヴィオンの背中に飛び乗った。
「ニャルヴィオン、リリィちゃんを追ってください」
「にゃ~!」
キャタピラを一度空回りさせ、口や目から蒸気を吐き出し蒸気猫が急発進する。
「なにゃにゃ!? 負けないのですよ!?」
その勢いに驚きつつも、負けん気を発揮したリリィが地面すれすれを。いや、地面に半ばめり込みながら飛ぶ。
ゲーム画面だったらとんだバグだが、これは現実。
顔半分を地面に突っ込んで横穴を確認しつつ、地面を水面に見立てるように飛んでいく。
そして、ニャルヴィオンがそれを追う。かなりのスピードで。他のゴーストたちは、ついていくのが精一杯だ。
「もしかして、なにかを追いかけると興奮する習性があるんですか!?」
失敗した。
後悔するが、遅い。
「魔力を7単位。加えて精神を4単位。理によって配合し、緑の道を作る――かくあれかし」
シュールなリリィに置いていかれないよう、スキルで周囲の樹木を避難させる。レイナも必死だった。
「《カントリー・ロード》」
「むむ。ニャルヴィオンやるのです」
「にゃ~」
「趣旨が変わってますけど!?」
ニャルヴィオンの歓迎イベントという意味では、趣旨は同じかもしれない。
ともあれ。それを何度も繰り返し、さらに森の奥へ奥へ。
途中、今度は熊ではなく巨大な狼に遭遇したものの、勢いに乗るニャルヴィオンによって鎧袖一触。蹴散らされる結果に終わった。
「おにいちゃ……センパイ以外に、こんなに苦労をさせられるなんて」
その愚痴は、ニャルヴィオンのキャタピラにかき消される。
そのキャタピラが、不意に止まった。それを引き起こしたのは、予期せぬ。しかし、聞き慣れた声。
「リリィではないか。地面にめり込んで、なにをしておるのだ?」
「まあ、それが正しいリアクションですよねぇ」
ミュリーシアとの遭遇。
正直、レイナは安堵した。暴走されると、とても手に負えない。トウマには、とても敵わない。
「犯人を追いかけているのですよ?」
「犯人とな?」
ようやく飛行をやめ地面から完全に顔を出したリリィ。
汚れひとつない。それどころか輝くようなゴーストの少女を見下ろし、ミュリーシアは黒い羽毛扇をぱっと開いた。
「もしや、倒しても塵になる蛇ではないかの? あるいは、熊かもしれぬが」
「そっちにも出ましたか。こちらは蛇には出会いませんでしたが、熊とか狼でした」
「ふむ……。ここは共闘といかぬか?」
「いいですけど、妙に真剣ですね。判断が速いですし」
ニャルヴィオンの上から飛び下り、レイナは軽く首を傾げた。サイドテールにした髪が、ふわりと揺れる。
「どんな生き物か知らぬが、早めに駆除すべきだと思うての」
「危険という意味では、この森の動物はみんな危険だと思いますけど?」
「これは妾の直感じゃが、あれは補食した動物に擬態できるのではないかの」
「……なるほど。となると、人間をコピーできる可能性もありますね」
ゴーストに、被害を与えられはしないだろう。
しかし、いつまでもゴーストだけが住人とは限らない。そう考えれば、早めに駆除しておくに越したことはなかった。
「ルールでは、共闘不可ではありませんでしたからね。じゃあ、功績は半々ということで」
「それで良い」
手早く話がまとまり、両チームが一丸となって進んでいった。
トウマがこの場にいたら、感動していたかもしれない。それ以上に、地面にめり込んで飛ぶリリィに難しい顔をしていただろうが……。
こうして進むことしばし。
予想。あるいは期待に反して、平和な道行きが続いていた。
「しかし、なんにも出てこなくなりましたね」
「妾たちに恐れを成したか、あるいは……」
他の動物は元より、塵に変わる動物も姿を見せない。まったく静かなものだった。
その分順調に進み、森の中の水場。半径10メートルほどの池に到着する。
「綺麗な場所ですね」
「うむ。共犯者も連れて来たいのう」
一面に草花が生え、ピクニックでもしたら気持ちが良さそうな雰囲気だ。
しかし、ミュリーシアたちはレジャーで来たわけではない。
「リリィ、ここが終点かの?」
「う~ん。なんだか、この辺で穴がぐちゃぐちゃになってよく分からないのですよ」
「偽装工作ですかね?」
「もしくは、罠に嵌めたと思っているのかもしれぬぞ」
その声を合図にしたかのように、地面から何体もの野獣がとびだしてきた。
蛇。熊。狼。それに、ヘラジカ。
無言で佇み、光を映さぬ瞳でこちらを睥睨する。
「たくさん出てきたのです!」
「まんまとおびき出されたってことですか!?」
いずれも巨大な野獣がミュリーシアたちを取り囲み、レイナの言葉を肯定するかのように一斉に襲いかかってきた。
「まあ、所詮は浅知恵だがの」
それは嘲笑ではなく、憐憫。
ミュリーシアが、黒い羽毛扇をぱっと開いた。
ドレスから影が伸びて、四方に杭が射出された。
大蛇に大熊に。こちらへ向かってきた野獣たちに杭が何本も突き刺さり、塵へと帰っていく。
「まるで、長篠戦いじゃないですか」
「にゃ~!」
ニャルヴィオンも、前輪の部分を起点に体をくるりと一回転させ敵を弾き飛ばす。
「良い動きをするではないか」
そこへさらに、ミュリーシアの杭が降り注いだ。
警戒していれば、対応は容易。
レイナはおろか、ゴーストたちの出番も回ってこなかった。
一瞬で、殲滅。
「油断したところで、追加を……ということもなさそうだの」
そうなれば、やることは決まっている。索敵だ。
「リリィちゃん、お願いします!」
「お任せなのですよ!」
リリィだけでなく、他のゴーストたちも地面に潜って元凶を捜索することしばし。
満面の笑みを浮かべて、リリィが浮上してきた。
「地面の中の穴は、あの池に続いているのです!」
「ほう?」
「池ですか……」
森の中にあるにもかかわらず、ゴミは浮いていない。澄んだ水の中には、魚も住んでいないようだ。
慎重に岸辺から水底を覗くと、小さな花がひっそりと咲いているのが見えた。
「風流じゃが、場違いでもあるの」
「確認しましょう。魔力を4単位。加えて精神を2単位。理によって配合し、緑の意味を知る――かくあれかし」
植物を鑑定する、緑の聖女の基本スキル。
「《アナライズ・プラント》」
それを発動したレイナが、池の底へ向けていた視線を上げた。
「あの花の名称は、ミミックルート。広範囲に広げた根の先に補食した動物の模倣体を作成する肉食植物です。って、これちょっと殺意高すぎません? モンスターじゃなくて、分類的にはただの植物ですよ?」
「うむ。じゃが、種が割れてしまえばどうということはないわ」
影術で編んだロープが水底へ向かい、花――ミミックルートに巻き付いて引き上げる。
もはや、抵抗する術はない。
小さな花と、その何十倍もある長く太い根が地上に晒された。
なんともグロテスクな姿。
しかし、勝利の光景でもあった。
「狡猾な植物であったが、他の草花に紛れるという戦略もあったのではないかの」
「下手をしたら、踏みつぶされる危険性がありますからね。それに、元々水棲の植物から進化したのかもしれません。嫌な進化ですけど」
とにかく、これで一件落着。
「もう、時間のようだの」
「そのようですね」
太陽が中天に差し掛る。
終了の時間。
獲物は、ミミックルート一体。
こうして、狩猟大会の幕は下りた。




