069.狩猟大会開幕
「作戦は単純じゃ。皆が追い、妾が狩る。ただ、小物ばかり狩っても仕方がない」
グリフォンの翼。島の森林地帯にたどり着いたミュリーシアが、周囲を取り囲むゴーストたちに基本方針を伝える。
本来はトウマの隷下にあるゴーストたちだったが、ミュリーシアの指揮に異存はない。15名のゴーストたちが、じっと説明に聞き入っていた。
「妾たちが狙うは、大物。それも、未だ遭遇したことのない獲物と心得よ」
レイナとニャルヴィオンたちは、すでに森へ入っていった。
それはハンデとして狩りをする時間に制限を掛けられているからだが、話し合いを禁じられているわけではない。
ニャルヴィオンとノインの歓迎会は、三つの部門で争われる。
即ち、捕らえた獲物の総数。
捉えた獲物の重量。
それから、新種――今まで捕まえていない獲物をどれだけ狩ったか。
そのうち、重量に関しては合計ではなく一体のみの比較。しかも、ノインが持ち上げてどちらが重たかったか決めるという曖昧なもの。
だから、確実な勝利を求めるのなら新種をたくさん狩ることになる。だが、当然難しい。
かといって、新種の大物を狙っては数が稼げない。
この三部門、すべてを満たすのはまず不可能だ。つまり、どちらかのチームで独占できないよう配慮されている。
トウマらしい采配だと、ミュリーシアは口元を羽毛扇で隠して笑う。
それはそれとして、負けるという選択肢はあり得ない。
「本来であれば、ニャルヴィオンに花を持たせるべきであろうが……それも面白くなかろう?」
羞花閉月。花や月ですら恥じらい隠れるような美貌を輝かせ、ミュリーシアは閉じた羽毛扇を指揮棒のように振りかざした。
「妾は、森の中心から動かぬ。皆は、森に散って見慣れぬ大物を妾の元へ誘導するのだ」
大ざっぱにもほどがある作戦。
いや、作戦と呼べるほどのものではない。
しかし、それがミュリーシアたちにとっての最適解。
そして、やり方は違うが……。
レイナたちもまた同じこと――新種の大物狙いを考えていた。
「魔力を7単位。加えて精神を4単位。理によって配合し、緑の道を作る――かくあれかし」
先に森へ入ったレイナが、ニャルヴィオンの上で何度目かとなるスキルを発動する。
「《カントリー・ロード》」
すると木々が独りでに左右へ分かれ、森の中でドーム状の道が形成された。
緑の聖女の面目躍如。無人の野を行くように、ニャルヴィオンとゴーストたちが森の奥へ奥へと進撃していく。
獲物となるはずの動物たちを、寄せ付けずに。
監督役として同行しているリリィも、小首を傾げるような選択。
「レイナ、レイナ。これじゃ、獲物が逃げちゃうのですよ?」
「いいんですよ。小物に興味はありませんから」
「たくさん捕まえるんじゃないのですか?」
「食べきれないですからね。無駄にするだけです」
むむむと、リリィが空を飛びながら腕を組む。
それは確かに、由々しき問題だった。
「トウマが、巨人さんぐらい食べてくれたらいいのです?」
「それはさすがにちょっと」
小食よりはいい。とはいえ、大食いチャンピオンのようなトウマは遠慮したいところだった。
もちろん、どんなトウマでも愛せる自信はある。そして、事実でもある。
問題は、ひとつ。
ミュリーシアから、頻繁に血を吸われかねない。
「それなのに総数部門が設定されたのは、あたしたちでも勝負ができるようにするためです」
「じゃあ、たくさん獲ったらいいのです?」
「それは違います」
「にゃ~」
無人の野を行くニャルヴィオンも、大きく鳴いて同意した。
「センパイとミュリーシアの手のひらの上で踊るような真似、できるはずないじゃないですか」
「じゃあ、どうするです?」
「ニャルヴィオンのキャタピラの音で、小物は全部逃げていきますよね?」
「なのです」
好戦的なマッスルースターだけは突っかかってきては跳ね返されたりしているが、これは例外中の例外。
それすらも捕獲せず、先に森へ入ったアドバンテージを捨てて進むだけ。
なのに、ニャルヴィオンの上のレイナは余裕の態度を崩さない。
「つまり、逆に向かってくる大物を狩ればいいんですよ。作戦は、シンプルなのが好ましいんです」
「ふえええ……。そう上手くいくですか?」
「もちろんですよ。北に行けば、海が沸騰している。山に行けば、ダンジョンがある。そんな島で、森だけ平和なわけないじゃないですか」
根拠と言えるものは、なにもない。
「確かにそうなのです!」
しかし、リリィが納得するには充分過ぎた。
「これは確かに、新種じゃな。でかした」
狩人のゴーストが、控えめに敬礼のようなポーズを取って上空へと逃れる。
その背後から、土気色の大蛇が地面を泳ぐように迫ってきた。
言葉にすればそれだけだが、動きの気味の悪さと存在の気持ち悪さは筆舌に尽くしがたい。
そんな大蛇が新たな獲物を発見し、シューシューと長く赤い舌を伸ばす。
グリフォンの翼。その森の中心で待ち構える獲物――ミュリーシアも、軽く舌なめずりをした。
動じない。この程度で、動じるはずがない。
細長い蛇の体と、ミュリーシアの杭。
相性が悪いように思えたが、ドラクルの姫は意に介さない。
顎を大きく開いて丸飲みにしようとした大蛇の口へ向け、ミュリーシアは影術で編んだ杭をぶち込んだ。
遠慮も良心の呵責もない。無慈悲な一撃。
大蛇は思いきり体を振って吐き出そうとしたが、許されるはずもない。
続けて放たれた影の杭は寸分違わず一本目の杭に衝突し、後押しし、そのまま貫いていった。
異変が起こったのは、この直後。
「……む?」
喉から杭で貫かれた土気色をした大蛇。
しかし、血反吐をまき散らすことなく塵になった。
「モンスター……ではないの」
そう。モンスターのように、魔力へと還元されたのかと思ったが違う。
まるで、幻のように消滅した。残っているのは、塵だけ。それも、風が吹いて消えてしまう。
「これは面妖な。共犯者は、どう考え――おらんのだな。知っておった。知っておったぞ?」
慌てて、黒い羽毛扇で口元を隠す。
あたふたするミュリーシアを見なかったことにする優しさが、ゴーストたちにも存在した。
「とにかくじゃ。あの大蛇は幻影の類ではなかった。それは間違いないの?」
「――――」
狩人のゴーストが、代表してうなずく。
しかし、そうなると正体の謎がますます深まっていく。
モンスターではない。では、野獣の類があんな風に消えることがあるのか。
「そういえば、蛇は体温を感知すると聞いたことがあるが……そちらに温度はなさそうじゃのう」
もちろん、それ以外の感覚器がないわけではないだろうがゴーストを追うものだろうか? 調べようにも、死体は塵になって消えてしまった。
これでは、狩猟大会の獲物にならない――という問題ではない。
「なにかが巣くっておるな」
ミュリーシアが森の奥を赤い瞳でにらみつける。
だが、わずかに口角が上がり白い牙が覗いていた。
ちょうどその頃。
もう一人のリーダーであるレイナも、ミュリーシアと同じ感想を抱いていた。
「なにかがいますね、この森」
「にゃ~」
「なんだったのですか? 食べ物にならずに消えるなんて、ふけーなのです。ふけー」
レイナたち――正確にはニャルヴィオンの前に現れたのは、巨大熊だった。
地面から沸くように突如として出現した巨大熊は、蒸気猫と正面から激突。
わずかな拮抗の後、レイナがスキルで退避させた木にぶつかって折ってしまった。
陰惨な事故に、レイナは思わず目を伏せる。
しかし、巨大熊はそれで終わらなかった。
なおも立ち上がり、レイナとリリィの背筋を凍らせるような叫びをあげて鈎爪を振り上げ。
香箱座りから繰り出されたニャルヴィオンの猫パンチを受けて、再び吹き飛ばされた。
さすがに、また立ち上がることはできず。
その代わりに、塵になって消えてしまったのだ。
「食べられないくまさんに、価値はないのです」
「さすがにそれはどうかと思いますけど……」
レイナでも、リリィの暴論は肯定できなかった。
「にゃ~?」
ニャルヴィオンも同様だ。
「やっぱり、こんな動物いませんよね? それに、地面からいきなり現れたように見えましたし」
レイナが、大熊の出てきた辺りを振り返る。
地面に、あんな大きな動物が住めるスペースがあるのだろうか。常識で考えれば、あり得ない。
「いえ、それを確かめるのが私たちの役目でしょう」
「狩猟は終わりなのです?」
「終わりではないですが、優先順位が違います。今日の食材は、ミュリーシアに任せましょう」
勝敗よりも、大事なことがある。
なんなら、歓迎会はまたの機会にしてもいい。
レイナは先ほどの場所へ戻り、膝が汚れるのも厭わず地面をのぞき込んだ。
「穴……ですね。でも、丸くて熊に比べたら細すぎます」
そこで見つけたのは、どこまで続いているのか分からない横に続く穴だった。
まるで、太い植物の根を引き抜いたかのような形をした。




