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使い捨てられ死霊術師のゴーストタウン建国記  作者: 藤崎


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066.温泉回(2)

「共犯者とは目の色が違うと思うておったが、瞳の上に防具を重ねておったのか」

「コンタクトって、そういう扱いになるんですか……。これは、防具じゃないです。ファッションは、女の武器ですよ」


 レイナが、慣れた手つきで両目のカラコンを取る。

 ミュリーシアは、それを感心したように見つめていた。


 廃屋を突貫で修繕した脱衣所には、簡単な棚と籐で編んだかごぐらいしかない。


 最低でも、鏡は必要だ。体重計も欲しいところだが、さすがに作り方は分からない。足りない物は多いが、無い物ねだりをしても仕方がない。


「不朽属性というのがかかっていて、良かったですけどね。でも、カラコンは無事でも他が残り少ないんですよ。困ったことに」


 レイナが常に持ち歩いているポーチには、最低限のコスメが入っていた。しかし、今後のことを考えると自然とため息が漏れる。


「まあ、気にしても仕方がないですけどね」


 自己完結したレイナが、しゅるりと髪を解いた。意外と長い髪が糸のように流れる。

 いつもと違って飾り気のないレイナには、新鮮な驚きといい意味で落差があった。


 しかし、それも一瞬。お湯で濡れないように、綺麗にまとめ上げた。


「化粧のう。妾らには無縁な話よの」

「どんだけなんですか、ドラクル」

「血を吸うときに、気になるであろう? 他の種族より、鼻も利くほうじゃしな」

「なるほど。そういう文化ですか」


 元々の造型が良くて、あまり外見を気にしないというのもあるのかもしれない。


「じゃあ、なんですか? ドラクルってどこで美人だとか判断してるんですか?」

「やはり、肌の白さよの。それも、作らぬことが前提じゃな」

「ファンデなんて、もってのほかと」


 レイナがソックスを脱ぎ、畳んでから籐の籠へ。

 元々ルーズなリボンを解いて、上半身から制服を脱いでいく。


「ところで、ミュリーシアは服を脱がないんですか?」


 上半身はブラジャー。スカートのホックに手を掛けた状態で、レイナが問いかける。


「妾は一瞬じゃからの。一人で先に行くのもなんじゃから、レイナを待っているだけよ。気にするでない」

「ほんとに、下着もなしですか……」

「下着を身につけておらぬように言うでない。それらも全部、影術で編んでおるのじゃ」


 赤い瞳に力を込めるが、レイナは笑ってスルーした。


「お待たせしました。いきましょうか」


 制服を脱ぎ終え、ミュリーシアへと向き直る。



 ゴーストシルクを《ファブリケーション》で加工したタオルで、レイナは体の前面を隠していた。

 もちろん、湯にはつけない。日本人が入浴マナーを破るなどあるはずがなかった。


「うむ。焼き石で温め直しておるから期待できるであろう」


 一方、ミュリーシアはなにも身につけていない。

 紫電清霜。清く白い霜のように光輝き、美しい。ところどころ銀色の髪が隠し、神秘的なまでの美を演出する。


 レイナは、立派な膨らみと薄い桃色の頂から目を逸らす。同性でも見とれてしまう、魅力的な肢体。


 嫉妬のひとつもしそうなものだが、表面上は平然としていた。


「石畳は、風情がありますね」

「滑るかもしれぬが、むき出しの土ではのう」


 木の板で仕切られた、湯船までの通路。

 そこを抜けると、15メートル四方程度の露天風呂にたどり着く。


「完成品は見ているはずですけど、これから入るとなるとまた違った感動がありますね」

「好評でなによりじゃな」


 飾り気のない木の囲い。

 しかし、丸い温泉から立ち上る湯気が加わると一気に風情が出る。


 備え付けの桶は木ではなくミュリーシアが作った石造りだが、意外と軽くて使い勝手は悪くない。


 レイナはそれでかけ湯をしてから、塩にヤシのオイルを混ぜたボディーソープもどきで体を洗った。

 ないよりはマシという程度だが、気休めでも乙女の矜持には必要なものだ。


 そのため、沸騰湾の塩が入浴用品の中心になる。

 塩浴というのもあるそうだが、それに習うというわけではなく他に選択肢がないだけ。


 排水は温泉を運搬する巨大な容器に溜められ、海に捨てる予定だ。


「石鹸って、確か脂から作れるんですよね」

「買ったほうが早いじゃろうな」

「あんまり、外の物資に頼るのもまずいんじゃないですか?」

「かといって、自給自足だけでは発展もせぬであろう」


 ミュリーシアとは離れて体を洗い終え、ついに温泉へ。


「ふっ、あああ……これは……いいですね……」

「うむ。フジの湯に浸かったときよりもくつろいでおるような気がするのう」


 元ローリングストーンの露天風呂には、きちんと段差が作られていた。そこに腰掛け、レイナは手足をぎゅっと伸ばす。


 ゴーストシルクのタオルは縁に残し、一糸まとわぬ姿。

 それも、ミュリーシアの双丘が湯に浮くことも。レイナは気にならなかった。


 それくらい、気持ちが良かった。


 入浴は一日ぶりだが、ミュリーシアの言う通り昨日よりもリラックスできている。それは、よく知る形式に近いからだろうか。


 開放的なのも良いが、やはりある程度秘されているからこそ緊張がほぐれるというもの。


「これは、ミュリーシアに感謝ですね」

「なんの。妾の楽しみに付き合ってもらったようなものよ」


 やや離れて浸かっていた二人が、湯気を通して微笑み合う。

 気持ちが満たされれば、反発し合う理由もなくなる。裸の付き合いというのも、まったく根拠がないわけではないのだ。


「レイナ!」


 そこに、足の間から突然リリィが出現した。

 まったく濡れておらず。代わりに、勢いで金髪の三つ編みがはねる。


「みっしょんいんぽっしぶるなのですよ~」

「それを言うなら、コンプリートですからね。インポッシブルだと不可能になっちゃいますからね」

「むむ。じゃあ、ちょっと待つのです」


 リリィの姿が水面下に消える。

 そしてまた、勢いよく飛び出してきた。


「みっしょんこんぷりーとなのですよ!」

「リリィになにをさせておったんじゃ?」

「センパイのボディガードをお願いしていました」

「共犯者の護衛? なにからじゃ?」

「ノインからですよ」

「分からぬ。あの自動人形が、共犯者を害すると?」


 湯船に羽毛扇を持ち込むことはできず。

 ミュリーシアは、代わりに湯の表面を手のひらで掠めるように叩いた。


「じゃあ、ノインがなにをしようとしたかリリィちゃんに教えてもらいましょう」

「トウマが服を脱ぐのを手伝おうとしたのです」

「なるほどの……」

「それから、体を洗おうとしたのです」

「そういうことじゃったか……」


 元は高貴な生まれであるミュリーシアには、ノインの行動が理解できた。

 同時に、それをされてトウマがいい顔をしないだろうことも。


 もっとも、トウマが笑顔を見せることは滅多にないのだが。


 しかつめらしいトウマの表情を思い出し、ミュリーシアは思わず笑った。


 そして、会いたくなった。


「というわけで、センパイが安心して温泉に浸かれるのはあたしのおかげですよ。感謝してくださいね!」

「あるいは、ノインの奉仕に慣れることじゃな」


 そのつもりはなかったのに、トウマのことを考えていたら便乗していた。

 軽いため息に続き、トウマの声が向こうから聞こえてくる。


「慣れるも慣れないもないだろ。服は自分で脱ぐし、体も自分で洗う」

「それよりも、センパイ。そっちの湯加減はどうですか?」

「ああ……。気持ちいいな……」


 心の底からリラックスした声。

 ミュリーシアとレイナは、笑顔をかわした。別々に入ったのでは、絶対に聞けなかった声。


 しかし、続くレイナの言葉は完全に予想外。


「ミュリーシアが空を飛んで覗くこともできますから、注意してくださいね」

「やらぬわ!?」

「それは困ったことになるぞ」

「共犯者!?」


 やりかねないと思われている。

 それはミュリーシアにとっては、ショックだった。


「だって、そっちも服を着ていないんだろう? それは、シアが困るだろう。責任を取ることになってしまうぞ?」


 同衾している以上、トウマとしては責任から逃れるつもりはなかった。

 今はいろいろと大変な時期なので、先送りにしているがそこまでの覚悟を持っていた。


 もちろん、相手が望めばであるが。


 しかし、肌まで見てしまうとなるとそうもいかない。


 即刻、責任を取るしかなくなってしまう。


 つまり……。


「腹を切るしかないか……?」

「センパイ、こういう方面だとわりとガチですから。試しにとか、絶対やらないでくださいよ?」

「それは、やれってことなのです?」

「なるほど。そういう文化であったか」

「違いますけど!?」


 雪のように白い肌を赤く染めて、ミュリーシアが笑う。


 思えば、誰かとこうして入浴したことなどなかった。

 いても侍女で、ともに楽しめるような相手ではない。


 それが、今はレイナがいる。板一枚挟んでいるが、向こうにはトウマもいる。


 温泉自体も、気持ちいい。


 だが、気に入った理由は誰かと。トウマやレイナと一緒だったから。


 それが、とてもミュリーシアにはうれしかった。

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― 新着の感想 ―
[一言] 食べた気分が味わえるリリィに温泉気分も伝わらないものだろうか?
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