065.温泉施設建設タイムアタック
「反対というわけじゃないんですが、ちょっと疑問が」
トウマの血を吸う。
その流れに一石を投じるかのように、レイナが手を挙げた。
ミュリーシアは愛憎が入り交じったような表情を浮かべ、あわてて羽毛扇で口元を隠す。
「疑問?」
「疑問というか、心配ですね。そんなに毎日血を吸っていいのかという」
「ああ、そうだな。毎日になるんだな」
温泉といっても、掛け流しではないのだ。お湯を捨て、運ぶのは雨でも降らなければ日々のルーティンワークに組み込まれることになるだろう。
そこに、吸血が加わる。
レイナは、その点に疑義を呈していた。
「ええ、温泉。つまりお風呂なんて、いわば家事ですよ? ドーピングしてまでやるのは、どうなんでしょう?」
「シア、どうなんだ?」
「どうであろうな。血は妾たちドラクルの糧とはいえ、毎日口にするものでもなかったしの」
すっかり立ち直ったミュリーシアが、羽毛扇を優雅に扇ぐ。
「それ以前に、体調はどうなのじゃ? 共犯者に迷惑を掛けてまでとは、妾も思っておらぬぞ」
「俺は、特に貧血にはなってないな。特に問題はないと思っている」
では、体調以外はどうなのか。
ミュリーシアと密着するので、そのことに関しては思うところはある。当然ある。
だが、トウマの意識としては献血であった。
医療行為に近く、それ自体に他意はない。
「一回の量にもよるだろうけど、俺としては問題ないと思っている」
「私めにも、内臓食が貧血には良いという知識はございます」
必要であれば、フォローをする。
ノインは、主人の意思に忠実だった。
「内臓ですか。それもまた良しなのです!」
必要であれば、チャレンジする。
リリィは、新しい食材にも積極的だった。
「まあ、お互いに問題ないというのであればあたしから言うことはありません」
「心配かけて悪いな。でも、これからもなにか気になることがあったら言ってほしい」
「もちろんですよ。あたしとセンパイの仲ですからね」
派手な美貌ではにかんで、レイナは一歩下がる。
結論は出た。
「温泉の件は、妾が共犯者の血を吸いたいがために言い出したわけではない。そのことを、どうか憶えておいて欲しい」
「当たり前だろう。俺と玲那のためでもあるのは間違いない」
勘違いなどしていないと、トウマはミュリーシアへと近付いた。
そして、同じ分だけミュリーシアが後退る。
「シア?」
「なんでもない。突然で驚いただけじゃ」
「それならいいんだが……」
しかし、トウマは言葉ほどに納得していなかった。
思い出してみれば、今までもミュリーシアは血を吸うのに躊躇していなかったか。
遠慮とは違う感情を見せていなかったか。
様々な事情があってのことだと、トウマは思っていたのだが……。
だが、それが思い違いだとしたら?
「俺から血を吸うことに、なにか特別な意味があるのか?」
「いっ――」
今、ここで。このタイミングじゃと!?
ミュリーシアは、トウマの間の悪さに戦慄を憶えた。
しかし、隠し事をしていたのは自分のほうだと思い直す。
観念して、洗いざらい話してしまおう。
そう覚悟した瞬間、和装メイドの自動人形が二人の間に割って入った。
「ひとつ、私めも疑問なのですが」
「それは、今聞くことなのかの?」
「はい。作業には、必ず血を吸わなくてはならないのでしょうか?」
「なんじゃと?」
血を吸わない。つまり、強化せずとも湯船となるローリングストーンを持って来れないのか。それを満たす湯をフジの湯から運べないのか。
そんな、無茶な確認にミュリーシアは言下に否定しようとして……。
赤い瞳を閉じて、ローリングストーンの大きさを思い浮かべ。
天の川のような銀髪を、ふぁさっとかき上げた。
「必要ない……かもしれぬな……」
「今までの話は、一体なんだったのです?」
子供らしい無邪気さで、リリィが小首を傾げる。
答えられる大人は、誰もいなかった。
「うむ。こんなものだな」
「はい。微調整は、私めらにお任せを」
「にゃ~」
半径5メートルはあるローリングストーンの残骸。
それがふたつ、事前に掘っておいた穴にずしりとはまった。完全に固定とまではいかないが、そこはニャルヴィオンが受け持つ。
「ここまでの重量物を運んだのは初めてであったが、特に支障はないのう。まあ、あのまま戦えと言われても困るがの」
地響きを立てる中、影術で編んだハーネスをドレスに仕舞う。
ミュリーシアに疲労の色はない。
驚くべきことに、血は必要なかった。
昨日吸わせてもらったトウマの血は、スチームバロンとの死闘により使い果たしている。
つまり、今は初期状態。
それで楽々こなすのだから、トウマとレイナがぽかんと口を開けるのも仕方のないことだろう。
「お疲れ様、シア。まさか、本当にやれるとはな……驚いた」
「本当に疲れてます? この岩、余裕で1tとか越えてるんじゃないですか?」
「それどころじゃないだろう」
比重が分からないので確かなことは言えないが、その10倍でも足りないのではないか。
それを軽々とではないが、グリフォンフジからゴーストタウンまで運んで来たのだ。クレーン車など、比較にならない。
「俺を抱えて飛んでも、なんともないはずだよな」
「うむ。遠慮なく頼るが良い」
「それなそれとして……近くないか?」
「“王宮”に近いほうが便利であろう?」
「そっちじゃない」
ゴーストタウン温泉は、“王宮”の近くにある廃屋の裏に作られることになった。
廃屋は修繕して脱衣所に。そこから少し歩くと、温泉があるという設計だ。
それはいい。
問題は、内部の構造だ。
「湯船と湯船が近すぎると言っているんだ」
トウマが指摘しているのは、地面に埋められたふたつの半球。
巨人のつるはしがなければ、とても開けられなかっただろう。地面の穴に、たった今埋め込まれた湯船の存在。
隣接しているとまではいわないが、1メートルほどしか離れていない。
これでは、声どころか湯に立てた波紋の音すら聞こえてしまいかねなかった。
「間に目隠しを作るのであろう?」
「どうせ、入るのはセンパイだけじゃないですか」
「今のところは、確かにそうだけど……」
「リリィの前には、ついたてとか全然まったく関係ないのです!」
男湯も女湯も関係ないと宣言するリリィの自由さはともかく、トウマは簡単にはうなずけない。
「親睦を図るには、ちょうど良い距離かと」
しかし、味方がいなかった。
「……入る時間をずらせばいいか」
とりあえず、先送りしてトウマは改めて工事現場を眺めやる。
「地鎮祭でもやるべきだったかな」
「誰が儀式をやるんですか? あたしですか?」
「地鎮祭とはなんじゃ?」
「俺の故郷では、工事の前に神様に安全を祈願するんだ」
「面白い作法じゃの」
感心するように、ミュリーシアが赤い瞳を輝かす。
「であれば、精霊アムルタートにでも祈るかの?」
「作法とかお祈りの言葉とか、知ってるんですか?」
「知らぬ」
「私めも存じませぬ」
「まあ、こういうのは気持ちだろう」
トウマは目を閉じて手を合わせ、工事の無事を祈る。
それぞれのやり方で祈りを捧げてから、本格的に工事の開始となった。
「シアは、岩をくりぬいて湯船の形を整えたら温泉の運搬か?」
「うむ。任せよ」
「俺と玲那は、グリフォンの翼で木材の用意だな」
「屋根は後回しで、囲いがあれば良かろう」
「そうですね。だったら、タオルも《ファブリケーション》しましょう」
「それは助かる」
こうして動き出すが、やはり派手なのはミュリーシアだった。
巨人のつるはしを担いで元ローリングストーンに飛び乗ると、器用に中身をくりぬいていく。
まるで、つるはしが鑿。
巨岩がスイカやメロンのよう。
さらに、くりぬいた中身も無駄にはしない。
それをまた加工して、巨大なバケツにしてしまった。マトリョーシカを彷彿とさせる力技。これで温泉を運び、湯船に注ぐという計画だ。
相当軽くなったとはいえ、フジの湯までの往復は重労働……と考えるのは、ドラクルではない。
「これは少々、楽をしすぎることになるやもしれぬな。労働した後のほうが、湯は気持ち良いだろうにのう。失敗したかの」
これが、ドラクル。少なくとも、ミュリーシアであった。
一方、トウマたちはニャルヴィオンに乗せてもらってグリフォンの翼。森林地帯へと向かった。
早速D班から借りることになってしまったが、採掘作業がまだお試し段階なので問題はなかった。
適当な樹木をトウマが乾燥させ、それをレイナが《ファブリケーション》のスキルで板材に加工。
それをニャルヴィオンで運んで、親方たちゴーストが囲いを作る。
まるで、一夜城でも建てようというかのようなスムーズさ。
そしてタオルに関してだが、残念ながら綿やその代用品は見つからなかった。
「仕方ありません。ゴーストシルクを使いましょう」
というわけで、シルクのタオルになってしまった。ヘンリーが卒倒しそうな贅沢品だが、背に腹は変えられない。
「まさか、一日でできるとはな……」
こうして、夕方には入浴環境が整ってしまった。決してスマートなやり方ではないが、驚くべきスピード。
そうなると、やるべきことはひとつ。
「早速、入ってみましょうか」
「うむ。湯が冷めぬうちにな」
「時間をずらすって、俺の話は……」
「却下じゃな」
「無理ですね」
そういうことに、なった。




