064.青空円卓会議
朝。
さわやかな風と暖かな陽光が降り注ぐ中、“王宮”の前にはゴーストたちが勢揃いしていた。
「改めまして、ご挨拶を。私めは、ノイン。ご主人様の忠実な奉仕人形でございます」
「奉仕人形。へえ、そこまでとは……。初耳ですね、セ・ン・パ・イ?」
「表現がオーバーなだけだ」
ゴーストたちを前に自己紹介をするノインの背後で、トウマは冷静な表情を崩さない。事実無根ではないが、不当表示であるのは間違いない。
「まあ、それはそうなんでしょうけど……。たった一晩で、あんな風に言う人でした?」
「さあな。自動人形特有のジョークだったりするんじゃないか?」
レイナの目を見ずに答えた。
内心は、そこまで平静でもなかったようだ。
「ぬぬぬ……。昨日、先に寝たのが敗着だったかもしれません」
「妾の口からは、なんとも言えぬのう」
「というわけで、みんなの仕事に関してはノインに管理を委ねることにした」
このままでは、棒を藪に突き入れられてばかり。
蛇を出さないため、トウマは一歩前に出た。
「今まで、こっちの事情で放置するような形になって大変申し訳なかった」
「みんな、働かずに食べるご飯は美味しいって言っているのです」
「ちょっと、正直すぎません?」
「ふんふん。でも、それも飽きてきたって言ってるのです」
トウマは軽くうなずき、ノインを見た。
「私めの裁量で、皆様方を班分けさせていただきました。以後、別命があるまで班別に仕事をこなしていただきます」
「といっても、従来とそんなには変わらないと思う。今のところはノルマとかもないから、適当に休んでくれていい」
「ただ、なにか問題、困り事、お気づきのことがあれば遠慮なく私めにご相談ください。いきなりご主人様には報告しにくいでしょうから」
「最初は、リリィに言ってくれてもいいのですよ!」
注意事項を伝達した上で、班分けが始まった。
A班は、島の北部グリフォンの頭での作業を担当する。
スケルトンシャークと協力して、沸騰湾から塩の採集並びに加工。
それから、籐やサトウキビ、カカオなどの原料の採集。レイナのスキルに頼らず製糖を行いたいところだが、設備もないので将来的な課題ということになるだろう。
「A班には最も多い10人を割り振ります。そのリーダーには、村長殿を充てることといたします」
「村長か……」
「飢え死にして全滅したことに、強い後悔を抱いていたのです」
「それは、そうであろうな」
村長に限らずだが、まだリリィやヘンリーのようにはっきりとしたゴーストではない。
けれど、長い髭をしたゴーストはしっかりとうなずいた。
任せて大丈夫だろうと判断し、トウマは次を促す。
「ではB班は6人。東部のグリフォンの翼で狩猟と獲物の解体をお願いいたします」
「リーダーは、狩人さんなのですよ!」
長身ですらりとしたゴーストが、胸に拳を当てた。
ゴーストのため、弓矢などは持っていない。しかし、なんとなく雰囲気のある男性のゴーストだった。
「それから、ゴーストシルクの加工はママたちの仕事なのです」
「C班となりますが、こちらにも6名を割り振らせていただきます」
「なにかあったら、あたしにも相談してください」
輸出品となる予定のゴーストシルク。その加工は、重要な仕事になるだろう。
厨房担当のおばちゃんも、とりあえずここに所属してもらうことになっている。
「それから、私事で恐縮ですが火口のダンジョンからの採掘担当も設定させていただきました」
D班は最も少ない三人。
人数は少ないが、ニャルヴィオンも加わるため戦力は充分。
「もし、石炭以外の資源が見つかったら人数も増やせると思う。よろしく頼む」
「ご面倒をおかけします」
トウマとノインに頭を下げられ、熊のように大きなゴーストが髪をかく。
最後のE班は、建物の補修などに従事する。こちらは、親方をリーダーにした5名ほどが所属することになる。
「当面は、資材庫を作っていただくことになるかと」
「いや、それよりも優先すべき施設があろう」
その判断に物言いを付けたのはミュリーシア。他ならぬ、女王陛下だった。
「温泉が必要であると妾は考える」
「それは、あったほうがいいとあたしも思いますけど」
「あったほうがいいではない。あらねばならぬのだ」
十全十美。非の打ち所がない美貌でミュリーシアが言った。
トウマのメンタルケア。ストレス緩和のために、温泉が必要だと信じて疑っていない。
「温泉で、ございますか?」
「山の向こうに、温かい水が川になって流れていたのですよ」
「なるほど。確かに、存在しても不思議ではございませんね」
地霊種ドワーフに造られた自動人形だけあって、知識はあったのか。
ノインは、人差し指を唇に当てて目を閉じた。
「程度の良い廃屋を流用すれば、資材庫は後回しにはできますが……」
そこまで言うならばと、ノインが計画の修正を試みる。
親方たちも、どちらかというと新しい施設のほうに興味が向いているようだ。
「トウマたちは、一体どうして反対なのです?」
「別に、反対というわけじゃないんだが」
こてんっと首を傾げるリリィの頭を支えつつ、トウマは冷静に対応する。これ以上傾けると、ホラーになってしまう。
「そもそも、この辺で温泉が湧くのかという問題があると思う」
「うむ。水路を作って、引くというのはどうじゃ?」
ミュリーシアの答えは、明瞭だった。
短絡的なのではなく、譲る気はないという意味で。
「簡単に言いますけど、結構難しいんじゃないですか?」
「じゃが、手を付けねば永遠にできあがらぬ」
「それはそうですけど」
いつもは石の円卓で行われている話し合い。
それが、“王宮”の外で済し崩し的に始まった。
「あー。湯船はどうするんです? 池じゃないんだから、土を固めてってわけにはいかないですよ」
「温泉だろう? グリフォンの翼で適当な木を切り出して、湯船にするしかないか?」
「一気に和風ですね。檜でもあればいいですけどねー」
レイナも、基本的には賛成なのか。
ブレインストーミングには、それなりに積極的だった。
「しかし、そうなりますと……」
「そうだな……」
「なんですか、二人して分かり合って」
トウマとノイン。
二人から同情の視線を寄せられ、レイナはハンバーグに混ぜられたニンジンに気付いた子供のような表情を浮かべる。
「他に必要となりますのは、目隠しとなる柵。脱衣所、可能であれば屋根と言うことになりますでしょうか」
「他にも、タオルとか木桶とかが必要になるな」
「まあ、それは当然ですけど。そうなると……」
「うむ。頼りにしておるぞ、緑の聖女」
「水路も含めて、あたしの負担大きくないです?」
植物関係はレイナ。他に適任はいない。
「ああ……。困りましたね……。これでは、ベッドをもうひとつ作る余裕がなくなってしまいます」
「そうきたか」
ミュリーシアと温泉のためなら、それもやむを得ないか。
そう、トウマが苦渋の決断を下そうとした瞬間。
「ゼロにはならぬが、レイナの負担が軽くなる方法は心当たりがある」
ぱっと羽毛扇を開いて耳目を引くと、ミュリーシアが胸を張った。
ただでさえも豊かな双丘が強調され、幽霊でも見たような表情でレイナが目を背ける。
しかし、その視線の先にはノイン。
和装のメイドも目立たないが、かなりのものだった。背は、レイナよりも低いのに。
「個人的な事情で、めちゃくちゃやる気がなくなったんですけど」
「まあ、話を聞こう」
「まず、温泉を掘るという発想を捨てよ」
「……温泉の素でも入れるのか?」
「湯の花は、緑の聖女のスキルと無関係ですよ。さすがに」
「なんの話をしておるのか分からぬが、違うのう」
優雅に羽毛扇で扇ぐと、ぴしっととじてリリィを指名した。
「リリィならば、分かるのではないか?」
「う~ん……。分かったのです! 掘らないなら、汲んでくるですか?」
「その通りじゃ」
フジの湯と名付けた、温泉が流れる滝。
確かに、温泉はある。
だったら、あるところから持ってくればいい。
ミュリーシアのアイディアは単純明快だった。
机上の空論だということを除けば。
「いや、汲んでくるっていっても何回往復するつもりだ?」
「話がそれるが、共犯者よ。火口のダンジョンで、最初にローリングストーンが転がってきたであろう?」
「それがどうかした……って、まさか?」
「そう。そのまさかじゃ」
ミュリーシアが、白い牙を覗かせる。
「あれを巨人のつるはしでくりぬいて、湯船とする。ちょうど、ふたつあるしの」
「その配慮はありがたいが……大きさは確かに充分だな」
「つまり、湯船を山の向こうまで往復させると仰っているのですか?」
ノインが、アメジストのような紫の瞳を瞬かす。
トウマも、レイナも。そこまでではないが、感想としては似たようなものだった。
「ミュリーシアなら、きっとできるのですよ!」
「あきれを通り越して感心するほど、むちゃくちゃですね」
「うむ。ほめて良いぞ」
「出発点ではあきれているってことを、認識してくださいね!」
レイナは肩で息をしているが、ミュリーシアは高原の木陰のように涼やか。
「それで、どうじゃ? 妾の計画は」
「まあ、水路を作ったり管理するよりはマシですかね? 実行可能なら、ですけど」
「温泉を掘ると、地盤沈下するらしいしな」
「そもそも、地面を掘るのもミュリーシアですよね? 好きにさせたらいいんじゃないですか?」
「うむ。ダメだったら、別の手を考えれば良い」
臨時青空円卓会議。
議題は、温泉施設建設に関して。
方針は、決まった。
あとは、どう実行するかだが……。
「そうなると、俺の血が必要になるな」
「そう……なるか……の?」
すっかり、そのことを忘れていたらしい。
ミュリーシアは一歩後ずさり、レイナとノインから赤い瞳を逸らす。
ノインはいつも通りの微笑みを浮かべていたが、レイナは実に面倒くさそうな表情をしていた。




