063.ヘンリーの依代
「トウマさん、お待ちしていました……と。そちらは初めてですね」
「初めまして、ノインと申します」
「ああ、これはどうも。ヘンリーといいます。元商人ですが、現商人に戻ろうと奮闘中という感じでおります」
「はい。ご主人様から聞き及んでおります」
「そうですか。それはそうですよね」
幽霊船ワールウィンド号。その甲板で、商人のゴーストと自動人形のメイドが挨拶をかわす。
このアムルタート王国以外では、見られない光景に違いない。
ミュリーシアの影術から解放されたトウマが、わずかに口角を上げた。
「なんじゃ。ヘンリーの奴は、ノインの可憐さに押されておるではないか。本当に妻がおったのか?」
「押されているか?」
男女で見え方が違うのだろうか。
トウマは不思議そうに首を傾げたが、どちらにしろこのままでは話が進まない。
「ヘンリー、さっき知らせた通りなんだが」
「は、はい。今、そっちへ行きます」
ノインへ会釈をすると、ヘンリーがトウマの元へ文字通り飛んできた。
「シアが正解だったか」
「妾は、人を見る目はあるからの。共犯者で実証されておろう?」
「あれ? なんでいきなり、のろけを聞かされているんですか?」
「良い話と悪い話がある」
わけの分からないヘンリーの言い分を無視して、トウマは話を切り出した。
「詳しくは、船室で聞こうと思っていたんですが」
「いや、そんなに長居はしない。もう、夜だしな」
「そうですね。幽霊になってから、どうもその辺の感覚が薄れていまして。申し訳ありません」
「商人というのは、人が休んでいるときにこそ働くそうだ。そういう意味では、いい商人の見本なんじゃないのか」
「ははははは。トウマさんこそ、いい商人になれますよ」
甲板上でノインも合流し、トウマの背後に控える。
それを確認して、ミュリーシアは船の縁に体重を預けた。羽毛扇をぱっと開いて軽く扇ぐと、夜の海よりも美しい銀髪がさらさらと舞う。
「良い話のほうは、もう見当がついておるようじゃの」
「それはそうですよ、女王陛下。今の私に良い話なんてひとつしかありません」
「ああ。それで正解だ。ヘンリーの依代になる体が見つかった」
「おお、それは……」
推測はできても、実際に聞かされるとまた違うのだろう。
甲板の上で、ヘンリーがそわそわとする。
それを、ノインはアメジストのような紫の瞳で見つめた。
「そうなると、悪い話は体が壊れていて修理が必要とかですか?」
「女性だ」
「は?」
「依代は、女性型の自動人形なんだ」
「それはちょっと予想外なんですけど!?」
良い話からの悪い話。上げて落とされた展開に、ヘンリーの輪郭が明滅する。
「女性型の自律人形って、そこのノインさんのような?」
「私めと同じ容姿とお考えになられて、問題ございません」
「そうですか……。そうなんですか……」
ノインの落ち着いた振る舞いからすると意外だが、外見は15歳ほどの女性というよりは女の子。
身長も一五〇センチ程度で、それでいて女性らしい体つきをしている。
白いエプロンに柄物の着物風の衣装。それに合わせているのは、ホワイトブリムと編み上げブーツ。
さらに、首にはチョーカーを巻いている。
50年も前に死亡したヘンリーには、なんとも斬新過ぎる依代だ。
「いや、美人だとは思うんですが……」
「恐縮でございます」
「ええぇ……」
だが、ヘンリーに変身願望など欠片もない。
自分がそんな容姿になると考えたら、すぐにはうなずけなかった。
「考える時間をもらっても、いいですか?」
「ああ。期限はない」
「じゃが、早いところ必要な物資を手に入れねば落ち着いてこのグリフォン島の開拓もできぬ」
船の縁から海を見ていたミュリーシアが、視線を甲板に戻した。
「そして、これ以上の依代を手に入れる当てもないのが現状じゃ」
「ヘンリー様」
「はっ、はい」
今まで黙っていたノインに呼びかけられて、ゴーストだが直立不動で返事をするヘンリー。
「お使いいただく予定の体は、すでに魂は抜けておりますが私めの妹とも呼べるものでございます」
「ちょっ!? ちょっちょっちょ」
「ん? どうしたんだ?」
ヘンリーに引っ張られ、トウマは舳先のほうへと連れてこられる。
「どうもこうもないですよ? どういうことですか」
「確かに、いきなり女性の体を使えというのは難しいとは思うんだが」
「それもありますけど、死んだ妹さんの体を使えとか重すぎやしませんか?」
「そこは、形見の品を譲られたぐらいの気持ちでいいのではないだろうか」
「私も、そりゃそういうのを取り扱ったことはありますけどねぇ」
その時のことを思い出したのだろうか。ヘンリーが、口いっぱいにレモンを詰め込まれたような表情を浮かべた。
「たぶん、ノインとしてはもったいないしせっかくだから使って欲しいという程度だと思う」
「それはそれでどうなんですか?」
「変に遠慮されると、向こうも気にするだろうし」
「いや、でも。でもですよ……」
ヘンリーが、霊体の頭を抱えて右往左往する。
「女性っていうか、女の子じゃないですか」
「ああ。客観的に見てかわいいと思うが」
「なに言ってるんですか。かわいいとか綺麗なんていうのは、全部主観ですよ。さてはこの人、回りが美人ばっかりで感覚が麻痺してますね?」
湿度と粘度の高い視線でトウマを見つめてから、ヘンリーは深く息を吐く……ポーズを取った。
「でも、あれですよ? トウマさんが言うところのあんなかわいい娘が商人やってたらどう思います?」
「お父さんかお母さんを連れて来てとでも言われそうだな」
しかも、代わりになる服もない。似合っているが、商人としては風変わりとしか言えないだろう。
「……やっぱり、考える時間をもらえませんか?」
「分かった。事情は、俺から話しておく」
話し合いというには知能指数の低い会話を終え、トウマはミュリーシアたちの元へと戻った。
「共犯者よ、男同士の話は終わりか?」
「そういうんじゃないんだけどな……ノイン」
「はい、なんなりと」
「ヘンリーさんは、商人への復帰を目指している。でも、さすがにそのかわいい外見では商人を名乗るのは難しいそうだ」
「かわいい……ですか?」
「ああ。かわいいのは間違いないだろう」
「それは……恐縮でございます」
なぜか頬を染め、ノインが顔を伏せる。
「というわけで、方法を考えるから時間が欲しいということだ」
「はい。それはもちろんでございます」
「共犯者よ、妾はどうじゃ?」
「どう? ああ、シアは綺麗でかわいいと思う」
「そうか。ならば良いのじゃ」
「……しまったな」
突然、トウマが虫歯の痛みをこらえるような顔をした。
「玲那から、無闇に女の子をかわいいとか言うなと言われていたんだ。キモイと思われるからと」
「奥様らしいお言葉でございますね」
「では、ここでのことは妾たちだけの秘密とするかの」
「それがよろしいかと」
「助かる。ついでに、忘れてくれるともっと助かる」
ミュリーシアは答えず、羽毛扇をぱっと開いた。
トウマの体を闇で編んだハーネスが縛り上げ、そのままつり下げられる。
「それは、“王宮”へ戻るまでにどれくらい妾たちのかわいいところを言えるかにかかっておるのう」
「さすが、女王陛下。このノイン、忠誠心を新たにいたしました」
「シア、まったく意味が分からないんだが」
「一点減点じゃ」
「ルール説明は、最初にしてくれ」
来た時と同じように、三人が空の向こうへ飛んでいく。
ヘンリーが、早く帰ってくれと思っていたかどうかは……月と実は近くにいたスケルトンシャークだけが知っている。
「ごゆるりと」
ノインの手により、ベッドルームの扉が閉められた。
三人だけの秘密となった夜空の散歩を終えると、レイナはすでにベッドに倒れ込んでいた。どうやら、相当疲れていたらしい。
トウマとミュリーシアも、身支度を終えるとベッドルームへ移動し……ノインに見送られたわけだ。
寝る必要のない彼女は、寝室の前で護衛をするらしい。その必要はないと言ったのだが、聞き入れられることはなかった。
「寝顔は、純真無垢じゃな」
「疲れたんだろう」
籐のベッドに腰掛けると、サイドテールを解いたレイナの髪をトウマがゆっくりと撫でる。優しい、情のこもった手つき。
すでに明かりは落とされているため、寝顔は見えない。
それでも頭の位置が分からないほど、暗くはなかった。
そして、ミュリーシアがトウマの顔が見えないほど暗くも。
「確かに、温泉を見つけた後にダンジョンに遭遇するとは思わなんだな」
「ああ。だけど、結果としては良かった。大変だったけどな」
ダンジョンでは戦闘の他に、感情を揺さぶられることがいろいろとあった。
それに、まだこの島へ移住した直後なのだ。環境の変化で疲労を感じていることも充分考えられた。
「共犯者は大事ないかの?」
「俺は、わりとメンタル強いからな」
「まあ、こればかりは自覚がないとどうしようもないからの」
先にベッドに入っていたミュリーシアが、トウマの服を掴んで引き倒す。干し草を詰めたゴーストシルクのベッドが、それを優しく受け止めた。
「となれば、温泉じゃな」
「忘れてなかったのか」
ベッドに入ったまま、ひそひそと会話を交わす。
自然とまぶたが落ちそうになり、意識が遠くなる。
それでも、なぜかやめられない。
「無論じゃ。是非とも、“王宮”の側で掘り当てたいものよ」
「確かに、あれば便利だよな」
「うむ。日々の疲れも吹き飛ぶというものよ」
「ああ、そこにつながるのか」
温泉でストレス解消すれば、メンタルケアにもなる。
単純だが、確かに有効かもしれなかった。
「あって困るものじゃないよな、温泉は……で、また俺はなんで一緒に寝ようとしてるんだろうな?」
「では、共犯者が素直になれる一言を贈ろうかの」
闇の中で身じろぎする気配がする。
トウマは耳を塞ごうとするが――遅かった。
「『シアは普段の凛としたところと、たまに恥ずかしがるところの落差がいいと思う』」
「それは、無理やり引き出されたというか……」
とりとめもない会話は、いつ果てることもなく続いた。
「なんじゃこの恥ずかしいセリフは。妾まで眠れなくなるじゃろうが!?」
「その台詞をレイナに知られたくなかったら大人しくしろって話じゃなかったのか?」
結局、どうやって終わったのかどちらも記憶になく。
翌朝、意味ありげに微笑むノインに起こされ二人して天を仰ぐことになった。




