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使い捨てられ死霊術師のゴーストタウン建国記  作者: 藤崎


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059.ノイン

「二人とも、悪いな。まだ、終わりじゃないみたいだ」


 ようやく視力が回復したトウマは、巨人のうなじに立っていた。


「こうなったら最後まで付き合いますけどね。中途半端で終わるほうが気持ち悪いですし」

「リリィが拾った鍵が役に立つなら、大歓迎なのですよ!」


 地面に崩れ落ちた、赤銅の巨人。

 これだけ巨大だと、魔力へ還元されるのに時間がかかるのか。まだ形を保っている。


「では、そろそろ鍵を開けるとするかの」

「ああ。一応、警戒はしておいてくれ」


 リリィが回収した鍵は、先ほどよりも光と震動が強くなっていた。

 というよりも、この位置が最も強く反応するのだ。


 そして、赤銅の巨人のうなじに小さな鍵穴があった。


 数多の攻撃を受けた赤銅の巨人だったが、ゾンビバチもここには群がらなかったのか。鍵穴に歪みはなく、かちりとはまった。


 トウマは、ゆっくり慎重に鍵を回す。


 手応え、あり。最後まで回すと、弾かれたように取っ手が出てきた。


「妾が開こう」


 念のため、素手ではなく影術で取っ手を掴む。

 閉じたままの羽毛扇をくいっと引くと、重厚なハッチが開いた。ぷしゅっと蒸気が噴き出し、咄嗟に顔をかばう。


 だが、噴出したのは少しだけ。それ以上はなにもなく、蒸気も霧散した。


 そして中には――


「なんで、メイドさんが乗ってるんです?」

「さあ……な?」


 ――ホワイトブリムを身につけた黒髪の女性が、うつ伏せに横たわっていた。


「とりあえず、助けよう」

「うむ。疑問は、直接聞くよりあるまいのう」


 ミュリーシアが影術で帯を編んで引き摺り出した。

 そのまま、ミュリーシアが編んだ影に横たわらせる。


 レイナはメイドと表現したが、服自体は和装に近い。白いエプロンと柄物の着物のような組み合わせ。

 和服を洋風にあつらえたら、こうなるだろうという衣装だった。


 身長は、トウマよりも一〇センチは低い。小柄で、ボブカットの髪が頬にかかっている。その髪が揺れてまぶたにかかり、薄い唇がわなないた。


「良かった。息はあるな……」


 トウマが彼女の顔をのぞき込むと、スイッチが入ったようにぱちりと目が開いた。

 アメジストにも似た紫色の瞳と視線が交錯する。


「……ありがとう、ございました」

「いや、寝てていい」


 起き上がろうとするところを押しとどめ、トウマは後ろを振り向いた。敵意もないようなので、ミュリーシアかレイナに応対を変わってもらったほうがいいだろう。


 そんな常識的な判断は、しかしあっさり却下されてしまう。


「大変不躾で申し訳ございませんが、石炭をお持ちではないでしょうか?」

「……は?」


 そんな物、持っているはずが……。


「あるな」


 あった。

 記念にと、掘り出した石炭がポケットに。叩いた記憶はないので、ひとつだけ。


「あるけど、それがどうしたんだ?」

「いただけないでしょうか」

「構わないけど……」

「ありがとうございます」


 有無を言わせぬ勢いに押され、トウマは石炭を彼女へ差し出した。


 同時に、なにか知っていることはないかとミュリーシアやレイナに視線で助けを求める。だが、頭を振られるだけ。リリィは、黒髪のメイドがいた搭乗席を物珍しそうに眺めている。


「不作法をお許しくださいませ」


 石炭を受け取った黒髪のメイドは、影の上で上半身を起こす。


「はっ? なにをしてるんですか!?」


 そして、恥ずかしそうに石炭。黒い塊にかぶりついた。

 小さく少しずつ、宝物を手にしているかのように大事そうに。


 堅い石炭が欠け、黒髪のメイドがじっくりと味わうように咀嚼した。


「ふぅ……」


 白い喉がこくりと鳴り、ゆっくりと嚥下する。


「なるほど。彼女はドワーフだったのか」

「いやいや、連中とは似ても似つかぬわ」

「そうですよ。ドワーフって、『白雪姫と七人の小人』の小人ですよ?」

「それじゃ、一体……?」

「こやつが、地霊種ドワーフの手による物なのは間違いなかろうがの」


 ミュリーシアが、とんとんと足下――赤銅の巨人だったものを踏みつけた。


「大変、失礼をいたしました」

「いや、こちらも騒いですまなかった。食事中だったんだろう?」

「いえ、はい。その通りなのですが……」


 驚いたように紫色の瞳を見開き、黒髪のメイドはしばしトウマを凝視する。いつの間にか、その手から石炭は消えていた。


「申し遅れました、ご挨拶を」



 再起動を果たし、赤銅の巨人に降り立った。

 楚々としていながら、隙のない所作。


 トウマやレイナは目が釘付けになり、ミュリーシアでさえも感心の声を上げる。


 しかし、それはまだ驚きの端緒に過ぎなかった。


「試作型対神迎撃防衛兵器、スチームバロン。その中枢統合ユニット、ノインと申します。末永く、よろしくお願いいたします」

「ああ、稲葉冬馬だ。こちらこそ……末永く?」

「はい。トウマ様は、死霊術師とお見受けいたします」

「まさか、ノインとも契約を?」

「話が早くて幸いです。なにしろ、頂いた石炭で命をつなぎましたが……。今のままでは、この体も私め人工霊魂も数分と持ちませんので」


 表情を変える機能がないのか。それとも、そういう性格なのか。


 ノイン。赤銅の巨人の中にいた侍女は、アメジストのような紫色の瞳でトウマの目をのぞき込んだ。





 残り数分の命。

 そう言われて拒否ができるトウマではなかった。


「契約は、ノインがノインらしく過ごして満足するまで。それで、間違いないな?」

「相違ございません」


 赤銅の巨人から離れ、手早く契約をまとめる。

 レイナに回復スキルを使用してもらい、詠唱を始める。


「魔力を40単位。加えて、精神を10単位。理を以て配合し、我と彼らの契約を締結す――かくあれかし」


 ノインのアメジストの瞳を正面から見つめる。見返す彼女の瞳に、曇りはない。

 逡巡を振り切り、トウマはスキルを完成させた。


「《コントラクト》」

「ああ……。これが……」


 ノインが光に包まれて、恍惚とした表情を浮かべる。

 その光が霧散し、しばらく経過してもノインは体を抱くようにして震えを押さえていた。


「成功……だな」

「ありがとうございます、トウマ様。いえ、ご主人様これで、自動人形オートマタの本懐を果たすことができます」

「やはり、自動人形であったか。そなたは、地霊種ドワーフに造られしものなのじゃな」

「その通りでございます」


 洋風の和装を着こなしたメイド――ノインが、綺麗に一礼した。思わず、見惚れてしまうような所作。人ではないと言われても、驚きや違和感はない。むしろ納得してしまう美しさだった。


「自動人形というと……」

「人工物にも、霊は宿ります。それが精巧であればあるほど、人に近い魂が。私めは、そのように生まれたモノでございます」

「神蝕紀の遺失技術じゃな」

「遺失というよりは、異質って感じですよね」

「そこは、主観の問題だろうな」


 石炭を食べるところを見せられたのだ。

 なんにせよ、信じるほかない。


「ここは、試作型対神迎撃防衛兵器、スチームバロンの実験場。私めは中枢統合ユニットでしたが、どうやら実戦を経験する前に魔力異常に飲み込まれ、ダンジョンと一体化してしまったようでございます」

「中枢? 統合?」

「壁に並んでおりました棺には、私めの妹に当たる自動人形が格納されておりました。その霊魂のを注入してスチームバロンを起動。後に、その霊魂と親和性の高い私めの力で制御するという設計になっておりました」

「ほえ~。だから、中に鍵がなかったのですか」

「はい。その通りでございます」

「は? 鍵は外からしか……」


 その意味を理解し、レイナは緑がかった瞳を見開いた。


「閉じ込めて、鍵をあんなところに捨てたってことですか!?」

「鍵は、ダンジョン化したときに移動したのであろうが……」


 納得いかないと、レイナが頬を膨らます。やり場のない怒りを抑えるために爪を噛もうとして、トウマに手を掴まれた。


「そんなことをするくらいなら、俺を叩いていいぞ」

「なんなんですかもう、お兄ちゃ……センパイはっ」


 こういうときだけは素直に、レイナがトウマの背中をぽかぽかと叩く。

 好きにさせながら、トウマはノインと視線を合わせた。


 彼女の妹たちを葬ったものとして。


「知らなかったでは済まないだろうが――」

「ご主人様、それは違います」


 ノインはすっとトウマに近付き、静かにかぶりを振った。


「ご主人様。私めの妹たちを救っていただき、誠にありがとうございました」

「救えたのか?」

「はい、もちろんでございます」


 トウマは、なにか言おうとして口を開きかけ。

 謙遜をするのも誇るのも違うように思え、なにを言うのも間違いだと気付き。


 ただ黙って、感謝の気持ちを受け取った。

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― 新着の感想 ―
[一言] 対神迎撃ロボの中枢ユニットにしてヒューマノイドインターフェイス人工霊魂メイド……盛り盛りですねw
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