056.ワスプアイズ
「まあ、それはそれとしてこの部屋を調べねばなるまいて」
黒いドレスの裾をひるがえすことなく。ミュリーシアは優雅に振り返った。代わりに星空のような銀色の髪が舞い、否応なく注目させられる。
「ああ、そうか。それがあったか」
飾り板の向こう。ほの昏い道へと進みかけていたトウマが歩みを止めた。
「でも、マジックアイテムは望み薄じゃないか?」
「どうでしょうね? 弱めの――魔力が低いモンスターだったとしても、あの数でしたから」
「そうか。結局は、魔力が世界に還元されるかどうかの問題になるか」
一〇〇の魔力を持つモンスター一体も、一の魔力を持つモンスター一〇〇体も総量としては変わらない。
それならば、マジックアイテムが残されている可能性はあるということらしい。
「マジックアイテム、楽しみなのですよ~」
「でも、リリィちゃんは装備できないですよね。残念です」
「その分、トウマたちが強くなれば問題ないのです」
「ああ、もう。リリィちゃんは、本当にいい娘ですね」
レイナがリリィの頭を撫で、尻尾の付け根を撫でられた犬のようにリリィが身をよじる。
羽毛扇をぱっと開き、ミュリーシアがいたずらっぽく微笑んだ。
「レイナと違ってかの?」
「ええ。あたしは、ペアリングの代わりを期待していますからね」
リリィを撫でたまま真顔で言うレイナに、ミュリーシアは肩をすくめる。
「共犯者よ、甲斐性を見せる場面のようじゃぞ」
「運次第なのに、どうしろと。探すしかないのは分かってるが」
溢れ出たマグマが冷えて固まり、でこぼこになった地面。
レッドボーダーのときのように、分かりやすく出てきてはいない。そもそも、マジックアイテムがドロップしているとも限らない。
有言実行。トウマはしゃがみ込み、小さななにか――それこそ指輪でも見逃さないように捜索を開始した。
「ハチさんだったら、ハチミツを落っことしてほしいのです」
「ハチミツですか。それでもいいですね」
とはいえ、危機を切り抜けて多少気が緩んでいるのだろう。
集中していないわけではないが、自然とおしゃべりが始まった。
「砂糖があるのに?」
「なにを言っているんですか、センパイ。砂糖とハチミツは別物ですよ」
「そうなのです。砂糖もハチミツも、みんなちがって、みんないいのです」
「ああ、うん……」
「共犯者よ、気持ちは分かるが妾を見てもなにも出てこぬぞ」
「俺が悪かった」
地面を捜索しながら、トウマは白旗を掲げた。
男性の国民が増えないことには、どうしようもない。
なお、売り物があれば悩みつつも喜ぶのでヘンリーのことは考慮に入れないこととする。
「仕方ないですね。センパイはきっと、盾の対になる剣とかがいいのでしょう」
「剣が来たら盾! 剣が来たら盾! なのです!」
「そんなことはない。個人的には、日常生活で役に立つようなマジックアイテムがいいんだが」
「あ、ドライヤーとかほしいですね」
「ああ。水道……勝手に水が湧く水瓶とか、そういう方向性だな」
「夢がないのう」
ミュリーシアの声に、非難めいた響きはない。
むしろ、トウマらしいと白い牙を覗かせる。
「なにか見つけたのです」
「ここに、なにかあるな」
偶然にも、その声が上がったのは同時。
トウマの視線の先。マグマが冷えて固まった亀裂に、きらりと光るものがあった。
「妾が取り出そう」
「こっちは、リリィが取れるのです!」
ミュリーシアが羽毛扇をあっと開くと、影術で縒った糸がドレスから伸びる。それが亀裂に潜り込み、まるで釣りでもするかのように光る物体を取り出した。
「器用だな……」
「この程度なんでもないわ」
「それで、一体なにが出てきたんです?」
「こっちは指輪だったのです!」
リリィが天高く掲げたのは、銀の台座に六角形のルビーがはめ込まれた指輪だった。
「同じ物みたいだな」
そして、トウマが見つけたのも同じ物。
「指輪じゃな」
「指輪ですね」
レイナが、二重の瞳をさらに大きく見開く。緑がかった瞳が、さらにきらきらと輝いていた。
「これはもう、運命なのでは?」
「その場合、共犯者とリリィの運命ということにならんかの?」
「うっ。いや、でもリリィちゃんなら……」
サイドテールを振り乱して苦悩するレイナ。
その間に、トウマはミュリーシアから指輪を受け取って左手にはめた。
「……なんだか、涼しくなってきたような気がするな」
明らかに、体感気温が下がっていた。
まるで《エボン・フィールド》を展開していたときのように熱気も感じない。
「熱への耐性でしょうか」
「環境への適応かもしれぬぞ」
環境への適応であれば、雪山でも快適に過ごせるということになるのだろうか。だが、今は確かめる術はない。
「なるほど~。名前はどうするのです?」
「任せた」
耐性の指輪と言いかけるが、素早く飲み込む。
トウマの学習能力は高かった。
「まあ、あんまり飾らずワスプアイズとかでいいんじゃないですか? 宝石も六角形ですし」
「ハチの瞳の指輪か。ひねりはないが、良いのではないか?」
「じゃあ、トウマ。こっちの指輪を、レイナにつけてあげるのです」
「ああ、分かった」
リリィから指輪――ワスプアイズを受け取り、トウマはレイナの手を取った。
「必要があったとはいえ、大切な指輪をジルヴィオに渡してしまって悪かったな」
「いえ。まあ、それはあたしも賛成したことですし?」
語尾を上擦らせて、レイナが挙動不審に視線を彷徨わす。
利き手では邪魔になるだろうと、左手の人差し指にワスプアイズを通す。サイズを自動調整する機能があったようで、ぴったりとはまった。
「うう……。迷いますね……」
せっかくトウマにはめてもらったのだから、そのままにするか。それとも、薬指にはめ直すか。レイナは、選択を迫られる。
「さて」
ミュリーシアが羽毛扇を開き、飾り板の向こうに開いた道へと向き直った。その表情は、誰からも見えない。
「他にはなにもなさそうじゃ。先に進むとするかの」
「リリィの前は、誰にも歩かせないのですよ!」
リリィが先行し、あたふたとレイナが追いかける。
暗い、緩やかな下り坂。
傾斜はそれほどでもなく、継ぎ目のない石造りで足下も問題ない。
しばらくして、レイナも落ち着いたのか。周囲に警戒をしつつ、隣を歩くトウマに話しかける。
「そういえば、さっきミュリーシアが言っていた階層核のことなんですけど」
「ああ。とりあえず、重要な存在というのは伝わってるけど」
「はい。定義的には、その階層で最も魔力を保持している存在。一般的には、いわゆるモンスターのボスですね」
「無力化するまで、モンスターを無尽蔵に生み出しつつづける魔法陣という例もあるぞ」
「その階層における、魔力異常の中心ということか……」
前を行くミュリーシアが、軽く羽毛扇を振る。正解、ということらしい。
「ダンジョンがある限りは、しばらくすると復活しちゃいますけどね」
「うむ。ゆえに、同じ階層核の討伐を繰り返す場合もあるの。階層核となれば、確実にマジックアイテムを残すからの」
「知らないだけで、光輝教会もやっていそうだな」
適切に管理できれば、マジックアイテムが確実に手に入るマラソンのようなもの。
このダンジョンも、そうできる可能性がある。
「まあ、俺も玲那もその管理の手からは逃れられたけど」
「その通りじゃな。愚者も時に鏡となるというからの」
反面教師と同じ意味だろうか。
ミュリーシアの言葉に、トウマはうなずいた。
そのまましばらく、薄暗い下り坂を進み――
「トウマ! でっかい扉があるのですよ!」
「思わせぶりな、扉じゃな」
「いかにもですね」
――高さ10メートルはある、巨大な門に出くわした。
火口にあったダンジョンの門に、少し似ている。
「そうか。ここで、さっきの鍵を使うのか」
しかし、その予想は外れた。
重低音を響かせて、自動的に扉が開いたのだ。
「結局、あの鍵はなんだったんだ?」
「せっかく取ってきたのに、失礼なダンジョンなのです」
ぷんぷんと、リリィが頬を膨らませる。
怒ってはいるのは明らかだが、かわいい以外に言葉がなかった。
「不満は分かるが、濃密な魔力が漏れ出ておるぞ」
「間違いなく、階層核です」
巨大な蛇が這いずるような音を立てながら、扉が開く。徐々に、その向こうの景色が露わになる。
そこは、そこが小さく天井が広いすり鉢状の空間。
扉は、その中腹当たりに設置されていた。
どこからともなく照明が灯り、全景が露わになる。
壁には、無数の棺が安置――立てかけられていた。そのひとつひとつから、黒いケーブルがへその緒のように伸びている。
その先は、うずくまる巨人につながっていた。
暗く赤い。赤銅の装甲をまとった巨人に。
「ああ、そうか。ロボットの図面……」
なんとか反応できたのは、トウマだけ。
それ以外の全員が驚きに固まっている間に、無数のケーブルが脱落した。
それが起動の合図。
背中の煙突から煙を噴き出し、赤銅の巨人が大地を踏みしめ直立する。
直方体を横に倒した両眼に、黄色い光が灯った。
あの紙束に書かれていたロボットの絵。
ただの概念図だと思っていた。
あれが実際に作られていたとは、予想外にもほどがある。
あまり変わらないトウマの表情が、わずかに引きつった。




