054.リリィ舞う
「さて、共犯者への心配が空振りしたレイナはそっとしておくとして」
「全然、そっとされてないですけど!?」
「心配をかけたのは悪いが、とりあえずはこの部屋の探索だな」
「心配じゃないです。注意です、注意。センパイは、妙に優しいところがありますから」
「妙じゃなくて、トウマは優しさの精霊様なのですよ~」
ありがたやと、リリィがトウマを拝む。
その頭を撫でて気恥ずかしさをごまかし、トウマはまず部屋を観察する。
「さっきの亀の部屋よりは狭いか」
それでも、縦に30メートル、横幅は20メートル。高さは5メートルほどはある。
体育館を一回りほど小さくしたような空間は、入り口と同じく白い継ぎ目のない石で構成されていた。
奥のほうでまたふたつに道が分かれており、溶岩の滝ではなく幅2メートルほどの溶岩の小川
でどちらも行く手が塞がれていた。
相変わらずの熱気だが、《エボン・フィールド》がなくても耐えられる程度。体が慣れたのか、それともレッドボーダーの力が働いているのかは分からない。
「テーブルと椅子が、いくつもあるのですよ~」
「これ、全部木製だよな。よく燃えずに残ってたな」
「あたしのスキルにも、植物を燃えにくくするスキルはありますよ。不燃とはいかないですけど」
「じゃが、これを全部か? 随分と剛毅な話よの」
部屋には、大きめのテーブルが八つ等間隔で配置されていた。それに椅子が六脚ずつ。飾り気のない実用性優先の家具だが、すべてが低級とはいえマジックアイテムだとすると一財産だ。
「とりあえず、持って行ける物は持っていきましょう。石の椅子からの卒業です」
「うむむ。座り心地に難はあるが、クッション次第で問題は解決されるであろう?」
「あれ、重たくて位置ずらすのも大変じゃないですか」
「それは妾にはない視点じゃな。であれば、強度に問題がない程度に肉抜きをするかの……」
「ここに置いてても使い道がないから、持ち出すのは別にいいんだが」
トウマはテーブルのひとつに近づき、乱雑に置かれていた紙束を手にした。
「文字はかすれて読めないけど、この絵は……ロボットか?」
召喚時に自動的に付与された意思疎通のスキルは読み書きにも有効だが、虫喰い状態では無効化される。
だが、絵であればある程度類推はできる。
そこに描かれているのは、全身鎧を身につけた巨人の絵姿。
トウマがそれをロボットと表現したのは、例外なく背中から煙突のようなものが生えていたから。
中には、腕がそのまま武器になっていたり、人の上半身に蜘蛛のような多脚や三角形のキャタピラがくっついているものもある。
「こっちの世界だと、ゴーレムっていうんじゃないですか?」
「違いはよく分からないが……これって、一般的な物なのか?」
ミュリーシアとレイナが、そろって首を横に振る。それを真似して、リリィもぶんぶん首を振った。
「人との比較図もあるが、かなり巨大なようじゃのう」
ミュリーシアが無遠慮に近付いて、トウマが持つ紙束をのぞき込む。
香気芬芬。星空のような銀髪が顔をかすめ、さわやかな香りを運んでくる。
思わず心臓がはねたが、トウマは平静を装った。
「ここまでの巨大さじゃと、機械種ウォーマキナとはまた別物であろうの」
「そうなると、こういう巨大兵器の研究でもしていたんでしょうか?」
「待った。ダンジョンって、魔力異常で生まれるんだよな? それがなんで、研究施設になってるんだ?」
魔力異常により形成された、人外魔境。それがダンジョンだったはず。
それと研究施設が、トウマの中では結びつかない。
「ダンジョンに取り込まれたかの? あるいは……」
「研究の失敗で、魔力異常が発生したとかですかね」
「ぶっそうな話なのです」
ぶるぶるぶると、リリィが青いワンピースをまとった体を震わせる。つい先ほど、コウランに恐怖を与えたゴーストとは思えない。
「そういうこともあるのか、本当になんでもありだな」
「常識は捨てたほうがいいですよね、難しいですけど」
「結論は、もう少し調べてからで良かろう」
ミュリーシアとレイナが、他のテーブルへと移動する。
トウマはそれに参加せず、レッドボーダーを片手に周囲の気配を探っていた。
しかし、二人とも笑顔になることはなかった。
「残念ながら、収穫はなさそうですね」
「こちらも同じじゃ」
10分ほど探索をしたが、特に成果は得られない。
「他の資料も、文字が読めないのは変わらないですね。日記とかあると良かったんですが」
「分かったのは、文字からして神蝕紀もしくはその直後に書かれたことぐらいじゃな」
「リリィのご先祖と同い年なのです!」
紙束を持って、リリィがくるくる空を飛ぶ。
「情報は得られなんだが、この環境で残っていただけ幸運じゃったということであろうな」
「ああ、周辺に霊魂の気配もない」
未練も持たずに死んだのか。それとも、時間が経ちすぎて未練を抱えたまま消滅したのか。
今のトウマにできるのは、前者であることを祈ることだけ。
叶えてくれるのであれば、旧き神でもナイアルラトホテップでも構わなかった。
「これ以上は、なにもなさそうじゃな。今度は、左側に行くかの」
「了解」
机が並んでいた部屋からは、ふたつの道が延びている。
直感で選んだミュリーシアに従い、そちらへと移動する。
幅2メートルほどの溶岩の小川があるが、レッドボーダーが巨大化して橋になってくれた。鏡面になっているため注意が必要だが、幅跳びをするより遙かにましだろう。
「レッドボーダーのお陰で、楽ができるな」
「妾が飛んで運んでも良いのじゃがな」
「どんだけ、人のことを飛ばしたいんですか」
ミュリーシアとリリィが飛行状態になって見守りつつ、トウマからレッドボーダーを渡る。
歩きやすいとは言えないが、小川全体を覆うほど大きくなっているため安心感はある。
「パイプを渡るよりは安全というところかな。無理そうなら、玲那はそっちで待機していてもいい」
「なにを言っているんですか。センパイにおいていかれるぐらいなら死にますよ」
「死なないでくれ」
慎重に真ん中まで進んだところで、足下からの震動に襲われた。
「センパイ!?」
「トウマ、大丈夫なのです!?」
足下の溶岩の小川。そこから突然マグマが噴き出したのだ。
「いや、大丈夫だ」
なんとかバランスを取って、向こう側へジャンプ。
その先。溶岩の小川の対岸を踏んだところで、またしてもトウマの体が傾いた。
バランスを崩したのではない。
足下が崩れたのだ。
「まさに、晴れの日の傘じゃな」
影術で編んだ帯に引き上げられ、間一髪で落下せずに済んだ。
足下には、崩れた地面とマグマが見える。
「あのままだったら……考えるまでもないし、考えたくもないな」
「悪意しかないですね……」
「ああ……。助かった。ありがとう」
「なんの。こういうときのために、妾がおるのだ」
影術の杭を放って地面の強度を確認してから、トウマを落とし穴の先へと運ぶ。
レッドボーダーは、そのまま。影術で編んだハーネスで飛行状態にして、レイナも合流させた。
「天井から、ローリングストーン。地面に落とし穴。次は、壁からガスでも吹き出るかの」
「真面目にありそうだな」
レッドボーダーを回収して装備し直しつつ、トウマは息を吐いた。
うんざりするが、ここでやめるわけにはいかない。
「やっぱり、国にして良かったな」
「どうしたんじゃ、夏に降る雹でもあるまいに」
「いや、ただの村だったら別の場所に移住できる。けど、国を作れるような土地はここにしかないからな」
「リリィちゃんたちが移動できない以上、ここで頑張るしかないですしね」
「ああ。モチベーションは重要だ」
やるべきこととやりたいことを一致させ、トウマたちは先に進む……が。
行き着いた楕円形の空間に他への道はなく、マグマではない水場がひとつあるだけだった。
「また行き止まりですか」
「まあ、どっちにしろ全部回ることにはなるだろうしな」
「共犯者の言う通りじゃ。それに、今度はマグマの沼ではなく綺麗な水のようじゃぞ」
ミュリーシアが羽毛扇を閉じて、水場を指し示す。
トウマがそちらへ近付こうとして、足下の石を蹴ってしまった。
それがおむすびのようにコロコロと転がって池にぽちゃりと落ち――じゅっと消滅した。
「硫酸……ですかね?」
「すまぬすまぬ……。妾の目が節穴じゃった……」
「シアが気付かなかったら、誰も気付けないな」
「でも、中にお魚さんが住んでいるのですよ?」
こてんと首を傾げるリリィ。
三対の視線が集中する。
「それから、なんかきらきら光ってるのもあるのです」
「……リリィ、頼む」
「頼まれたのですよ~」
ぴしゅっと手を挙げると、硫酸の池に元気よく飛び込んでいった。
びりびりと雷光が走るが、リリィには関係ない。
「光って面白いのです」
「リリィちゃん、わりと普通に無敵ですね……」
「ああ。不明には恥じ入るばかりだな」
感心とあきれがない交ぜになった心境で待つことしばし。
「ただいまなのですよ~」
金髪の三つ編みや青いワンピースに、なにひとつ変わった様子はなく。
その手には、緑色に輝く鍵のような物が握られていた。
「ありがとう、リリィ。助かったよ」
「役に立てて、リリィはとってもうれしいのです」
上機嫌で、くるりとリリィが宙を舞った。




