052.待ち伏せ
「攻撃に備えよ!」
「亀でもスッポンでも、炎とか吐き出さないですよ」
巨大な赤亀が、凶悪な面構えから口を大きく開いた。
口内に炎が収束し、赤い光弾を形成する。
「まったく、もう! 魔力を30単位。加えて精神を15単位。理によって配合し、なにものにも染まらぬ防壁と為す――かくあれかし」
トウマよりも先に、レイナがスキルの詠唱を終える。
同時に、巨大な赤亀が火炎弾を発射した。
「《ロータス・ヘキサ》」
一と二と三の蓮の花が重なり、三重の防御壁が虚空に出現する。
それは緑と桃色が入り交じった優しい光を放ち、火炎弾を柔らかく受け止めた。
蓮の花に囚われ、火炎弾が爆発する。大気とダンジョン全体が大きく震え、ミュリーシアでさえも眉をひそめた。
直撃は防いだ。
だが、余波だけで《エボン・フィールド》は削られていた。色が一気に薄くなる。
「やっぱり、完全には相殺できませんね。このダンジョン、あたしと相性が悪すぎます」
「いや、充分だ。助かった」
地面を覆うように広がるマグマに注意しつつ、トウマは次の手を決めた。
この状態で《エボン・フィールド》が解けたら、それでゲームオーバー。コンティニューはない。
だから、速攻で片を付ける。
「リリィ、合わせてくれ」
「よく分からないけど、分かったのです!」
「魔力を15単位、加えて精神を10単位。理によって配合し、根源的恐怖を与える――かくあれかし」
不死種の中でも、ゴーストのような霊体を持つものたちに備わるチルタッチ。軽く触れただけで、悪寒とともに得も言われぬ怯えと不安を呼び起こす恐怖の接触。
「《テラー・ハンド》」
それをさらに増幅させるのが、《テラー・ハンド》のスキル。
「今なら、通じるはずだ」
「いきなり出てきて、びっくりしたのですよ!」
頬を膨らませたゴーストの少女が飛び下り、赤い甲羅を両足で思いっきり踏んづけた。
その両足は、黒い光をまとっている。
「《テラー・ハンド》ですけど、足でもいけるんですね」
「あれは、リリィなりのアレンジってところだな……」
傍目には、ホラーからかけ離れた光景。
しかし、マグマに耐える甲羅と肉体を有していても生物であるからには恐怖から逃れられない。
身を切るような悲鳴を上げると、巨大な赤亀がマグマの沼へと逃げ帰ろうとする。
「シア、後は任せた!」
「うむ、任された」
翼を生やすと、ミュリーシアが《エボン・フィールド》から出た。
周囲の熱気に赤い瞳を細めるが、それだけ。
光輝燦然。星空のように美しい銀色の髪をかき上げると、虚空に無数の杭が出現した。
影の杭たちが赤亀目指して飛び、その途中で寄り合わさって、ねじれ、回転し、ひとつになる。
螺旋を描く円錐の杭。
「今の妾に出会うたのが、そなたの敗因よ」
それが赤い甲羅に突き刺さり、跳ね返されそうになり、押さえつけ。
回り。
回り。
回り。
マグマに潜ろうとして、逃さず、甲羅を削り、穴を開け。
突き通し――貫いた。
光が、空間を支配した。
巨大な赤亀は魔力となって霧散し、それに連動してかマグマが急速に冷えて固まる。
その上に、重たい音を立てて一枚の盾が落下した。
「ほう、マジックアイテムを残しおったか」
「終わり……で、いいんだよな?」
トウマは、安心していいのか喜んでいいのか分からず。
とりあえず、制服の胸元を緩めて大きく息を吐いた。
「共犯者よ。もう、《エボン・フィールド》を解いても支障ないぞ」
「ああ、ありがとう」
レイナの緑がかった瞳と視線を合わせてから、トウマはスキルの持続を解除した。
熱風にさらされるが、沸騰湾の近くとそう変わらない。足下まで迫っていたマグマも冷えて固まっており、危険はなさそうだった。
「あのモンスターの魔力とマグマが、連動していたってところでしょうか」
「理屈は、考えるだけ無駄だな」
魔力異常と、その結果生まれたダンジョン。
そこに物理法則とか常識を当てはめようとしても、無駄な努力だろう。
「それよりも、トウマ。マジックアイテムなのですよ、マジックアイテム!」
「やけにうれしそうだな、リリィ」
「だって、格好良いのですよ!」
トウマは小さく肩をすくめたが、なんにせよ確かめないわけにはいかない。
「うむ。普通に歩けるの」
翼を仕舞って地面に降り立ったミュリーシアが、安全を確認。
トウマはレイナと一緒に、冷えて固まったばかりの溶岩を歩いてマジックアイテムへと近付いていく。
分類としては、タワーシールドということになるだろうか。
やや湾曲した長方形で、光沢を放つ赤い盾だった。
それほど背が高いとは言えないトウマだが、全身隠せる大きさの盾となると相当な迫力。
「なんだか、警察が持ってる盾みたいだな」
「あれは、透明ですよね」
機動隊が持つ盾とは違い、赤とより深い赤の横縞。盾の中心には、六角形の意匠が四つ描かれていた。
「あのモンスターの甲羅が、この盾になったということか?」
「う~ん。そういう例もあるらしいですけど、どうでしょう?」
「単純に、性質を引き継いだというだけではないかの」
「そうですね。あたしとセンパイの指輪も、ふたつの頭があるモンスターを倒したら出てきたんですよ」
「そうだったのか」
「はい。人間の上半身とライオンの下半身で、お腹の辺りにライオンの頭があるモンスターでした」
想像していたふたつの頭とは違ったが、モンスターがそのままマジックアイテムになるわけではないのは理解した。
もしそうだったら、黒騎士が大量に武器防具を残していなければおかしい。
「モンスターを倒したら、必ずマジックアイテムが出てくるわけでもないのか」
「うむ。正常な魔力へ還元可能な量にも、限度があると言われておる」
「戻りきれなかった魔力が、マジックアイテムの形を取って残るわけか……。そうなると、八岐大蛇もモンスターだったりな」
理屈としては正しいと思える。
レイナもなにも言わないので、トウマはそういうものだと思うことにした。
「まあ、学者の戯言かもしれぬがの」
「それよりも、どんな能力なのか知りたいのです!」
「同感だけど……な」
しかし、見た目からは綺麗な盾ということぐらいしか分からない。もちろん、説明書が添付されているようなこともなかった。
「巨人のつるはしもそうだったけど、使ってみるしかないか」
「それ以前に、これ持てます?」
「持てるじゃろう」
「ミュリーシアには聞いてないんですよねー」
レイナは、なんでもないようにトウマの手を握って頭上に掲げた。
「防御力、要するに生存性を上げるのであればセンパイ一択なんですから」
「シアが装備しても……いや、影術で防御はできるか」
「無駄にはならないでしょうけど、全体を考えれば効率的とも言えないですね」
手を下げ、レイナを振り解く。
トウマは、特に気負った様子もなく盾の持ち手を握り全力で引っ張り上げる。
「おおっと」
予想外のことに、トウマはバランスを崩してたたらを踏んだ。倒れることこそなかったが、珍しく怪訝な表情を浮かべている。
「なんだこれ? やたらと軽いな」
そう。予想外に軽かった。
段ボールでできているかのよう。片手で、自由に振り回すことができた。
「軽量属性でも付与されておったか」
「それとも、元々そういう素材なのか……だな」
そこは、確かめようがない。
「とりあえず、俺が装備させてもらおうか」
レイナも守れるし――とは言わず、トウマは握りを確かめる。
手が塞がっていても、スキルの使用に支障はない。緑の聖女に防御系のスキルが多々あることも考えれば、最適解だろう。
「名前は? 名前はどうするのです?」
「名前? いるか?」
「いるのです! 格好良いのがいいのです!」
「盾はこのひとつだけなんだから、区別はつくと……いや、そうだな。名前は重要だな」
きらきらとしたすみれ色の瞳に見つめられ、トウマはあっさりと手のひらを返した。
なくても困らないが、逆に、あっても困らない。
「名前……赤甲羅の盾か?」
「うむ。共犯者に名付けのセンスはないようだの」
「悔しいですが、反論できませんね……」
「じゃあ、任せる」
このまま戦っても勝ち目はない。トウマは、あっさりと白旗を揚げた。
「はい! はい! リリィは、コウランがいいと思うのです!」
「甲羅と亀は、一度忘れましょう」
「せっかくだから、あのモンスターの名前をコウランにしようか」
「やったのです。じゃあ、マジックアイテムの名付け親はミュリーシアとレイナに譲るのですよ~」
コウラン、コウランとリズムを付けて呼びながら、リリィが空を飛んだ。
その下で、ミュリーシアとレイナが、同じポーズで考え込む。
「そうなると、火、マグマ、赤、ルビー……。由来にするとしたら、こんなところかの?」
「ですね。あとは、この盾の形ですかね」
「この六角形の模様も、特徴といえば特徴かの」
こうしていると仲がいいよなと、トウマは心の中で微笑んだ。
やはり、協同作業は絆を育むのだろう。
「紅玉の守り、岩漿の盾……。う~ん。イマイチですね」
「盾というよりは、妾には扉のように見えるの」
「扉ですか。確かに、似てますね。扉は閉じる、遮る、分ける、区別する……あっ」
なにかに気付いたように、レイナが手を叩いた。サイドテールが、軽く揺れる。
「よくよく考えるまでもなく、この盾はボーダー柄じゃないですか」
「ああ、横縞だな」
「まあ、本来的な意味だとストライプが縦縞でボーダーが横縞ってわけでもないんですが」
「そうなのか? ああ、それもそうか。ひっくり返したら、縦も横もないな」
便宜上の分類というだけだろう。
そして、今はそれは本質ではない。
「分かりやすく、レッドボーダーなんてどうですか?」
「いいんじゃないか」
「妾は、悪くないと思うの」
「レッドボーダー! なんだか格好良いのです! 賛成なのです!」
「じゃあ、それにしよう」
赤甲羅の盾改め、レッドボーダー。
このダンジョンで初めての戦利品。
そういう場合ではないことは分かっているし、やるべきことはきちんとわきまえている。
それでも。
「改めて見ると、これって結構格好良いんじゃないか?」
実際に武器や防具を手にすると、なんとなくわくわくしてしまう程度にはトウマも男子だった。




