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使い捨てられ死霊術師のゴーストタウン建国記  作者: 藤崎


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047.温泉の滝

 大量の水が、ごつごつした岩肌を流れて滝壺へと落ちていく。

 ごうごうと水が流れる音が、耳だけでなく内臓をも揺さぶった。


「日本にあったら、この滝は観光地になってるな」

「温泉地にありそうですよね……。そう、温泉ですよこれ!」


 影術で編まれたハーネスに吊られたまま、レイナは二重の目を見開いた。


 緑の聖女の力を使ったわけではない。

 水飛沫だけでなく、湯気も上がっているのだ。自然の温泉で間違いなかった。


「温泉だよなぁ。温泉って、滝になるものなんだな」

「トウマ、トウマ。温泉って、なんですか?」

「地下の水脈が火山の熱で温められて、お湯になって噴出してるんだ」

「地面からお風呂が沸いてきてるようなものですよ。しかも、美容にも健康にもいいんです」

「ふえぇぇ。だから、トウマもレイナもうれしそうなのですね!」


 我が事のように喜び、リリィが空中でアクロバット飛行を決める。


 その向こう。滝壺からさらに、棚田のような地形に温泉が流れていっている。階段状に温泉の池ができあがっている。


 まるで、天然の浴場だ。


 木々に隠され、近付くまで見つからなかった絶景。


「ほほう。上から見ただけでは、分からぬものもあるのだな」


 それと同じくらい美しいミュリーシアも、影術でトウマとレイナをつり上げながら感心していた。


「ああ。この世界に来て、一番綺麗な場所かもしれないな」


 風光明媚。そう表現すると観光地の営業文句のようで、途端に怪しげになる。

 しかし、本物を前にしたら些細なこと。まったく気にならない。


 圧倒的な水量が流れ続ける滝。

 そこから階段状に流れていく温泉。


 そこらの観光地とは、桁が違う。比べものにならないスケール。


 風光明媚。清らかで美しい、自然の風景。

 グリフォン・フジの裏手に隠されていたのは、感動的な光景だった。


「確かに、雄大ですね」

「なんだか、異世界って感じがするな」

「滝から温泉とか、普通ないですよね~」


 つり下げられている状況も忘れて、トウマは眼下の光景に見入っていた。

 レイナは、どちらかというとそのトウマの横顔のほうが気になっていた。


「共犯者もレイナも、随分と食いついておるのぅ」

「二人とも、うれしそうでリリィもうれしいです」


 グリフォンの心臓――王宮があるゴーストタウンから見て、グリフォン・フジの裏側。

 だから、本格的な探索まで気付かなかった。


 まさか、そこに温泉が隠されていたとは。


「温泉だからな」

「温泉ですからね」


 期待通りのものが、予想以上の形で現れた。

 二人とも、喜ばないはずがなかった。


「ミュリーシア、悪いけど下ろしてくれ」

「そうですね。温度とか確認したいですし」

「共犯者に言われては、断れぬの」


 和顔愛語。子供のわがままを鷹揚に受け入れる母親のように優しく、ミュリーシアは滝壺の側に下りていった。


 飛沫が飛んで滑りやすくなっている地面を歩いて、広大な滝壺へと近付いていく。


「すごい音なのです!」

「やっぱり、結構な熱気ですね」

「沸騰湾ほどではないの」

「そこで対抗されても困る。さすがに、あの海に入る気にはなれないからな」


 水飛沫が舞う滝壺。

 温泉のミストシャワーを受けて、トウマは気持ちよさそうに目を細める。水浴びはしていたが、やはり温かなお湯は格別だ。それが、温泉となればなおさら。


 不朽属性が付与された制服は、この程度ならすぐ乾かしてしまう。気兼ねなく浴びられる。


「映画なら、あの滝の裏になにか隠されてるところだな」

「あるあるですねー」


 そのせいか、トウマらしくない軽口まで出た。


「はっ!? ここなら、海と違ってリリィも入れるですか?」

「まあ、害はないだろうが……」


 逆に、温泉の効能も期待できない。

 けれど、リリィにそんなことは関係なかった。


「安全とか滝の裏を、ひとっ走り確かめてくるのですよー」


 止める間もなく、乳白色の温泉にダイブ。

 水中を泳ぐのではなく飛び回って滝壺の安全を確認すると、そのまま滝を登った。


 鯉のように竜に変わったりしなかったが、陽光に照らされるリリィの表情は天真爛漫。例えようもなく楽しげだ。


「リリィ……。また、勝手に……」

「なんとも、こう……。シュールな光景ですね……」

「元気があって良いではないか」


 ぽんっと閉じたままの羽毛扇で手を叩くと、ミュリーシアはその場にひざまずいた。

 その繊手を滝壺の湯に差し入れると、軽く左右に動かす。


「どれ……。ふむ? 共犯者たちには、やや温度が高いかもしれぬな」

「すまない。ありがとう」

「なに、適材適所というものであろうて」


 ミュリーシアからの情報を受けて、レイナは滝壺から下へと注ぐ温泉の河口へと移動した。

 何段にも分かれて、温泉の池ができあがっていた。下のほうへ行けば行くほど、温度も下がることだろう。


「やっぱり、この滝壺から流れ落ちて、下のほうで池みたいになってますね。入るなら、そっちですか」

「そうだな。まあ、温度が高ければ高いなりに温泉卵とかは作れそうだが」

「観光地っぽくって、いいですね。そうなると、“王宮”から離れてるのがネックですね」

「自然に流れる湯を前にして、風呂と料理のことが出てくるとは。共犯者たちの国は、一体どうなっておるのだ?」

「どうって……」


 レイナが、頤に人差し指を当てる。


「たいていの外交的非礼は許せても、食品の偽装には怒り狂う国ですかね?」

「否定できないが、それだけじゃないからな」

「ふはは。良い、良いではないか」


 滝壺温泉に手を漬していたミュリーシアが、立ち上がってまとわりついていた湯を払う。


「妾たちのアムルタート王国も、その系譜を継ぐことになりそうだの」

「もちろん、食の安全は生活の。延いては国の基本ですからね」

「そこにだけ注力されても困るんだが……」


 渋い顔をするトウマ。

 そのタイミングで、満足をしたのか。リリィが戻ってきた。


「滝の裏には、特になんにもなかったのですよー」

「ああ、うん。ありがとう……」


 滝壺温泉の上に浮くリリィだが、もちろん濡れてはいない。

 なにか危険があったわけでもない。


 しかし、トウマの表情はさっきと変わらずだった。


「リリィちゃん、触ろうと思えば触れるのに濡れずに済むって便利すぎません?」

「なってみると、ゴーストも意外と良いものなのですよ!」


 ふふんっと、リリィが体を反らせる。反りすぎて、くるんっと一回転してしまったのはご愛敬といったところか。


「安全を確認してくれたのは助かったけど、ちゃんと俺たちがいいと言ってからにして欲しい」


 行くなとはいわない。

 だが、相談してもらえればスキルを付与して強化してから送り出すこともできる。


 そう言いたかったトウマだったが、その前にリリィが首を振った。


 すみれ色の瞳からは、光が消えている。


「う~ん。でも、トウマに反対されてもリリィはやるですよね? トウマになにかあったら、リリィだけの問題じゃないのです」

「……だからって、リリィが危険な目に遭ったら意味がないだろう?」

「これ、二人とも。その辺にしておくが良かろう」


 ぱんっと手を叩いて注目を集めてから、トウマとリリィを交互に見る。


「リリィの気持ちは尊重するが、共犯者の心配ももっともじゃ。反省せよ」

「はいなのです……」

「共犯者も、ちと過保護すぎじゃ。子供のようじゃが……まあ、実際子供じゃがゴーストでもある。そうそう危険な目に遭うこともあるまいし、状況もわきまえておろう」

「……そうだな」

「うむ。これにて、一件落着よ」


 国王らしい采配を魅せ、ミュリーシアは黒い羽毛扇をぱっと開いた。

 実に満足そうだ。


 けれど、レイナは棚田から落ちていく温泉のように軽く流す。


「それじゃ、どうやって温泉に入るか考えましょうか」


 そう言ったレイナの表情は、真剣そのものだった。


 この世界に来てからも、この島に来てからもずっと清潔さには気を遣っている。

 だが、日本にいた頃ほどとは思えない。


 そこに、降って湧いたようなこの温泉。


 日本人として。

 それ以上に、一人の乙女として


 この機会を逃すわけにはいかなかった。


 絶対に。

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― 新着の感想 ―
[一言] とりあえず動物のスケルトンを漬け込んで硫黄泉とかカリウム泉とか確認しようw
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