046.グリフォン・フジ
「よく眠れましたか、セ・ン・パ・イ?」
「どう答えても俺に得がないので、回答は拒否する」
朝。“王宮”の私室。
美少女と美女に挟まれたトウマの目つきは、寝起きでさらに険しくなっていた。
よく眠れたと答えたら、「じゃあ、ずっとこのままで問題ないですね」と返される。
逆に眠れなかったと言ったら、「なるほど。あたしたちを意識していたということですね」と勝ち誇られる。
どっちにしろ負けるのであれば、不戦敗のほうがまだマシだ。
「寝起きから、共犯者の頭脳は冴えておるようだの」
「う~ん。どちらかと言うと、警戒されているだけだと思うんですけど」
「それを自分で言うのが、一番の問題ではないかの?」
レイナの名推理を、ミュリーシアは言下に叩き落とした。
「ところで、そろそろベッドから出たいんだが?」
半身は起こしているが、両脇の二人はまだベッドに横たわっている。
正直なところ目に毒だし、触れてしまうかもしれないと思うと迂闊に動けない。蛇ににらまれた蛙のほうが、今のトウマより自由だろう。
「えー? いいじゃないですか。自分で言うのもなんですけど、このベッド寝心地良くないです?」
「それを認めるのは、妾もやぶさかではないの」
レイナが《ファブリケーション》で編んだ籐のベッドは通気性が良く、三人の体重を当たり前のように支える耐久性もあった。それでいて、適度な弾力も備えている。
それに、ゴーストシルクに枯れ草を詰めた布団も肌触りは最高。吸湿性もあり、寝起きもさわやか。
なにより、ふかふかとして地球で使っていたベッドより寝心地はいいくらいだった。あんな緊張状態だったのに、体が強ばっていない。肩も腰も、実に軽かった。
「そうだけど、そういう話じゃない」
「仕方ないですね。どうせ、ここじゃ早寝早起きにならざるを得ませんから」
意外と素直に、レイナはベッドから下りた。
ぐぐっと伸びをして、魅力的でスレンダーな肢体を惜しげもなく晒す。
「この状況が不健全だというだけで、二人のことが嫌なわけではないからな」
レイナの横をトウマが通り過ぎていくが、表情は見えない。
その背中に向かって、レイナはグロスが塗られた指先を突きつけた。
「分かっていますよ。でも、新しいベッドを買うまではこのフォーメーションですからね」
「つまり、ヘンリーの体がどうしても必要というわけか……」
幽霊船ワールウィンド号の備品と同じく、
それを回避するためには、依代となる体が必要だ。しかも、怪しまれない程度に人間らしい体が。
「とりあえず、朝食を摂りながら次にどこを探索するか話し合おう」
「そうじゃな」
褥に美しい銀髪を流したまま、ドラクルの姫は思う。
(ベッドがもうひとつあったとしても、部屋はふたつ。妾とレイナが同室になるかのう)
絶対にならないだろう。少なくとも、一筋縄ではいくまい。
しかし、トウマのやる気に水を差すのも野暮というもの。
なにも言わないだけの情けが、ミュリーシアにはあった。
昨日の残りのカツオは、そのまま塩焼きに。
そのカツオのアラで取った出汁で、スープも作る。
それに、蒸かしたイモ。
あとは、炊きたてのご飯があれば――というのが、今日の朝食だった。
「用意してくれたおばちゃんに感謝して、いただきますなのですよー」
「ああ、いただきます」
近くの川で身支度を調えた頃には、すでに準備は終わっていた。
円卓に集い、リリィに見守られながら朝食を食べ始める。
「それにしても、共犯者たちは棒二本で器用に食べるものじゃの」
「なにしろ、幼少期に保護者から特殊な訓練を施されますからねー。しかも、この箸の使い方が下手だと人間的に問題ありと烙印を押されるほどですから」
「間違ってないのが、あれだな。大げさではあるが」
「文化の違いというやつだの」
銀色の髪をかき上げながら、ミュリーシアは石の器でスープを口にする。
満足そうにひとつうなずくと、ルビーのような赤い瞳をトウマへ向けた。
「それで、共犯者よ。行くならやはり、グリフォンの爪かの?」
「そうだな……」
塩を振ったイモをスープで流し込んでから、トウマは口を喋るために使った。
「玲那にばっかり負担を掛けるわけにはいかないし、森は後回しでいいんじゃないか?」
「別に、あたしは無理とかしてないですけど?」
「それ以前に、植物関係でまたチョコレートのような発見をされても困るわ」
「え? ちょこれーと美味しかったのですよ?」
トウマが食べたスープにうっとりしていたリリィが、こてんっと首を傾げる。可愛らしいが、少しだけホラー映画テイストもあった。
「グリフォンの翼――山地の探索は、ほとんど進んでおらぬしな。それに、森と違って空から探索もしやすい」
「空からか……。まあ、どこにいくにも飛ぶことにはなるか……」
「そこでダメなら、あたしのスキルで人形を作れるか試しましょうか」
「妾が石像を作るのでも良いぞ」
妥協は必要だ。何事も、それは変わらない
「じゃあ、今日の探索はグリフォンの頭に決定だ」
「異議なしなのです!」
リリィが拳を振り上げて、気合いを入れる。
代わりに、トウマたちは朝食を詰め込んだ。
「今日はリリィも一緒なのですよ~」
昨日、置いていかれたストレスが溜まっていたのか。ゴーストの少女は、ご機嫌でくるくるターンを決めている。
三つ編みやワンピースの裾がはためくが、トウマに注意する余裕はない。
「さて、ダンジョンの入り口でも見つかればいいのだがの」
「いいのか?」
しかし、ミュリーシアの物騒な希望には反応せざるを得なかった。
「そうですね。あたしとセンパイの指輪の代わりになるようなマジックアイテムが欲しいですね」
「違う。そうではないわ」
高度を上げながら、ミュリーシアは首を横に振った。
「もっと必要な物があろう?」
「ヘンリーの依代になりそうなマジックアイテムか……」
魔力異常により誕生するダンジョン。その内部に発生するモンスターを適度に間引せねば、オーバーフロウなどの災厄を起こしてしまう危険な存在。
同時に、適切な管理が行われれば大きな利益をもたらしてもくれる。
様々なマジックアイテムが発生することもあるし、中には鉱山のように貴金属。それも、高純度な鉱石が見つかる場合もある。
鉱石が貴重な植物である場合もあるし、なにがあっても起こっても不思議ではない。
つまり常識からかけ離れた存在。
「でも、あたしたちだけで管理とか難しくないです?」
「かもしれんのう」
「堅実が一番だな」
博打をするのは自由だが、一か八かの賭けをしなくてはならないのは間違っている。
「よく分からないですけど、見つかる前から心配しても仕方がないと思うのですよ~」
「うむ。リリィの言う通りであるな」
ミュリーシアが微笑み、さらに高度を上げた。
高度を取って、グリフォンの頭全体を俯瞰しようとする。
「あの山、この辺だと一番ですね。結構高いんじゃないですか?」
レイナが指さしたのは、ふたつの峰からなる円錐状の山だ。麓には緑が広がっているが、少し高度が上がると茶色の岩肌が露出している。
「妾が岩を切り出したのは、あの辺りだの」
トウマが頭の中で、山にミュリーシアの姿を重ね合わせる。
雪月風花。美しい風景にミュリーシアが加わり、より一層魅力的なものになる。
まるで、故郷――日本で一番高い山のように。
「なあ、レイナ……」
「気付きましたか、センパイ」
「なんじゃ?」
その山には、火口があった。
活動はしていないようだが、明らかに火山だ。
「あの山、俺の故郷で一番高い山に似てるんだが……。火山なんだよ」
「火山とな……」
「この形ということは、成層火山かな」
「さすが受験生。詳しいですね」
「まあな」
富士山も成層火山の一種。大ざっぱに言うと、火山活動がすごければすごいほど高い山になる。そう考えれば、そこまで活発な火山ではないのかもしれない。
「リリィ、山が火を噴いたとか灰を降らせたとかいう記憶はあるか?」
「う~ん」
腕を組み、周囲を飛び回るリリィ。
「ないのです!」
「そうか。ありがとう」
「でも……。リリィたちの記憶とか、ほとんど当てにならないのですよ?」
「まあ、参考にはなるから」
なにしろ、他に聞ける相手もいない。
「しかし、センパイ。火山ということは……」
「ああ。温泉だな」
「噴火するかもしれぬとは考えぬのか?」
「それは自然相手だからな」
「それよりも、温泉ですよ。温泉」
111の活火山を有し、年に1500もの地震が発生する国の人間は格が違った。
「あの山……面倒だな、タロン山とでもしようか」
「いいんじゃないですか? グリフォン・フジとかよりマシですし」
「妾は、グリフォン・フジが良いと思うぞ」
「リリィもです! なんだか、格好良いのです!」
「マジですか……」
自分の出席番号と日付が一致していることに気付いたような表情のレイナ。
「とりあえず、保留でいいだろう」
「そうじゃな。まずはグリフォン・フジを探索といこうではないか」
保留にしても、既成事実化は諦めない。
反論が出る前に、ミュリーシアは高度を下げていった。




