045.歓迎会とその後
「センパイ、リリィちゃん。ただいま戻りました」
「うむ。待たせたの」
ミュリーシアとレイナが戻ってきたのは、それから二時間ほどしてからだった。
聞こえた声にほっとしつつ、トウマとリリィは出迎えのために“王宮”から外へ出た。
「おかえり」
「おかえりなのですよ~」
「とりあえず、森に自生してた食べられるキノコを採ってきました。あと、味付けに使えるハーブ類もです」
「聖女のお墨付きだそうじゃぞ」
「おや? 二人とも、微妙な表情ですね?」
「いや、それを疑っているわけじゃないんだが……」
「なんで、お魚なのです?」
グリフォンの翼――森へと行ったはず。
なのに、ミュリーシアの影術で急所を貫かれたまま運ばれてきたのはカツオのような魚だった。
「ふふふ。それはですね……」
「レイナが魚が食べたいと言い出しての」
「お肉ばっかりじゃ、飽きるじゃないですか。ニンニクも見つけたので、塩たたきができますし」
「ニンニク……。ミュリーシアは大丈夫なのか?」
「……あ」
「問題はないぞ」
「……ちっ」
「どっちなのじゃ」
レイナは、ぺろっと舌を出してごまかした。
「悪気はなかったけど、それならそれでミュリーシアへの切り札になったのにな……というところか」
「解説しなくていいんですよ!?」
「おばちゃん、お魚をさばいて欲しいのですよ~」
冷静な。あるいは食い意地の張ったリリィが、厨房を預かるおばちゃんのゴーストを呼ぶ。
「ああ、よろしく頼む。魔力を5単位、加えて精神を2単位。理によって配合し、彼の手を刃と為す――かくあれかし」
トウマはゴーストの手を取り、スキルの詠唱を始める。
「《ネクロ・エッジ》」
その手から、黒い光が溢れた。
これで、素手で魚をさばくのも問題ない。
「あ、塩たたきの調理法はあたしが教えますね」
「玲那の歓迎会なんだから、そんなに働かなくていいんだぞ?」
「好きでやってるから、いいんです」
「分かった。ああ、さっき氷を作るスキルを開発してみたんだが」
「マジですか? 氷水で締められるじゃないですか」
やったと、生き生きとした笑顔を浮かべるレイナ。
トウマはなにも言わず、好きにさせることにする。
「なんだか、トウマとレイナは分かり合ってる感じがするのです」
「妾も、共犯者のことはだいたい理解しておるがな」
「俺も、シアのことは理解してると思ってる」
「……ささっと、準備を終わらせいっ」
ミュリーシアがぱっと羽毛扇を開いて顔を隠す。
そうして、一時間もせずに歓迎会の準備は整った。
「あたしからの挨拶とか、そういうのはパスで」
円卓の間に集ったが、思いきり出鼻を挫かれた。
「まあ、素直じゃないところもあるけど根はいいやつなので仲良くしてやって欲しい」
「はいなのですよ!」
「だから、センパイはあたしのなんなんですか!?」
トウマの挨拶で、最初から盛り上がりを見せる。
「なに、そうかりかりするものではない。後から振り返れば、これもまたいい思い出になるというものよ」
「あたしは、今この一瞬を生きているので」
「まるで、閃光のようじゃの」
「大丈夫なのです。死んでも生きられることもあるのです!」
「そのお陰で、リリィちゃんと会えたのはありますけど」
「へへへ。なんだか、照れるのです」
「とりあえず、冷めないうちに食べたほうがいいんじゃないか?」
急だったので品数はそこまででもないが、いつものようにマッスルースターの塩焼きやヤシの実などが並んでいる。
品数の代わりに、今日は新作が多かった。
まず、食べられるキノコをあるだけ投入したスープ。
味付けは塩だけなのだが、マッスルースターのガラで出汁をとっているだけあって強烈な旨味がある。
言い出しっぺとして一口飲んだトウマは、ふう……と息を吐いた。
「美味い。でも、ラーメンが食べたくなるな」
「ああ、塩ラーメンっぽいですね。別にそんな好きじゃなかったですが、食べられないと思うと恋しいです」
「リリィたちも、きっとこんな想いを抱えているんだろうな……」
それを思うと、多少胃がはち切れても頑張ろうと思えてくる。
「それで、カツオの塩たたきはどうです?」
「これも美味い。地球で食べたのと、遜色ないんじゃないか?」
ニンニクではないが、似たような香草もいいアクセントになっている。
なにより、日本を思わせる料理はノスタルジーもあってさらに美味しく感じられる。
「ちょっと、おとな~な感じがして美味しいのですよー」
絶賛を受けて、レイナの表情が緩んだ。
「うむ。なかなかいけるの。酒か血が欲しくなるが」
「吸うか?」
「妾も、その辺は空気を読むぞ?」
「我慢させるのは、本意じゃないんだが……」
「ま、まあ。後での」
ミュリーシアは、意外と意志が弱かった。
いや、それを凌駕するほどトウマの血が蠱惑的だったというべきか。
「あたしは、シャーベットが気になります」
「別に、デザートだからって最後までとっておかなくてもいいんだぞ?」
「ちょーーー、美味しかったのですよ」
「シャーベットとか、めちゃめちゃ久し振りじゃないですか。どうせなら、一番美味しく食べたいですもん」
レイナは、意志の力で誘惑を振りきった。
すり鉢に入れられた飾り気のないシャーベットから、緑がかった目は離れなかったが。
「しかし、魚も悪くないのう」
「ワインがあれば、チョコレートをお肉料理のソースにもできたので無理に魚を取ってきてもらわなくても良かったんですが」
「それはまた、ヘンリーが喜びそうな情報だな」
「喜ぶかの?」
どちらかというと、発狂するではないか。ミュリーシアは訝しんだ。
「そういえば、お肉ってしばらく熟成させなくちゃいけないんですよね?」
「共犯者がいれば、なんの問題もないわ」
「腐敗と熟成は、そんなに変わらないからな」
その手前で止めるのがコツだ。
「あたしもセンパイも、実は結構サバイバル向きの人材でしたね。驚きです」
「獲物を狩ってくれたのは、ミュリーシアだけどな」
「誰一人欠けても、建国はままならぬということじゃな」
できたばかりのアムルタート王国。
その女王であるミュリーシアが、綺麗にまとめる。
「まあ、よろしくお願いします。長い付き合いになりそうですからね」
わざと誰とも視線を合わせず、レイナは早口で言った。
言ってから、思わず頬が赤らむ。
「あー。なんだか、暑いですね。もう、シャーベットいただきます」
「まあ、玲那の好きにしていいんだが」
あきれながらもトウマが取り分けてくれた、マンゴーのシャーベット。
確かにひと味足りないような気もしたが、今のレイナにとっては絶品だった。
たっぷりと食べて、日も暮れて。
トウマは、ベッドルームへ担ぎ込まれていた。連れ去られた宇宙人のように両脇を抱えられて。
「リリィちゃんに乗せられて、動けないほど食べたのが敗因でしたね」
「勝ち負けの問題かのう?」
「俺としては、そもそも同じ家に住むこと自体に問題を感じているんだが」
「センパイ、現実を見てください。この“王宮”以外のどこに住むつもりなんです?」
「そうなんだよな……」
「センパイ、現実を見てください。ベッドがひとつしかない以上、ここに寝るしかないですよね?」
「そうはならないだろう」
トウマは流されない。
冷静だ。
しかし、放り投げられてはどうしようもなかった。
ぽふんっと、枯れ草が詰められたゴーストシルクのベッドにダイブさせられる。
硬すぎも、柔らかすぎもしない。
しっかりと包み込んでくれるような感覚。
これを独り占めできるのであれば、どれだけ幸せだっただろうか。
「じゃあ、ミュリーシアは奥のほうへ行ってください。川の字で寝ましょう」
「川の字?」
疑問を抱きつつも、ミュリーシアは素直にレイナの指示に従う。
「私たちの故郷では、縦の三本線で川を現すんですよ」
「なるほどの。勇者たちの世界は、表意文字を使うのじゃな」
レイナもベッドに潜り込み、川の字が誕生した。
「常識が死滅している……」
「面白いの。川の字か。まさに、この状況そのものではないか」
予想外にうれしそうなミュリーシア。
身をよじり、最適な位置を探る。触れないように身を固くするが、元々狭いので上手くいかない。
「まあ、センパイ。あたしの歓迎会の続きということで」
「でも、今日だけじゃないんだろう?」
「明日は明日の風が吹きます」
開き直られたが、トウマはそうもいかない。
視覚は、目を閉じればいい。
しかし、嗅覚はどうしようもない。二人とも水浴びをしただけなのに、甘い香りが漂ってくるのはなぜなのか。まさか、二人の前で鼻をつまむわけにはいかない。
そんなことをしたら、意識していることがばればれだ。
「良いではないか、川の字。妾は気に入ったぞ。なにより、誰かと同じベッドで寝るなど初めての経験だしの」
「ミュリーシア……」
そう言われては、出て行くわけにはいかない。
こうして夜は更けていった。
眠ることができるできないは関係なく、誰にとっても平等に。




