044.歓迎会の準備
「そういえば、トウマ! レイナの歓迎会はしないのですか?」
「むう。それもそうじゃな。馴染みすぎて、すっかり忘れておったわ」
「確かに、普通に探索を始めてしまったな……」
「そんな気を遣わなくてもいいんですよ?」
ヘンリーと別れ、ワールウィンド号から戻ってきた直後。“王宮”で待っていたリリィの言葉に、ミュリーシアとトウマはばつが悪そうにレイナを見つめた。
「そういうわけには、いくまいて」
「そうだな。こういうのは大切にしないとな」
「やったのです。また宴会なのです!」
「まあ、リリィちゃんが喜んでくれるなら構わないですけど」
しかし、レイナは気のない素振り。
影で編んだハーネスから解放された直後のため、着崩した制服や短めのプリーツスカートのほうを気にしていた。
「みんな、すまない。態度が悪いが、これで結構喜んでいるから許して欲しい」
「別に喜んではないですけど!? というか、なんでセンパイが謝るんです!?」
「俺以外、他に誰がいるんだ?」
「それは、まあ……」
レイナが、緑がかった二重の目でトウマ、ミュリーシア、リリィを順番に見る。
「いないですけど……」
「そう意地を張るものではないぞ。仲が良い分には、構わぬではないか」
「仲がいいというか、完全に保護者目線なんですけど……」
ミュリーシアは答えず、黒い羽毛扇をぱちりと閉じた。
「まだ、日は高いの」
「そうだな。昼過ぎぐらいか」
ホットチョコレートも飲んだことだし、ワールウィンド号から戻ってきて昼食の予定だった。日の高さと空腹具合、どちらも同じぐらいの時間を示している。
「今からでも、準備は間に合うかの?」
「おばちゃんも大丈夫って言ってるのです! というか、すでに進めてもらっているのです!」
「準備がいいな、リリィ」
「食い意地が張っているだけなのですよ!」
恥ずかしそうに、リリィが周囲を飛び回る。三つ編みとワンピースの裾が踊った。内容と裏腹に、実に得意げだった。
「じゃあ、今日はお昼抜きですかね」
「そうなろうな。細かい準備は任せる。妾は、軽く獲物を狩ってくるとしよう」
コウモリのような翼を生やし、ミュリーシアが再び空の住人になる――前に、玲那がその手を掴んだ。
「なんじゃ?」
「あたしも連れて行ってください」
「行くのは、グリフォンの翼だろう? シアと一緒なら、危険はないと思うが……」
島の北東。グリフォンの翼は、あまり探索が進んでいない。危険はないとは思うが、不安もある。
「なにをいっているんですか。だからこそですよ」
「グリフォンの翼になにが……。ああ、そういうことかの」
「ええ。森であれば緑の聖女の独擅場ですよ」
Vサインをして、自信ありげに胸を張る。
その隣でリリィまで同じポーズを取り、トウマは思わず笑ってしまった。
「笑ろうたら負けよの、共犯者」
「ああ、そうだな。シア、レイナのことをよろしく頼む」
「うむ。それだけでなく、得物も期待して待っておるがよいわ」
「気をつけて、いってらっしゃいなのですよー」
リリィがぶんぶんと。トウマも控えめに手を振って見送る。
「……玲那の歓迎会なのに、行かせて良かったんだろうか」
それに気付いたのは、二人が飛んでいってからだった。
「せっかくなので、新しい料理に挑戦しようと思う」
「トウマ、料理できたのですか?」
リリィと、おばちゃんと呼ばれているゴーストが一緒に首を傾げる。
ある意味、当然かもしれない。“王宮”の第一の間である厨房にトウマが立っているのは、それ自体が珍しい光景。
「ほとんど、やったことはないな。でも、ちょっとしたものの作り方ぐらいは分かる」
「……大丈夫なのです?」
「リリィたちの前で、食材を無駄にすることはない」
「おおー、さすがトウマなのです」
「たぶん」
リリィが、がくんっと肩を落とす。
「どうも、俺の冗談は分かりにくいな。反省している」
「ぜんっぜん、冗談には聞こえなかったのです」
「とりあえず、マンゴーの皮をむいて磨り潰して欲しい」
「おばちゃんが、任せろって言っているのですよ!」
リリィがどんっと胸を叩く。手伝えることで、逆に安心したようだ。
「それで、トウマはどうするのです?」
「ちょっと、新しいスキルを作ってみる」
「スキルを作るですか? 料理はどこへいったのです?」
「どこへも行ってないが」
ミュリーシアが作ったすり鉢を手に、トウマは厨房の床に座った。
「ああ、そうだ。磨り潰すのと並行して、水と砂糖を軽く煮立たせてシロップを作って欲しい」
指示を出した後、トウマはろくろを回すようにすり鉢を握りまぶたを閉じた。
「一体、なにが始まるのです?」
「シャーベット作りの準備だな」
「シャーベット? よく分からないけど、美味しそうな響きなのです!」
トウマは意識を集中し、すり鉢を持った両手に魔力を集中させる。
「魔力を……2単位……」
目指すのは、物体を冷やすマクロ。
負の生命力は、老化、腐敗、停滞、衰弱を司る。
「分子の動きを停滞させる」
もちろん、分子の世界など目に見えない。しかし、世界の仕組みはそういうものだと知っている。
「魔力を……3単位……4単位……」
徐々に、魔力の出力を上げていく。
低すぎては完成しないが、高すぎても暴発する。その見極めが、スキルを習得・開発するには必須。
ジルヴィオに習った中でも、最も役に立つ事柄だろう。
ふと、トウマの口角が上がった。
「熱運動エネルギーを衰弱させる」
これが、理論的に正しい理解なのか分からない。
分からないが、トウマの中では間違っていない。イメージとしては、正しい。
「精神を……1単位……」
信じること。できると、疑わないこと。スキルの使用には、それが最も重要だ。
世界は、絵のようなもの。
そう言ったのは、ジルヴィオだった。
『あくまでも、例え話だからな。絵とか似合わねえとか、余計なことを考えるんじゃねえぞ』
もちろん、似合わないと思った。今でも、そう思っている。
『で、魔力ってのはその世界という絵に落書きするための筆と絵の具だ。落書きっつーとあれだが、自分の思うままに現実を変えるんだよ。それが、スキルってやつだ』
その説明は、例え話なのだろうが――なるほどと理解できた。
魔力異常による改変も、その理屈で処理できる。優れた、例え話だ。
あとは、自身の魔力と精神力と体力と生命力。それを配合して絵を描く――スキルを発動するだけだった。
「精神を、2単位……」
だから、現実に即した効果のほうが魔力の消費は抑えられる。
この異世界でも地球と同じ物理法則が働いているかは分からない。分からないが、イメージとしては正しい。
負の生命力を操る死霊術師であれば、冷気を操ることも容易い。
その権能の一部だ。
「魔力を4単位、加えて精神を2単位。理によって配合し、熱を奪い冷気をもたらす――かくあれかし」
スキルの名を唱え、世界に存在と効果を刻み込む。
「《フェイク・コールド》」
トウマが、目を見開く。
ここに、新たなスキルが完成した。
「おおっ。なんか、湯気みたいなのが出てるのですよ?」
「ああ、暑さや寒さは分からないんだよな。これが、冷気だよ」
しばらく、この冷気は持続する。人間相手に使えば凍傷は免れないだろうが、そんなことのために作ったスキルではない。
「このすり鉢に、磨り潰したマンゴーとシロップを入れて欲しいんだけど」
「もうできてるって、言ってるのですよ」
ゴーストの手が早かったのか。それとも、集中しすぎて気付かなかっただけでスキルの完成に時間がかかっていたのか。
分からないが、好都合だ。
「それを、シャーベット状……。緩く凍るまで、混ぜ続けて欲しい」
「任せるのですよ。幽霊は疲れたりしないのです!」
食べ物のこととなると、気合いが違う。
魔力を維持して冷気を送り続けるためトウマは手伝えないが、ゴースト二人がいれば充分だった。
努力の甲斐あり。しばらくして、文字通りシャーベット状に緩く固まった。
「もう、いいのですか?」
「ああ、良さそうだな。ありがとう」
「これくらい、全然余裕なのです!」
トウマは、ふう……と息を吐いてすり鉢から手を離した。
魔力の供給は止めたが、冷気はしばらく持続するだろう。
「蓋をして冷気を逃がさないようにしておけば、歓迎会が始まるまで溶けずにいけるかな」
「トウマ……」
「分かってるよ。ただし、味見だからな。たくさん食べちゃ駄目だからな?」
「うなずくのです。今はただ」
微妙に信用ならないが、味見は必要だ。
ミュリーシアお手製の石のスプーンで、やや多めにシャーベットをすくって口に運ぶ。
「う~ん。レモンの汁とかがあったほうが良かったか……」
「ひゃー。冷たい感覚が伝わってくるのです。そして、冷甘でおーいーしーのでーすー!」
口から魔力でも吐き出しそうな勢いで叫び、リリィが厨房を縦横無尽に飛び回った。
おばちゃんも、そこまでではないがぐっと親指を立てている。
「喜んでくれたのはうれしいけど、玲那の歓迎会だからな? 味見は、ここまでだぞ」
好評すぎるのも困りものだが、これなら幼なじみも喜んでくれるだろう。
疲労とは違う安堵の息を吐いて、トウマはすり鉢を円卓の間へと運び入れた。




