039.ゴーストシルク
「暗かったのでよく分からなかったんですが、この辺に麻とか生えていないですかね?」
「悪い。そもそも、麻がどういう植物か分からない」
「確かに、普通は知りませんよね」
朝食を終えてから、“王宮”からゴーストタウンへ。
今日も晴れており、グリフォンの頭ほどではないが暖かい。
レイナは、いつも通りの着崩した制服姿で周囲を見回した。
「麻でなくとも、なにか適当な素材があればいいんですが。なければ、生やしますけど」
「生やす? ああ、あの巨木のようにかの?」
「あれは、スキルの代償を肩代わりさせるだけなので。今回のお披露目には向かないんですよねー」
「レイナは、木を生やせるのですか?」
「そういえば、リリィは玲那がスキル使うところを見てないのか」
「ふふんっ。なら、頑張らないとですねー」
機嫌が良さそうに、レイナは空に浮くリリィを抱き上げた。
「待て、レイナよ。それはつまり、麦でも生やせるということかの? 畑でもなんでもないところに?」
「普通に生やせますよ。自前の魔力とか土地の栄養は必要ですけど。そういう意味では、ちゃんとした畑のほうがやりやすいですね」
「おとぎ話みたいなのです!」
「簡単に言いおる」
日照りも、寒波も関係ない。
あまりにも規格外。
ミュリーシアは、羽毛扇を手に赤い瞳を遠くへ向けた。
「玲那の負担は大きくなるけど、生やしてもらったほうが良さそうだな。この辺にあるのは、雑草だけだろう」
「あるいは、グリフォンの頭のほうへ行ったほうが……って、これ幽幻草じゃないですか!?」
レイナが、少し先の空き地に生える雑草を見て緑がかった目を見開いた。形のいい細い眉が、困惑の形に曲がる。
「幽幻草? それって、なんなのです?」
「ただの雑草じゃなかったのか」
「雑草という草はありません」
「ほう……。なんとも、王たる者の見識を感じさせる言葉じゃの」
「そこをほめられると、ちょっとあれなんですけどねー」
雑草――ふさふさした細い緑の茎をなでながら、レイナが苦笑する。
「もちろん、地球に存在する植物じゃないです。星の光と幽霊の息吹で育つという特別な亜麻ですね。加工したら、絹のような滑らかさと麻の丈夫さ。綿の暖かさを合わせ持つと言われているんですよ」
「星の光は、どうか知らぬが――」
「――リリィたちは、ずっと地面の下で眠っていたらしいぞ?」
唐突にもたらされた新情報。
レイナは一瞬ぽかんとし、当たりに広がる幽玄草に呆然とする。
「じゃあ、この土地一帯が幽玄草の生産地みたいなものじゃないですか!?」
「邪魔じゃから、影術で刈り取ろうと思っておったわ」
「ああ。あの大鎌でか」
草刈りと言えば、死んだ祖父は相当に鎌の扱いが上手かった。庭の草刈りなど、トウマが手を出す暇もないほどだった。
「リリィたち、もしかしてなにかやっちゃったのです?」
「ええ。でも、いい方向にですよ」
「やったのです!」
リリィとレイナがハイタッチをかわし、三つ編みとサイドテールが揺れた。
しかし、ミュリーシアは羽毛扇で顔半分を隠したまま。
「しかし、貴重な植物も加工できぬようでは額縁の美女と変わらぬであろう?」
「なにを言っているんですか? そのためのスキルですよ」
人差し指を何度か振ると、レイナはコケティッシュに笑った。
「聖女のスキルを見せてあげましょう。魔力を10単位。加えて精神を7単位。理によって配合し、素材を資材とす――かくあれかし」
プリーツスカートの裾を翻して、レイナはスキルの詠唱を始めた。
「《ファブリケーション》」
スキルが完成すると同時に、一帯の雑草――幽玄草が消え去った。
「おおっ?」
トウマのその声は、どちらに向けられたものだろうか。
次の瞬間。
白い、光沢のある布の反物がレイナの手の中に現れた。かなりの長さがありそうだ。
「どうです? これが聖女のスキルですよ」
「綺麗な布なのです!」
「植物限定の加工スキルってことか……」
「そんな感じですね」
「なるほど。俺のスキルとは、対照的だな」
負の生命力が司るのは、老化、腐敗、停滞、衰弱。
一方、正の生命力は、成長、進化、創造、活力。
緑の聖女がどちらに属しているかは明らか。
「つまり、陰陽的なあれですね。あたしとセンパイが、ふたつでひとつに混じり合ってみたいな?」
「まったく説明できておらぬぞ」
ミュリーシアの言葉は、耳に届いていない。
ふふふふふと、レイナは小悪魔のように笑う。
「しかし、この光沢は見たことがある気がするのう……」
レイナの許可を取って、肌触りも確かめる。
「この滑らかさ……。もしやゴーストシルクではないか?」
「ああ、ミュリーシアは知っていましたか。高級品らしいですね。ミッドランズではスターシルクって呼んでいるそうですが」
「それはまた、ヘンリーが喜びそうだな……」
アンデッド由来ではミッドランズでは売り物にならない気もするが、そこは名前を変えて上手く売り込んでいるのだろう。
「レイナ! お母さんたちが自分で糸にしてみたいって言っているのです」
ふわりと、優しげな表情をしたゴーストが現れる。
リリィの母親と数名の女性たちが、ゴーストシルクの反物に羨望の視線を向けていた。
「織物ができる……って、当然か」
この島で暮らしていた以上、すべては自給自足で賄っていたはず。
それは、衣服も例外ではない。当然、原料となる植物から加工をしていたはずだ。
「なるほど。あたしの魔力も無限じゃないですし、任せられるところは任せたほうがいいでしょうね」
「お母さんたちも喜ぶのですよ!」
「そうだよな。今のところ、かなり失業率が高いしな……」
親方たちのお陰で“王宮”の環境は整ったが、定期的な公共事業にはならなかった。
あとは、グリフォンの翼で狩猟採集を頼んでいるぐらい。
定職に就いているのは、調理担当のゴーストだけだった。
「針や糸があったら、布からの加工もお願いしたいところですね」
「針であれば、妾が石から作るがの」
「ゴーストシルクに、それはちょっと……」
「加工したほうが、原料を売るよりは利益が高くなるよな」
「そんなものかの」
「そうらしい」
世界史で学んだことなのだ。間違いはないだろう。
「まあ、これはベッドシーツにする予定ですけどね」
「それはもったいなくないかの?」
「なにを言うんですか、ミュリーシア。あたしが、なんのためにスキルをお披露目したか忘れたんです?」
「ああ、そういうことか」
トウマの瞳に、理解の光が灯る。
「《ファブリケーション》のスキルを樹木に使用すれば、木材になるよな」
「できます」
「さとうきびが見つかれば、砂糖にできるよな?」
「重労働は必要ありません」
「じゃあ、グリフォンの頭に生えてる籐に使ったら……」
「はい。沸騰湾の話を聞いたときから思っていました。そのまま、かごとか椅子とか……。ベッドにも加工できると思います」
木材から加工するのではなく、編むだけだから《ファブリケーション》の効果の範疇に収まる。裏技めいたやり方だが、現状を考えると素晴らしいの一言。
「そうか。ついにベッドが……」
「センパイ、ほめてくれていいんですよ?」
「玲那がいてくれて、本当に良かった」
「はうあっ!?」
ぴくんっとレイナが直立不動の態勢を取った。
トウマはさらに、頭をくしゃくしゃっと撫でる。
「センパイ、女の子の頭を気軽に撫でるものじゃないって昔から言ってますよね?」
「まあな……」
しかし、トウマは手を離さない。
ここでやめたら、逆に怒られるからだ。
「いいですか? こういうことをしていいのは、幼なじみであるあたしだけですからね? そこは、はき違えないでくださいよ?」
「誰にもしないという選択肢も、あると思うのだが……」
若干の理不尽を感じながら頭を撫で続け、レイナは徐々に軟体動物へと近付いていった。




