038.文化的で最低限の生活環境確立委員会
次の日。“王宮”の円卓の間。
トウマが食べ、ミュリーシアが見守り、リリィが飛び回る。そんな朝食の風景に、レイナが加わっていた。
「なんじゃ。レイナよ、それしか食べぬのか? 若いのだから、もっと食べるが良い」
「朝から、お肉ばっかりそんなに食べられるはずないじゃないですか。少しは考えてください」
朝でも変わらず。影で編んだ黒いドレスを身にまとったドラクルの姫が、自らの石皿を緑の聖女へと移動させた。
しかし、レイナは両手で拒絶する。
「というかですね、人間は食べたら太るんです。そりゃ確かに、日本にいた頃より運動していますが太るんです」
「なにを言う。共犯者は、もっしゃもっしゃ食べておるではないか」
「俺の場合、そういう契約でもあるからな」
トウマは、マッスルースターの塩焼きを石のフォークで突き刺して口に運ぶ。
弾力があり、滋味に満ちたモモ肉。
「お肉は、美味しいのですよー」
咀嚼する度に溢れる旨味を共有し、リリィが石の円卓の上でアクロバティックな飛行を繰り広げる。
この場にはいないが、他のゴーストたちも喜んでいるに違いない。
「焼き具合も完璧。さすが、おばちゃんなのです」
「それはいいんだけど、リリィ。毎日マッスルースターで飽きたりしないか?」
「食べられるだけで幸せなのですよ~」
「リリィちゃんが言うと、重みが違いますね」
リリィたちがゴーストになった経緯を聞いているレイナは、やるせなさそうに息を吐く。整った彼女の美貌と相まって、まるで映画の1シーンのような雰囲気があった。
「とにかく、センパイと一緒にされては困ります。男子高生は、ただ存在するだけでお腹が空く生き物なんです」
「そうだな。リリィだけじゃなくてヘンリーとも契約したせいなのか、今朝は妙に食べられる」
トウマは、バナナの葉で蒸された自生のイモをナイフで切り分けていた。
「そう言えば、センパイは日本ではそこまで食べなかったような……」
「ふむ。契約の維持に、生命力を消費しているのではないかの?」
「それを補うために、体が栄養を欲してい……ということか。理屈は合うな」
「ちょっと待ってください」
レイナが、眉間に指を当てうつむく。
その指先は、首都陥落寸前の独裁者のように震えていた。
「ということはなんですか? センパイは、いくら食べても太らないと?」
「であろうな」
「当然、リリィちゃんは太ったりしませんよね?」
「それはそうだろう」
「じゃあ、ミュリーシアはどうなんです?」
「血以外の食事は、嗜好品に過ぎぬ。体型が変わるほど食べられぬわ」
「つまり……」
この中で太るのは、レイナ一人だけ。
誰もがその結論に達しながら、口にはできなかった。
「レイナは若いのだ。食べても、体の成長に回るであろう」
「体型が変わらない人に言われても、うなずけませんよ。その驚異の胸囲は、どうやって育てたっていうんです!?」
「自然とじゃな」
「自然とですか……」
緑がかった瞳で、豊かな双丘をにらむ。
親の仇のように、憎しみがこもっていた。
「そんなことより、トウマはもっともーっと食べるのです」
「いや、食べるけどな……」
ゆで卵に、沸騰湾の塩をかけながらトウマは言葉を探す。
朝からゴーストが取ってきてくれたマッスルースターの卵は、黄身が濃厚で美味かった。
だが、その美味しさを表現したかったわけではない。
「朝から卵なんて、贅沢な朝ご飯なのです」
「満足してくれて良かった……って、そうじゃない」
ゆで卵をヤシの実のジュースで飲み込んで――ちょっと不思議な取り合わせだった――トウマはミュリーシアとレイナを順番に見やる。
「なあ、二人とも。なんか、妙に仲が良くなってないか?」
「そうかの?」
「そうですか?」
先ほどまでの確執は、どこへ行ったのか。
そろって黙秘した二人を、やや険のある瞳で見つめるトウマ。
しかし、答えはない。
そのため、三人目。リリィへと視線を動かした……のだが、真顔だった。
完全に目が据わっている。トウマと味覚を共有し、食事を楽しんでいたゴーストの少女はいつの間にか消え失せていた。
「トウマは、昨日、本当に寝ていたのですか?」
「ああ。ワールウィンド号から飛び立ったところまでは憶えてるけど、気付いたら朝になっていた」
「あんなに騒がしかったのにですか?」
「騒いでたのか?」
ミュリーシアとレイナに視線で問う。
「特段、騒いではおらぬの」
「センパイが起きなかったのが、その答えじゃないですか?」
しかし、被疑者は否認した。
「ウソなのです。昨日の夜、二人はよく分からない理由で言い争いをしていたのですよ」
「リリィ」
「リリィちゃん」
トウマが反応するよりも早く。
ミュリーシアとレイナは、円卓から立ち上がった。
「ミュリーシア? レイナ? なんなのです?」
「少し、話をするとしようかの」
「お話をしましょう」
問答無用。トウマは一人、円卓の間に残された。
「ちょっと待った……って、なぜ?」
追おうとしたところ、いつの間にかリリィがおばちゃんと呼ぶゴーストが目の前にいた。
「どいて欲しいんだが……」
トウマが遠慮がちに言うが、ゴーストは引かない。
それどころか、静かに首を横に振っていた。
「ええと……」
「…………」
「え? 行かないほうがいい?」
「…………」
「そうなのか……」
喋れないが、その意志は伝わった。
祖父に育てられ、年長者に弱いトウマは素直に従った。
それに、リリィは五分もかからずに戻ってきた。
うきうきと、三つ編みを縦に揺らしながら。
「トウマー! リリィは、なにも知らないのです!」
「知ってるから言える台詞だろう、それは」
「知らないのでーす」
円卓の間を、ゴーストの少女がぐるぐると飛び回る。
一緒に戻ってきたミュリーシアとレイナも、笑顔。そして、黙して語らず。
「まあ、二人が仲良くしてくれるのなら構わないんだが」
男の自分には、喋れないこともあるのだろう。
そう考え、トウマは下手に深追いすることを避けた。
それに、契約で縛るつもりはないので、リリィのこの自由さはむしろ歓迎すべきことだ。たとえ、どう見ても買収されているとしても。
「それはともかく、センパイ。国の名前も国旗も決まっていない状態ですが、最優先課題があるとは思いませんか?」
「それは、いろいろ足りない物ばかりだが」
「そこで!」
蠱惑的な唇で、レイナは高々と宣言する。
「文化的で最低限の生活環境確立委員会を立ち上げます」
「提案じゃなくて、決定か」
「当然です」
「まあ、そうだな……」
反対する理由は、どこにもない。
少し前までは、この石の皿やフォークすらなかったのだから。
「では、レイナにも大臣になってもらうかの。共犯者は、宰相としてどう考える?」
「賛成だ。ポストは、農林水産大臣? それとも、厚生大臣か?」
「そこは、かわいくないのでどうでもいいです。でも、ベッドのひとつもないのは問題です」
「だよな……」
もちろん、そのことは身を以て理解している。
解決策がないのが問題なのだ。
「みんなで、リリィたちみたいに幽霊になるです?」
「そこまでする必要はありません。そう、緑の聖女のスキルならね」
レイナが、小悪魔のように微笑んだ。一緒に、サイドテールが揺れる。
「……のう、共犯者。本当に、大臣になってもろうて大丈夫かの?」
「大丈夫だと思うけど……。でも、聖女のスキルにベッドを作るようなものがあったのか?」
「もちろんですよ。というか、なかったらこんなこと言いません」
「それもそうか」
光輝協会の企みのせいで、お互いのスキルへの知識は乏しいまま。少しずつでも、埋めていくしかないだろう。
「では、見せてもらおうかの。緑の聖女の実力とやらを」
「百聞は一見にしかずですね」
ミュリーシアの挑戦的な赤い瞳。
それを正面から受け止め、レイナは自信ありげに“王宮”の外へと向かっていった。




