031.帰還、一人増えて
「グリフォンの形をしているということですけど……」
緑がかった瞳をこらしてみるが、全体像は闇の中。小さく首を振ると、レイナのサイドテールが一緒に揺れた。
「ぶっちゃけ、暗くてよく分からないですね……」
「ああ、それはそうだよな。結構、感動的な光景なんだが残念だ」
宵闇が世界を包む頃。トウマたちは、グリフォン島へと帰還を果たしていた。
無人島を開拓して国を興すと聞いて相当乗り気だったレイナだったが、今は抜き打ち持ち物検査を言い渡されたような表情をしている。
「シアに頼んで、昼間に飛んでもらうしかないな」
「……それしかないですか。あのワイバーンを、もらって来られたら良かったんですが」
偽竜と激突したワイバーンは、負傷はしていたがそれだけだった。
まさか、殺してからアンデッド化して使役するわけにはいかない。レイナが死なない程度に治癒をして、その場に残している。
乗騎の獲得は、また次の機会にとなった。
「おお、リリィたちが手を振っておるぞ。もう、元の状態に戻っておるな」
「良かった……。ちゃんと無事か……」
「よく、この位置から見えますね? 正直、小さな明かりがいくつかあるなというぐらいしか分かりませんよ?」
「ドラクルの瞳は、真実以外はなんでも見通すからの」
なんとも言えない冗談に、トウマはなにも言えない。
だが、当然と言うべきか。レイナは違った。
「別に良いじゃないですか。騙されていた結果、センパイを助けられたんですから」
「そこは感謝しておるよ」
影術で空中に釣られたまま、トウマは安堵の息を吐く。
死霊術師の感覚は、リリィたちが無事だと告げていた。
それでも、実際に確かめるまでは不安でいっぱいだった。
望んだことだとはいえ、任せて島を飛び出してしまったとなればなおさら。
「しまったな。せっかく島の外に出たのに、お土産のひとつも買ってきてないじゃないか」
「気の利かないところはセンパイらしいですが、今回は仕方がないでしょう。無事だったことが、一番のお土産ですよ」
「そうじゃな。それに、土産ならここに一人おるじゃろうが」
「あたしのことですか!? まあ確かに、センパイにお持ち帰りされてますね」
「表現が悪い」
一刀両断するトウマだったが、リリィなら新しい国民――レイナを連れて来ただけで喜んでくれそうだとも思う。
「シア」
「分かっておる。ここで焦らしたりせぬわ」
ミュリーシアはラストスパートをかけ、グリフォンの心臓。“王宮”が存在するゴーストタウンへと舞い降りた。
暗くなって雰囲気のあるゴーストタウンに、ぼんやりと光るゴーストたち。
その中から、金髪を三つ編みにしたワンピースの少女が飛び出してきた。
「トウマーー! ミュリーシアーー! あっ、女の人も一緒なのです! レイナなのですか?」
「ええ、そうよ。あたしが、秦野玲那。先輩の幼なじみ。あなたがリリィちゃんね?」
「はい! リリィなのです。トウマの奥さんなのですね!?」
「違いますけど!?」
反射的に否定してしまい、レイナは口を押さえた。
遅い、遅すぎた。
「奥さんじゃない。幼なじみだ」
「幼なじみは結婚するものですよ?」
「その話は、もう聞いたなぁ」
トウマはリリィの頭を撫で、そのまま親方やおばちゃんなど他のゴーストにも帰還の挨拶をしていく。
それを横目で観察しつつ、レイナはふと口を開く。
「ところで、ミュリーシアとは?」
「妾じゃが?」
「へぇ……。そう、そういうことですか……」
レイナが、トウマの制服を羽織ったままのミュリーシアを緑がかった瞳で見つめた。
タイトル戦を前にしたボクサーを連想させる剣呑な視線。
「てっきり、シアが名前だとばかり思っていました。センパイがそう呼んでいましたから」
「そう言えば、二人ともちゃんと自己紹介はしていなかったか」
偶然聞こえたという体で、トウマがゴーストたちのところから戻ってきた。
「説明はだいたいしたのに、そこだけ抜けていたな」
トウマは腕を組み、不覚だと反省する。
モルゴールから島へたどり着き、島を出るまでのことは空の旅路にだいたい語っている。
もちろん、一緒に寝ているとか血を吸ったとかプライベートなことは別だが。
それなのに、自己紹介していない。飛んだ片手落ちだった。
だが、仕方がない。友達の友達同士だと稀に起こる現象だ。
「シア、もう知ってると思うが――」
「秦野玲那です。センパイの幼なじみやってます、生まれたときから」
「妾はミュリーシア・ケイティファ・ドラクルである。トウマとは、数日で共犯者となった程度の仲じゃな」
マウントを取り合う二人。
しかし、トウマはその事実に気付かない。二人とも気が強いほうだからな……で、とりあえず納得してしまった。
「そういえば、トウマ! 黒い騎士さんは、全部倒しちゃったのですよ」
「頑張ってくれてありがとう。無事で安心した」
「次々現れたけど、触るだけで溶けるように消えていったのです。トウマのスキルのお陰なのです。すごいのです!」
「すごいのは、リリィたちだろう。“王宮”も無事みたいだし」
「頑張ったのです!」
両手でぶいっとポーズを取るリリィの頭を撫でていると、マウントを取り合っていた二人がいつの間にか近くにいた。
「共犯者よ、そういうことなのか?」
「確証はないけどな」
「センパイがそういう言い方をするときは、ほぼ間違いないってことですよ」
いくら《シルヴァリィ・レギオン》のスキルを受けても、ゴーストに浄化の能力が備わるわけではない。
負の生命力で生きる存在というのは、変わりがないのだ。
黒騎士に対して特別な効果があったのは、別の理由がある。
トウマには、その現象に心当たりがあった。
なにかを守りたいという意思を歪められたという黒騎士の本質には、すでにモルゴールで触れた。
では、このゴーストタウンに現れた黒騎士が守りたかったものとはなにか。
考えるまでもない。リリィたちだ。
その対象から攻撃されて、抗うことができるか。その必要があるのか?
綺麗に未練がなくなっているため確かめることはできないが、それ自体が証拠とも言えるだろう。
黒騎士の正体を教えられていたミュリーシアとレイナが同じ結論に至るのは、当然の帰結だった。
「ところで、いつまでセンパイの上着を羽織っているつもりですか全裸吸血鬼」
一瞬、この宵闇と同じように暗くなった雰囲気。
それを切り裂くように、レイナが糾弾する。
「なにを言うかと思うたら」
羽毛扇を開き、ミュリーシアも応じた。
「人は誰しも、一糸まとわぬ姿で生まれ出るものよ」
「浅い言い訳っ。そのチャイナっぽいドレス着てるんだから、必要ないってことですよ!?」
「言い訳ではないが?」
「でも、制服は普通に返してくれ」
「そうです。それは、二年前からあたしが予約してるんですから」
「…………」
「どうしたのだ、共犯者? そんな深刻な顔をして。服ならちゃんと返すぞ?」
「違う」
こめかみに手を当て、トウマが意識を集中する。
糸のようにか細い、しかし、急を知らせるつながり。
この場にいるゴーストたちではない。
他につながりのある存在は、ひとつ。海からの報せだった。
「スケルトンシャークから、警告がきた」
「それ、海にいるアンデッドですよね?」
「ほう。こんな夜にの」
「この島に、船が近付いてきているらしい」
隠れ里のようだった、この島に近付く船。
「どう考えても、普通じゃないですよね……」
「そうじゃな。妾たちのようにの」
「まだ、今日は終わりじゃないらしいな」
それだけは確かだった。
今回で、第一部完となります。
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