029.力任せの冴えたやり方
「は? なんなんです? あの人なんなんです? 超人ですか?」
「あの力は影術みたいな種族能力じゃなかったのか、シア……」
幼なじみたちの心が、今、ひとつになった。
残念ながら、レイナが望んでいたのとは異なる方向で。
「俺では持ち上げられないような、つるはしを自在に操ったりしてたんだけど……」
「つまり、魔力は関係なく天然であれってことですね」
「甘いわっ」
脚線美を惜しげもなく晒しながら、ミュリーシアはジルヴィオを追撃する。トウマとレイナの感慨など、置き去りだ。
「魔力を打ち消せば、ドラクルは陽光に灼かれるはずだろう!?」
「そんな話は知らぬな」
「ちっ」
三つにわかれた燃え上がる目が描かれた、円形の盾。魔力抑止の元凶を狙って放たれた拳を、必死に避けるジルヴィオ。先ほどまでの余裕は、もうなくなっていた。
「さて。マジックアイテムを壊せば、この粒子も消えるかの? はたまた、マジックアイテム置き場を倒すが手っ取り早いか。光輝騎士殿は、いかがお考えかの?」
「ふざけろ、バケモノッ!」
攻撃を必死に避けながら、ジルヴィオは革袋を地面に叩き付けた。
切れ目から液体が漏れ出で、すぐに揮発して辺りに薄い黄色の煙が充満する。
「お主が自爆するような人間か? どうせ、無害な煙で――」
騙されはしないと煙に突っ込んだミュリーシアだったが、そこで顔色が変わった。
「くはっ、ごほっっ」
咳き込みながらミュリーシアは、いらだたしげにジルヴィオから距離を取る。
「……自らも巻き添えにするとはの」
「そうしなきゃ、オレの収入が危ないんでな」
煙はすぐに晴れた。
「いつも吸ってる煙草は、対毒剤でな。まあ、そういう意味ではそっちの見立て通りではあるか」
いつも通りの人好きのする笑顔。
動きも変わることなく、ジルヴィオは不思議な形の笛を取りだした。
この状態で使用するということは、マジックアイテムではないはずだ。
トウマとレイナはオカリナのような形だと気付いたが、それでなにをするつもりなのかまでは分からない。
「まったく、手札は残しておくもんだぜ」
ジルヴィオが、吹き口から空気を送り込む。
だが、なにも聞こえない。
――笛からは。
代わりに、遠くからなにかが近付いてくるような。重量物が響きを上げて走り寄ってくるような重低音が聞こえてきた。
「都合良く、あんな魔物が出てきてくれたから温存できてたんだがよ。本来は、こいつらを聖女の嬢ちゃんに宛てがう予定だったのさ」
「忌々しい。今の笛で偽竜どもを呼び寄せたか」
「偽竜?」
「うむ。腐肉漁りのトカゲどもよ」
後ろにいるトウマへ、ミュリーシアが答える
正確なところは分からなかったが、その口振りから危険な害獣であることは察せられる。
「心中する気はねえよ。オレは、高みの見物とさせてもらうぜ」
ジルヴィオはハンドサインで頭上のワイバーンに指示を出し、ロープを垂らさせる。
「あの光の粒子は、この盾が壊れさえしなきゃ離れてもしばらくは残るからな」
「逃がすかッ」
「いいや、逃げるね」
妨害しようとするが、間に合わなかった。
肉薄するミュリーシアを、ワイバーンが尻尾から毒針を射出して牽制。
その間に、ロープを回収しながらするすると上り、ジルヴィオは再び空の上へ。
「ちっ」
ミュリーシアが地面を踏み抜いて石を浮かせ、全力で投擲。
「おっと、危ねえな。まったく、やっぱ魔族ってのはどうかしてるぜ」
しかし、ワイバーンは身を翻して回避した。
「すまぬ、共犯者」
「いや、謝ることはない。相手が上手だっただけだ」
「それより、これからどうします?」
ミュリーシアとトウマの間に、強引に割り込むレイナ。
その行為の是非はともかく、問いかけは無視できない。
「逃げるのは……難しそうだな」
「さすがの妾も、二人も担いでは速度が出せぬ」
「って、トカゲというよりは恐竜ですよね!?」
土煙を立てて走り寄ってくる、偽竜の群れが近づきレイナは悲鳴をあげた。
体長は3~5メートルほどだろうか。二足歩行で、強靱なあごから覗く牙は鋭い。それが何十匹も固まって、よだれを垂らして目を血走らせながら走ってくる。
悪夢としか言えない状況。
「走って逃げても、どうせ追いつかれますよね?」
「どうにかして、スキルが使用できるようになればやりようはあるけど……」
しかし、白い粒子は周囲一帯に存在している。偽竜と接敵するよりも先に抜けられるとは思えなかった。
焦唇乾舌。赤い瞳で値踏みをするミュリーシアも、表情は冴えない。
「一頭ずつなら、いかようにもやりようはあるのじゃが。これはさすがに妾でも難しいかの」
「一対一で勝てる時点で、相当異常な筋力ですからね?」
「筋力……そうだ!」
普段は険のある瞳が、一杯に見開かれた。
「ミュリーシア、俺を飛ばしてくれ」
「は? センパイ。センパイ? 飛ばすってどういうことですか?」
レイナがトウマの肩を揺さぶるが、思いつきに夢中で気付かない。
「その手があったか! さすが、妾の共犯者じゃな!」
「センパイ、なにを……」
「行ってくるが良い、共犯者!」
「は? はあああああぁぁっぁ!?」
レイナが止める暇もなく、ミュリーシアはトウマの襟首を掴んで上空に放り投げた。
あっという間に、悲鳴が遠くなる。
「石がダメなら、トウマかよ」
ジルヴィオは、彼にとっては当然の選択として防御を固めた。
恨まれて然るべき自分。狙われるのが自然。
だから、下手に手出しはしなかった。
それが、運命を決定づけた。
「……トウマ、どこまで……そうかっ!」
トウマは、遥か遥か高みへ飛んでいく。まるで、ジルヴィオを無視するように。
ワイバーンの高度を上げようとしたが、もう、手遅れ。
「これは……普通に怖いな」
空の人となったトウマは、ミュリーシアのハーネスがいかに安心感を与えてくれていたのか知った。
しかし、感謝は残念ながら後回しだ。
たどり着いたのは、光の粒子が引き起こす魔力抑止の範囲外。
そこで、トウマは未練や無念を残した魂へと呼びかけた。
「これは、予想外だ……」
応えは、すぐにあった。
しかも、いくつも。
意外だったのは、それがあの黒騎士たちだったこと。
彼らの気持ちは、ひとつ。
守りたい。
故郷を、家族を、友を、思想を、誇りを。
その想いが騎士の姿となって現れた。
尽きぬ未練が、やられてもやられても湧き出させた。
しかし、その真情は魔力異常によって歪められ――モンスターと化したのだ。
血の滲むような悔しさが、死霊術師の感覚を通して伝わってくる。
とても、理解できるとはいえない。
共感しているというのも、おこがましい。
トウマに、死霊術師にできるのは常にひとつだけ。
「俺の恩人と幼なじみがピンチなんだ。どうか、力を貸して欲しい」
その願いに、黒騎士たちの霊は応えてくれた。
「魔力を40単位、加えて精神を20単位、生命を10単位。理によって配合し、不死者を創造す――かくあれかし」
詠唱を終え、魔力と精神力と生命力を彼らへ捧げる。
口の端から血が流れ、それをワイシャツの袖で拭う。
「《クリエイト・アンデッド》」
スキルが発動した。
眼下。遥か先の地上に、黒ではなく灰色をした幽体の鎧を身にまとった騎士団が出現した。
「トウマッッ!」
「《エボン・フィールド》」
ジルヴィオがワイバーンでこちらを狙っているのに気付き、追加でスキルを発動させる。
その後は、もう意識から外した。
魔力だけでなく体力も限界で、マルチタスクは不可能だったから。
トウマの瞳に映るのは、灰騎士たちと偽竜の群れ。そして、ミュリーシアとレイナ。
待ってくれる人たちがいる場所へ、トウマは落下していった。




