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使い捨てられ死霊術師のゴーストタウン建国記  作者: 藤崎


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287/295

287.聖魔王との会談

 タガザ砂漠からそう離れていない場所にあるとは思えない、高原の避暑地を思わせる湖畔。


 仕切り直された会談は、屋外で行われることになった。


 警備上の問題がないのか疑問を抱いたが、トウマたちにとってはこのほうが好都合。

 なにかあれば、すぐにニャルヴィオンと合流して離脱することができる。


 一方、聖魔王にどんなメリットがあるかと言えば……。


「だって、この子にとってはお空の下がいいじゃない?」

「ぴぃ?」


 ふさふさの羽毛を撫でようとした手を、ピヨウスがサイドステップで軽くかわした。嫌がっているというよりは、なにをされているのか理解できないという樣子。


 それを何度か繰り返すと、飽きたように湖へとざぶざぶ入っていった。


「フラれちゃったわね」


 気分を害した樣子もなく、聖魔王ティアーシャはにこやかに微笑む。


「気持ちの良い場所でしょう? 私のお気に入りなのよ」

「悪くないな」


 この世界に来る前。いや、グリフォン島を知る前であれば素直にうなずいていただろう。

 しかし、島の豊かな自然を知った後ではそこまでの感動はなかった。もっとも、安全度という意味ではこちらに軍配が上がるだろう。


「ごみごみとした都会に住んでいると、たまに訪れるこういった場所に癒やされるのよ」

「聖魔王だからと、安易に遷都はできないんだな」

「向こうでは、絶対的な権力者のように思われているのかしらね? 私なんて、多くの種族の代弁者に過ぎないのにねぇ」


 自嘲ではなく、からっとした笑顔を浮かべる聖魔王ティアーシャ。こうしていると、本当にただの近所の女性としか思えない。


「元老院と言っていたか。議会は無視できないということか」

「あら? 議会が分かるのね。そういうことなのよ、ほんと。本当にね……」

「どんな立場でも、それなりの苦労があるわけだ」

「ええ。その苦労を楽しめるのであれば、それは幸せなことなのでしょう」


 聖魔王ティアーシャと肩を並べて、トウマは整備された湖畔の道を歩く。ずっとニャルヴィオンに乗りっぱなしだったので、適度な運動になる。


「…………」

「…………」


 まずは軽い世間話から始まった、歴史的と呼んでいいだろう会談の続き。

 無言で追随するノインとメルロも並んで歩いているが、その距離は主人たちよりも離れている。


 ノインは、無表情というよりは真剣そのもの。


 一方、メルロはそこまでではない。少なくとも、表面上は。

 エルフの大柄な美女は、成り行きを興味深く眺め。大胆にも笑顔すら浮かべていた。


 なお、ピヨウスは初めての場所に興味津々。湖から出たあとは、地面を突っついて虫を出したり再び湖に足を浸したりと忙しそうだった。


「改めて、急な話でごめんなさいねぇ。明日には、ここを立たなくてはいけないものだから」

「疑問はあるが、理解はしている」


 湖から、さわやかな風が吹き抜けた。

 聖魔王が、光の加減で鮮やかなエメラルドグリーンに見える長い髪を押さえる。


 こうしていると、人間側から魔王などと呼ばれる諸悪の根源には見えない。


 けれど、ノインがそれで警戒を解くことはなかった。会談の邪魔にならないよう無言で控えているが、なにかあればいつでも動けるよう油断はしない。


 それが分かっていても咎めようとはしない、メルロ・トゥワイスローン。

 彼女は、大柄な体躯に相応しい余裕を持って会談を見守っていた。


 柔らかな空気と、ぴりぴりするような緊張感。


「ぴぃ?」


 相反するふたつがない交ぜになって、ピヨウスですら首をかしげる。


 しかし、そんな中でもいつも通り。平常心を崩してはいなかった。


「聖魔王になんて、なるものではないわね。責任ばかり多くて、嫌になってしまうわぁ」

「光輝教会では、世界を崩壊に導く悪魔の王のような扱いをされていたが……」

「実際に会ってみて、どうだったかしら?」

「そうだな、世間一般における母親のようだな」


 すでに両親を亡くしているトウマだが、だからこそイメージは分かる。


 優しく、大らかで。時に厳しい。

 ティアーシャの厳しい面を直接は見ていないが、存在しないはずはなかった。


「あらあら、それはうれしいわね」


 頬に手を当て、恥ずかしそうにと笑う。嫌だわと手を振ると、目尻がとろんと下がった。

 本心から喜んでいるようだ。


「だが、母親というのは随分と厳しい態度を取るものらしい」

「時には、そうせざるを得ない部分もあるわね」


 トウマの言葉がなにを指しているのか理解しているのだろう。

 聖魔王ティアーシャが唇を引き締めた。


 そう、直接は見ていないが知っている。


 砂漠の民――クロスブラッドやセタイトになにをしてきたかを知っている。


「でも、母親といえども完壁ではないわ。寄り合い所帯の代表者に過ぎない聖魔王であれば、なおさらね」

「母親の目が届かないところで、子供が勝手にやったいたずらだと?」

「ええ、ええ。言い訳のしようもないわ」


 星のように輝く笑顔を曇らせ、聖魔王ティアーシャがその場で視線を落とした。


「今日も、本来ならクロスブラッドやセタイトの代表者を呼んで話を聞かせてもらいたいと思っていたのよ」

「俺を代表者だと思ってもらって構わない」


 完全な統治には及び腰だったが、同時にもはや見捨てることもそのつもりもない。


 であれば、女王ミュリーシアの全権代理としてトウマが話をするのに不足はなかった。


「ソヴェリスの話と矛盾がないか、確認するつもりだったわけか。公正だな」


 立ち止まる聖魔王ティアーシャから数歩離れて、トウマは険のある瞳を向けた。


「その上でだけれど、きちんと償いはさせてもらうつもりよ」

「であれば、クロスブラッドとセタイトの名誉回復を求めたい」

「おいおい、そいつは無理筋ってぇもんだぜ」


 大きな体で両手を広げ、その体躯にふさわしい声量でメルロ・トゥワイスローンが話を遮った。

 ノインが警戒態勢を取るが、咎めたのは彼女の身内。


「こら、メルロちゃん。駄目じゃないの」

「いや、伯母上。そうは言うがよ」

「おばさんですって?」

「……ティア姉さん」


 満足そうに、聖魔王ティアーシャがうなずいた。

 不老長寿のエルフにも、年齢的な葛藤らしきものがあるらしい。


「でも、メルロちゃんの言う通り。クロスブラッドは悪くなく、セタイトは私たちが土地を奪った被害者。そんなことは、公的に認められないわ」

「そうか」


 トウマは、靜かにうなずいた。


 落胆か、それとも予想通りだったのか。

 表情からも瞳からも、感情はうかがい知れない。


「見舞金として金や食料を渡す。それで終いだろ」

「それを受け取る権利は、彼らにある。だから、俺に否定はできないが……」


 聖魔王から、大柄な美女に向き直ってトウマは口を開く。


「その程度であれば、こちらで提供できる」

「ちっ。熊を狩ったら、親が出てきやがった」


 やぶ蛇と同じ意味のことわざだろうか。

 この件は、どう考えても聖魔連合側に非がある。

 トウマとしては開き直らないだけ交渉相手としてはありがたいのだが、それを相手がどう思うかはまた別だ。


 いらだたしげにメルロが足下の石を蹴ると、何度か湖面を跳ねて消えていった。


「ぴぴぴっ!?」


 初めて見る水切りに感動し、ピヨウスが真似を始める。


「ぴぴぴぃ……」


 しかし、上手くはいかない。


「水切りには、平べったい石がいいらしいが」

「ぴっ!」


 最適な石を探し始めるマクイドリに和んで、空気がリセットされた。


「決めたわ」


 そのタイミングで、聖魔王ティアーシャは最終的な決断を下した

 トウマが予想もしていなかった、決断を。


「私たちには条約を結ぶ用意があるわ。主に、貿易に関してのね」

「……本当、らしいな」


 冗談を言っているようには見えない。

 聖魔王ティアーシャは、本気だった。


「それはつまり、アムルタート王国を認めることになるはずだが?」

「仲良くしたいと思っているわよ。少なくとも、敵対しても益がないとはね」


 トウマが思考に沈むなか、メルロが羊皮紙の束を取り出した。


「アタシも聞いて驚いたけどよ、噂を聞いた時点で条約の案を作ってたらしいぜ。で、釣り上げたのがこいつってわけだ」

「異なる種族との融和と結束。それが聖魔連合の起源だもの」


 過去に似たようなケースはあった。

 だからといって、この場で出してくるとは。


 完全な奇襲。


 トウマは、聖魔王が聖魔王であるその片鱗を目の当たりにしていた。


「見てちょうだい」

「……そうさせてもらおう」


 メルロからティアーシャを通して受け取った、羊皮紙の束。

 条約案が記された書類をめくる手は、わずかに震えていた。

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― 新着の感想 ―
[一言] 聖魔王が代替わりしたらこの条約もチャラになるんだよなぁ……
[一言] 素直に受けるのもどうかと思うけど敢えて敵対する必要は……まず議会の承認を受けたのかも気になるところ。
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