280.ダンジョン探索報告
「――俺からは、以上だ」
「はあ……」
黙ってトウマの話を聞き終えたレイナが、サイドテールに絡めていた指を解放した。緑がかった瞳が、複雑な光を湛える。
「少しダンジョンを巡っただけで、随分とまあ……」
「さすが共犯者と讃えるべきか。それとも、さすが共犯者とあきれるべきか。判断に困るところだの」
ミュリーシアが豊かな胸の下で組んでいた腕を解き、赤い瞳を円卓の隅に置かれた液晶テレビへ向けた。
コンセントから解放され、代わりにノートパソコンと接続した液晶テレビ。画面にはノートパソコンで再生された動画が表示されている。
会話の邪魔にならないよう選ばれたのは、クラシック音楽を演奏する交響楽団の動画。
音声は絞られているが、充分なようだ。テレビの近くで、マテラがレッドボーダーに揺られて眠っている。
ノートパソコンのスピーカーより、遙かに音質が良いのは間違いない。
もしかすると、より良い音を求めてテレビに虹色のシャボン玉を放ったのかもしれないという邪推をトウマは慌てて打ち消した。
「クラーケンが出たっすか。ダンジョン、着いていけば良かったっすね」
「タッちゃんにも、リリィが活躍するところを見せたかったのですよ」
「いや、そういう意味じゃないっすよ!?」
護衛として働きたかったのだろうが、それは百薬の角杯を手に入れたおりに見せてもらっている。
トウマとしては、それでタチアナの実力は理解したつもりだ。さらに実力を証明してもらう必要はないと思っているのだが、そう単純なものでもないのだろう。
「話を戻しますけど」
「ああ」
「怒ってるわけじゃないですし、ましてやセンパイを非難するわけじゃないですが」
タチアナが騒ぐのを緑がかった瞳で横目に見つつ、レイナが背筋を伸ばした。
来たかと、トウマも身構える。
「なんで、あたしのいないところでモンスターに遭遇するんですか」
「うむ。まったくその通りよの」
「心配をかけたことは、謝るしかないな」
理不尽な言われようだが、レイナやミュリーシアの気持ちも分かる。
愚痴を聞くぐらい、安いものだった。
「もうちょっと、平和裏に終われないんですか?」
「大発見なのは確かなのじゃが、もう少し加減というものをのう」
「俺も、逆の立場だったらそう言ってるだろうな」
デック・オブ・メニィオブジェクトで、アスファルトをアクティベートできることは確認した。
高級ホテルで無事な家具などを確保できた。
ノートパソコンも、大画面に表示できるようになった。
しかし、魔法銀の鉱脈発見したこと。加えて、純度は低いながらも、金鉱石の存在も確認。
このインパクトが大きすぎた。
「金閣寺でも作るつもりですか?」
「なんじゃそれは?」
「金箔を貼った……あれはなんでしたっけ?」
「山荘を後に寺……神殿の一種としてたものだな」
「あれって、別荘だったんですか。お寺なのに鐘とかないので、不思議だったんですよね」
レイナの言葉に、反応できず。
その間に、ミュリーシアがぱっと黒い羽毛扇を開いた。
「ふむ。王宮を金箔で飾る……か。悪くないの」
「格好良いのです!」
ミュリーシアとリリィの意外な反応。レイナは、食卓にレバーが並んだかのように顔をしかめた。
「嫌ですよ。そんな家に住みたくありません」
「部分的にならともかくな……。それより、今の世界だと魔法銀はどれくらいの価値があるものなんだ?」
残念ながら、ノインの知識は神蝕紀のもの。
貴重なのは分かっているが、その程度を知りたかった。
「魔法銀の武具といえば、戦士の憧れっすよ」
「あれを武器とか鎧にするのは難しそうだしな」
「そういう、職人の腕みたいな話じゃないっすよ。なにしろ、聖魔王から下賜される形でしか手に入らないっすから。一応、遺跡で拾うとかモンスターが残すとかもあるっすけど運次第っすし」
「……つまり?」
「魔法銀の製法は、地霊種ドワーフの一部のみが知る秘伝。鉱脈も、聖魔王の直轄となっておる」
恐らく、光輝教会サイドも似たようなものか。あるいは、それ以下なのだろう。
「まさか、そのようなことになっているとは……」
トウマの傍らに控えるノインは、二の句が継げない。
貴重ではあるが、そこまでとは思ってもいなかったようだ。
「デック・オブ・メニィオブジェクトで、魔法銀の建物をなんて馬鹿げた発想だったんだ」
「……それはさすがに……ありやもしれぬな」
「魔法銀の城なんて、おとぎ話ですよ。だからこそ、ミュリーシア様には相応しいっす!」
衝撃で思わず口にしてしまったが、驚くべきことにミュリーシアは乗り気だった。
トウマは顔をしかめるが、一度出した言葉は取り消せない。
「住みやすければ、あたしはどっちでもいいですけどね……。それよりも、ダンジョンの第四層に行くつもりですか?」
「放置はできないだろう」
「まあそうなんですけど、忙しいですよね?」
新しい王宮の建築に手を付けたばかり。
そこに、魔法銀という新しい素材まで見つかった。
少なくとも、ミュリーシアに暇がないのは確かだろう。
「だったら、あえて攻略せずにスマホを落としてもらうのもありじゃないですか?」
「そんなに必要か?」
「一人一台あったほうが便利だと思いますけど?」
「その一人は、順次増えていきそうなんだが」
新しいスマートフォンは、ハタノで使ってもらう。
それはいいとしても、ヘンリーやモルドにも持たせたい。できれば、ベーシアにも。
現状で、これだ。国の規模が大きくなったら、何台必要になるのか、
「じゃが、ダンジョンの攻略にまでは手が回らぬのは確かだの」
目にかかった美しい銀髪を払い、ミュリーシアは黒い羽毛扇をもてあそぶ。
「そうだな。少なくとも、新しい王宮ができるまでは保留にすべきか」
「うむ。妾としても、そうしてもらえると助かるの」
「……それで、新しいスマホを砂漠に持っていくのはいいと思うんですが」
ネイルを塗った指をぴんと立て、レイナが緑がかった瞳で見回す。
「……誰が、スマホを届けに行きます?」
「ピヨウスに頼むかどうかで変わってくるか」
「リリィは、テレビのことをみんなに教えに行くのです」
話の途中で、リリィが壁の向こうに消えた。
唐突な行動。しかし、その意味を誰もが理解していた。
「気を遣われたか」
「頭が下がるの」
リリィたちゴーストは、グリフォン島の外には出られない。
だから、変に遠慮されないよう出て行ったのだ。もちろん、朗報を届けるという意図もあったのだろうが。
その配慮を無駄にしないため、レイナが口火を切る。
「あたしは、絶対に着いていきますよ……と言いたい所なんですけど……」
だが、珍しく言い淀んだ。
「行ったら、絶対に変に歓迎される……というかまた拝まれたりしますよね」
「拝まれはしないだろ。単に、スマホを渡すだけで」
「遠く離れた場所と、いつでも連絡ができるマジックアイテム。貴重な物品を下賜する形となりますので……」
トウマの希望的な青写真を、ノインがあっさりと打ち砕いた。
「渡したら、すぐに帰ってくればいいんじゃないか?」
「帰してくれます?」
「とんでもないっす。あっさり帰したら、名誉に関わるっすよ」
「そういうものか……」
「モルドかステカの、いずれかを同行させるべきであろうの」
緩衝材として期待したいが、里帰りにもなるのだ。どちらも置いていくという選択肢もない。
「シアは、どうする?」
「妾か共犯者のどちらかは、残ったほうが良いのではないかの?」
「確かにそうだな」
ピヨウスに連れて行ってもらうので、ニャルヴィオンに乗り込むのは確定。
それなりの人数を運べるが、リリィやヘンリーは離れられないので難しい。
ミュリーシアが同行しなければ、タチアナも行きたがらないだろう。
「ネイアードも誘ってみるかな。砂漠も、過ごしやすい場所だろうし」
「僭越ながら」
和装のメイドが、月下美人のかんざしに振れながら、片手を挙げた。
「今後、ハタノよりの通信は私めが受けることもございましょう。であれば、顔合わせをしておくべきかと存じます」
「うむ。ノインの言は全面的に正しいの」
ミュリーシアが、黒い羽毛扇をぱちりと閉じてふかくうなずいた。
「共犯者よ。ノインとモルドを連れ、すまほを下賜してくるように」
「ああ、承知した」
「承りました」
儀礼的な。あるいは芝居がかったやりとりを終え、空気が弛緩する。
そのタイミングで、天井からリリィが降ってきた。
「ノイン、トウマとお出かけができてうれしそうなのです!」
「そのようなことは……ございますが……」
突然のことに否定しきれず。
いや、否定をしたらトウマとハタノへ行くことが楽しみではないということになってしまうため嘘をつくわけにもいかず。
いつもの瀟洒で冷静な雰囲気は、どこかへ消え失せ。
自動人形の頬が、わずかに赤く染まっていた。
ノベリズム版の連載に追いついてしまいそうなので、近日中(あと10話ぐらい?)に毎日更新は一旦終了します。
ご迷惑をおかけしますがよろしくお願いします。




