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使い捨てられ死霊術師のゴーストタウン建国記  作者: 藤崎


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028.光輝騎士の理由

「どうせなら、つぶし合ってもらいたかったんだがな」


 灰色の髪をした長身の男がワイバーンに騎乗し、ミュリーシアとレイナを意味ありげに見下ろした。


 トウマに関わる、ドラクルの姫と緑の聖女。


 不和の種を蒔いて同士討ちを……という割には、そこまで期待はしていなかったのだろう。言葉ほどに、残念そうにはしていない。


 ジルヴィオの十人並みの顔には、愛嬌のある笑顔が浮かんでいた。不思議な魅力がある、娼館などでは特に人気が出そうな男だった。


「魔族なのに、勇者や聖女と手を組んで恥ずかしくないのかねぇ」

「勇者をだまし討ちし、聖女を罠に嵌める光輝騎士ほどではないの」

「こいつは手厳しい」


 一本取られたと、ジルヴィオが灰色の髪をかいた。

 偽悪を気取っている風でもない。本心からのリアクション。


 ここから平気で手を切り飛ばせるのが、ジルヴィオ・ウェルザーリという男。


 それを知るトウマは、かつての教導役をじっと見つめている。


「ジルヴィオ」

「よう、トウマ。元気そうで良かったぜ。手はくっつけてもらったんだな」

「ああ、シアのお陰でな……」

「そいつは良かった」


 まったく変わらない。

 人との間に垣根を作らず、心にすっと入ってくるようなジルヴィオ。


 トウマは、思わず「心配を掛けたな」と口にしそうになった。


 それを阻んだのは、残る二人。


「自分で切り飛ばしておいて、よう言うわ」

「センパイと同じか、それ以上の目に遭う覚悟はできていると言うことですね?」


 竜驤虎視。ミュリーシアとレイナというタイプの違う美女に威圧され、ジルヴィオの乗るワイバーンが露骨に高度を上げる。


 それをなだめたジルヴィオは、不本意だと言わんばかりに両手を大きく広げた。


「おいおい、そんな怖い顔でにらむなよ。こっちだって、好きで殺そうとしたわけじゃねえんだ。オレ個人としちゃ、やりたくなかったんだぜ。トウマのことは弟みたいに思ってるんだからよ」

「ああ、俺もそこは疑ってはいない。今でもな」


 ジルヴィオからは、いろいろなことを教わった。


 将来的に殺す相手なのだから、疑われない程度に事務的でいいはず。

 にもかかわらず、今にして思うと役に立たない知識が多いが、少なくとも楽しく授業を受けられたのは事実。


 そこが、ジルヴィオの不思議な魅力につながっているのかもしれない。

 レイナを囮にしてまでトウマを呼び出したにもかかわらず、その瞳には肉親を慈しむような色さえ浮かんでいる。


 いや、そうでなければレイナの危機にトウマが現れる前提で計画など立てないだろう。


「だから、殺すにしても必要最低限でやり遂げようとしたんだな」

「ああ。さすがに一切の苦痛を……ってのは無理だからな。でも、毒で抵抗を諦めたらトウマからとどめを刺して欲しいって言ってくるだろ?」


 トウマは、いろいろと面倒を見てやった弟のようなもの。

 必要なら殺す。


 そこに一切の矛盾を感じないのが、ジルヴィオ・ウェルザーリという光輝騎士だった。ゆえに、使命を下されたのだ。


「頭おかしいですね」

「狂っておる。よくも、妾たちを“魔族”などと呼べたものよ」

「ジルヴィオ、俺もお前のことを許すことはできない。でも、忘れるつもりだった」


 好きの反対は嫌いではなく無関心。

 そう真っ正面から言われて、少しだけ傷ついたような表情を見せるジルヴィオ。


「シアが、進むべき道を示してくれたから復讐なんて無意味だと思えたんだ」

「なにをするのかは知らないが、オレなんぞよりも価値があるって? だから、殺されかけてるのに水に流す? そいつは、大した勇者様だ」


 話しながら、ワイバーンが高度を下げる。

 それで、トウマの視力でもジルヴィオの表情がはっきりと見えた。


 珍しく、余裕のない。こちらを見下すような表情が。


「それは違うな。“魔族”というのは、光輝教会が言っているような存在じゃない。それはジルヴィオも知っているんだろう?」

「だったら?」

「もし、事情があるのなら――」

「ああ、そうか……」


 ジルヴィオは片手で顔を覆い、深々とため息をつく。

 懐から細巻きの煙草を取りだして火をつけた。


「実は、オレには弟がいてな。サン=クァリスの教会で養育されてるんだ。体のいい人質みたいなもんだな」

「ジルヴィオ、なら……」

「って、そんなもんいねえよ!」


 ワイバーンに騎乗する光輝騎士が、煙草の煙を吐き出し腹を抱えて笑った。

 トウマですら見たことのない大爆笑。いや、失笑か。


「教会の命令に背かないのは、人質がいるから? 陰惨な過去があるから? ねえよ、そんなもん。魔族の命なんて知ったことか! オレはただ、偉くなっていい生活がしてえだけだよ!」

「お金のためだっていうんですか、全部?」

「そうだぜ、聖女の嬢ちゃん。金をバカにすんじゃねえぞ。金がありゃ、金でできることはなんでもできるんだからな」

「確かに、その通りだな」

「センパイ!?」


 その即物的すぎる返答を聞いて、トウマは逆に感心してしまった。


「だから、全部一人でやろうとしてるんだな」

「そう言われてみると、確かにの……」


 ミュリーシアが羽毛扇で口を隠し、赤い瞳に納得の光が点る。


「たぶん、俺を逃がしたことは報告していない。いや、殺したけどモルゴールが崩壊したどさくさで死体は失ったとでも言っているんだろう」

「ならば、この茶番は辻褄あわせというわけじゃな」

「そうだぜ。希望が湧いちゃったか?」

「そうでもない。つまり、ジルヴィオが一人でどうにかできるって判断したってことだろう?」

「……トウマ。そういうところ、オレは好きだぜ」

「そうか。でも、大事な幼なじみにまで手を出されたんだ。希望があってもなくても抗うだけだ」


 手袋をした手で煙草を握りつぶし、ジルヴィオは人好きのする笑みを浮かべた。


「オレとしちゃ、やることは最初からひとつだけさ」


 ワイバーンを上空に残し、ジルヴィオは地上へと降り立つ。

 それに合わせて、ミュリーシアは羽毛扇をぱっと開いた。

 同時に、ドレスの裾から伸びた影の杭が飛び出していく。


「やれやれ、危機一髪だ」

「なんじゃと!?」


 三つにわかれた燃え上がる目が描かれた、円形の盾。

 小さな、防御には不向きな装飾品に触れると、影の杭がかき消された。


 さらに、そこから光輝く清浄な白い光が同心円状に広がっていく。

 すべてを洗浄し、正常化する神の光だ。


 光が周囲を覆い尽くし、白く輝く粒子が一帯に残った。


 それに触れて消失したものがふたつ。


 ひとつは、レイナがスキルで召喚し代償として使用していた巨木。

 もうひとつは、影で編まれたミュリーシアのドレス。


「シア!?」


 トウマは慌てて制服の上着を脱ぎ、ミュリーシアにかけてやる。

 周囲に浮かぶ粒子よりも白い。新雪のような肌が目に入ってしまったが、致命的な部分は見ていない。


「共犯者、感謝するぞ」

「いや、なんかすまない……」


 制服の前を合わせながら、赤い瞳に殺意を込めて白い粒子の向こうにいる光輝騎士を射抜く。

 自らの裸身に一切恥じ入るところはないが、見せつけるのと見せることになったのはまたべつのこと。


 しかし、ジルヴィオに気にした様子はない。

 芸術品を見た程度の感心――つまり、ほとんど心は動いていなかった。


「使い捨ての試作品だからよ。上手くいかなかったら、どうしようかと思ったぜ」

「共犯者、聖女。あの盾から出た光と、この粒子には魔力をかき消す効果があるようじゃぞ」

「だから、神樹も消えて? でも、光輝騎士の加護も例外ではないはずです」


 平和を意味する名を持つ異界の神ナイアルラトホテップを信仰する光輝教会。

 しかし、力なくして平和は保たれぬ。


 その栄えある尖兵である光輝騎士には、筋力・耐久力・敏捷力増強。魔力強化、スキルに準じるフィートの付与など各種の加護が与えられていた。 


「だがよ。毒は関係ねえんだよな、毒は」

「そうか。それに、最低限俺さえ殺せればいいわけか……」


 ちらりと、上空で待機するワイバーンを見る。


 魔力をかき消す効果範囲には、縦方向の距離もあるのだろう。だから、空中では使用しなかった。


 けれど、目的さえ果たせば別。あれで逃げてしまえばいい。


 絶体絶命の危機。

 しかし、ドラクルの姫は凄絶に笑う。


「舐めてもらっては困るの」


 制服の上着だけを羽織った、ミュリーシア。

 その姿がトウマの眼前で消え去り。


「ドラクルには、影術がなくとも筋力がある」


 次の瞬間、白い残像が踊った。


「ぐっ、はっ――」


 ジルヴィオが苦鳴とともに吹き飛ばされる。


 露わになった白い足で、腹を蹴り抜いていた。


 トウマたちがそれに気付いたのは、ジルヴィオがなんとか受け身を取って立ち上がってからだった。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 平和(笑)
[一言] レベルを上げて物理で殴る……やはりこれが真理w
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