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使い捨てられ死霊術師のゴーストタウン建国記  作者: 藤崎


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273.なにもないことを確認するのも確認

「なにも、皆で来ることもなかったと思うがの」


 確認のため、ニャルヴィオンで地下空洞を再訪する。

 それは既定路線だが、ミュリーシアにとっては参加人数が想定外だったようだ。


 キャタピラに揺られて荒野へ向かう途中、二階席の最後尾から赤い瞳で周囲を見回す。


 レイナにノイン。それから、タチアナ。

 前回のほぼ倍に増えている。まるで、ダンジョン探索に向かうかのようなメンバーだ。


「確かに、そんな危険はないだろうが……」


 トウマも、ミュリーシアの言葉の正しさは理解できる。

 ただ、それとは異なる理由もあった。


「みんなも、一度地下空洞を見ておきたいだろうし」

「……うむ。じゃが、それなら完全に安全を確認できてからでも良かろうよ」

「なんですか、ミュリーシア」


 消極的なドラクルの姫に対し、トウマを挟んで反対側に座るレイナが指を突きつけた。


「センパイと二人きりが良かったと?」

「仮にレイナたちを連れてこなんだとしても、二人きりにはならぬであろう」


 馬鹿なことをと、ミュリーシアが軽く息を吐く。トウマも、突きつけたままの指を掴んで邪推をやめさせる。


「そうなのです!」


 そのタイミングで、天井から逆さまにリリィが降ってきた。


「リリィも一緒なのですよ~」

「リリィちゃんやピヨウスがいるから、二人きりじゃない? でも、あたしやノインの目を盗んで血を吸うことはできますよね?」

「共犯者!?」


 思わず立ち上がり、リリィと一部が重なってしまった。


「おお~。なんだか、面白いのです」

「俺は話していないが」


 焦った姿を見せるミュリーシアにも、世界の法則が乱れそうなリリィも意に介さない。トウマは、冷静そのもの。


「ええ、ただからかっただけです。自分で言ってなんですけど、ひっかかります?」

「無様を晒したのは、妾であったか……」


 どさりと、音を立ててミュリーシアが座席に戻った。リリィが、少しだけ残念そうな表情を見せる。


「ミュリーシア様! へこたれちゃダメっす! ファイトっすよ!」


 見張りと称して、二階席の前のほうに陣取っていたタチアナが鼓舞する。


 しかし、それはとどめの一撃だった。


「共犯者よ、妾は死ぬ。なれど、アムルタート王国は妾がなくとも発展し続けるであろう……」

「こんなことで死なれちゃ困るんだが。いや、どんな事情だろうとシアに死なれては困る」

「センパイが言いそうなことを見越して、自己肯定感を満たそうとするのやめてもらっていいですか?」

「そのようなことしておらぬわ!」


 再び、ミュリーシアが立ち上がった。あるいは、怒りで生き返ったと表現すべきか。


「にゃ~」

「皆様、そろそろ目的地に到着するとのことです」

「う、うむ。今は地下の探索じゃな」


 賢明にも沈黙を守っていたノインによって、事態の収拾が図られた。


「……その気なら、もっと早くどうにかできたんじゃないっすか?」

「そのように差し出がましいことは、いたしかねます」


 ノインの声も表情も、ほとんど変わることはなかった。


 だが、ほんの少し。わずかに口角が上がっていた。


 本人も、気付かない程度に。





「おおっ! 結構、いい場所じゃないっすか。落ち着くって言うか、ほっとするって言うか」

「ふふんっ。たっちゃん、なかなか違いが分かる女なのです!」

「それほどでも……あるっすね!」


 真っ先にニャルヴィオンから降り立ったタチアナと、物理的な障壁をものともしないリリィ。

 二人が地下空洞の入り口で、並んで笑い声を上げた。


「明るいのはいいですけど、日の光を嫌ってるようにしか見えないコンビですね……」

「性格は、あんなに明るいのにな」


 遅れて姿を現したトウマとレイナは、まるで保護者だった。リリィはともかく、タチアナはいろいろな意味で微妙なところだが……。


「ご主人様、奥様。あまり先に行かれませんよう」

「その心意気は立派じゃが、武器を構える必要はないのではないかの?」

「メイドが存在する場所、それ即ち戦場でございます」


 愛用のロッド・オブ・ヒュドラを手に、ノインはトウマとレイナの前へと移動した。瀟洒な所作からは、鋼の意思が伝わってくる。


「そこまで気を張らなくてもいいだろう。前回は、特になにも起きなかったし」

「水の精霊がいたのは、わりと大事なんじゃないですか?」

「身の危険という意味では、だな」

「お言葉はごもっともでございます」


 トウマの言葉の正しさを認めながらも、ノインは譲らない。


「しかし、ここはグリフォン島でございますので」

「困ったことに、反論の言葉が見つからない」


 ノインは瀟洒に一礼し、先頭に立って洞窟を先に進んだ。


「おっ、先頭の景色は譲らないっすよ」


 あわてて、タチアナが自動人形のメイドを追い掛ける。


「タチアナ、そなたは最後尾で警戒せよ」

「はっ。承知したっす!」

「めちゃくちゃ簡単に譲りましたね……」

「よくよく考えたら、先頭の景色よりもミュリーシア様の後ろ姿のほうが良かったっす!」


 トウマとレイナ。それにミュリーシアは、ノインとタチアナに挟まれる形ように一列になる。

 リリィは、上下左右自在な位置取りで地下空洞を進んでいった。


 進んでいった。


 順調に。


 トラブルもなにもなく。


「センパイ、おかしいですよ。なんにも起きないなんて」

「そのほうがいいだろう」

「でも、不安になりません?」

「分かるっす」


 心の底から同意するタチアナとは対照的に、ノインは警戒を怠らない。


 しかし、今回は無駄に徒労に終わった。


「もうすぐ、みっちゃんがいた湖に着くのですよ~」


 すっかり氷が溶けて消えた、地底湖。

 澄んだ水と、清涼な空気。それから、厳かな沈黙が待ち受ける聖地。


 ただし、沈黙はすぐに破られた。


「おっ、良く来たな!」

「結局、ここにいるんですか」

「実家のような安心感だぞ!」


 地底湖から飛び出した、水の精霊。

 がははははと、二頭身のウンディーネが腰に手を当てて笑った。


「なにしに来たかは分かってるぞ! 早速、ニアストーンを設置しに来たんだな!」

「いや、地下におかしなのがいないか調べに来ただけだ」


 軽く首を振って否定し、それから付け加えるように口を開く。


「ここは、ウンディーネのものだろう? そこから水を汲んでいいのか?」

「……おかしい。おかしくないか? 普通、水の精霊がいる泉があったら活用しようとするだろう?」

「センパイ、ウンディーネにあきれられてますよ。思いっきり」

「じゃが、それでこそ共犯者である」


 他に水源がなければ、トウマも頼んだことだろう。

 しかし、他にあてがあるのだからわざわざ人の物に手を付ける必要はない。


 という思考は、あまり一般的ではないらしい。


 そこまで理解しても、トウマは改めて願い出ることはなかった。


「一方的に利用するのは、違うんじゃないかと思うんだが……」

「まあいいけどな! でも、遠慮はダメだぞ!」

「ああ。干ばつにでもなったら頼む」


 その場合、正しさよりも現実が優先だ。

 国民も増え、責任も増したのだから。


「水の精霊がいるのに、干ばつとか絶対にないけどな!」


 しかし、そんな覚悟は一瞬で霧散させられた。


 ウンディーネがいる限り、水不足とは無縁らしい。

 トウマは両手を挙げて降伏し、ミュリーシアが続きを引き取る。


「水の精霊よ、妾たちはこの地下空洞がどこかへつながっておらぬか調べに来たのじゃがな」

「加えて、モンスターや危険な生物が生息していないかも確認したいと考えております」


 ミュリーシアとノインの言葉に、水の精霊がうんうんとうなずく。


「どこにもつながってないし、他になにもいないはずだぞー」

「そうなのです? 知らないうちに、湧いて出てるかもしれないのですよ?」

「なら、好きに調べていいぞ!」

「じゃあ、遠慮なくそうするのです」

「リリィちゃん様、さすが物怖じしないっす」


 水の精霊公認で、手分けをして一帯を捜索する。


 壁だけでなく、地面や天井も。

 一見なにもなくとも、なにが出てくるか分からない。


 油断せず、しっかりと警戒をした……が。


 幸いにもというべきか。あるいは、意外にもと表現すべきか。


 ほかに発見はなかった。


 あれだけ綺麗な湖にもかかわらず。それとも、綺麗すぎたからか。生物の姿はない。

 また、グリフォン島のどこともつながっていなかった。


 ただ自然と水が湧き出す奇跡の泉があるだけ。


 突然、モンスターが沸いて出るようなこともなかった。


「じゃあ、この水はどこから来たんですか?」

「直接、水の源素界につながっているからな!」

「水の源素界……?」


 レイナは、思考を放棄した。

 よく分からないが、詳細を知ってはならないような気がしたからだ。


「思うところはなくもないけど、実害はないんだろう?」


 と、トウマも気にしないにした。


「上にも下にも、どこにも道っぽいのはなかったのですよ~」

「ミュリーシア様が開いた道だけっす!」


 小さな裂け目があり最低限の空気の循環はあったようだが、それだけ。


「基本的に、閉じた空間というわけでございますね」

「そうだな。シアが掘り進めて、どこかにつなげれば別だろうが」

「意味もなく、そのようなことはせぬぞ」

「つまり、理由があれば喜んでやるということですね」


 にやりとレイナが笑って指摘すると、ミュリーシアがより生き生きとした微笑みを返した。


「穴がないと移動できないなんて、不便なのです」

「くくく。うむ、リリィには勝てぬわ」

「邪魔をしたな。すまなかった」


 トウマが、水の精霊に頭を下げた。

 必要だったとはいえ、騒がせたのは間違いない。


「本当に、おかしなやつだな!」


 しかし、二頭身の水の精霊は胸を反らして笑った。


「その奥ゆかしさに免じて、ニアストーンで排水を送っていいぞ。全部綺麗にしてやる!」

「……それは助かるが、いいのか?」

「いいんだ。水の精霊は、太っ腹だからな! 伝説の剣でも、金の斧でも銀の斧でもプレゼントだ!」

「冷静に考えると、金とか銀って水じゃなくて地の精霊っぽいですよね」

「偏狭なセクショナリズムは打破しないとだからな!」


 本気なのか冗談なのか、分からなくなってきた。


「何事もなく、ようございました」

「ああ、そうだな。ノインも、警戒ご苦労様」

「いえ、とんでもございません」


 月下美人のかんざしに手をやりながら、瀟洒にノインが頭を下げる。

 それを横目に、レイナがつまらなそうにつま先で小石を蹴った。


「なにもなしってことで、戻りますか」

「いや、それは早計という者であろう」


 明眸皓歯。ミュリーシアが白い牙を唇の間から覗かせ、赤い瞳を輝かす。


「せっかく、新たな王宮に住む予定の者が集まっておるのだ」

「そう言われてみると、確かにそうですね」


 ヘンリーは、ノインと同じ体に入っているが幽霊船からはあまり長期間離れられない。

 モルドやステカたちも住むわけではないし、ネイアードは言わずもがなだ。


「ざっと、新たな王宮の設計をしてしまおうではないか」


 ミュリーシアの艶やかな唇が、微笑みを象る。


 視線が自然とそこへ集まり、足下で影が蠢いているのに誰も気付かなかった。

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― 新着の感想 ―
[一言] 水の精霊にモルガンって名前付けたら伝説の剣が手に入って王様に……と思ったらアルムタートの鶴嘴を抜いた王様がすでにいた件w
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