269.円卓の間のウンディーネ
「わはははは! 思ったよりも、おもしろいことになってるな!」
島に存在した、地下空洞。そこで眠っていた水の精霊が、“王宮”で待っていたレイナたちと顔を合わせた。
「これなら、楽しく過ごせそうだぞ!」
石の椅子にピヨウスのクッションを乗せて座っているレイナ。
いつも通り、瀟洒な和風のメイド服のノイン。
どう対処していいのか分からず、フレーメン反応を起こしているタチアナ。
それから、レッドボーダーのゆりかごですやすやと眠るマテラ。
「人の顔を見て、いきなり失礼なこと言ってません?」
「バラエティに富んでて楽しそうって意味だぞ!」
先にリリィを飛ばして報告はしていたが、それと受け入れられるかどうかはまた別の話。
特に、タチアナの戸惑いは大きかった。
「ええと、水の精霊……っすか? え? 本物? 本物なんすか?」
「そうだぞ! 疑うのなら、お肌に潤いを与えてやるぞ!」
「ミュリーシア様と同じ美貌に、なんてことを言うんすか!?」
そして、水の精霊のお眼鏡に適ったのもタチアナだった。
マスコットのような二頭身の体で無造作に近付き、ぺしぺしと頬を叩く。
タチアナのミュリーシアと同じ顔の上で、いくつもの波紋が踊る。
「おっ、おお!? 確かに、お肌の張りが違う感じがするっすよ!?」
「というわけで、説明したとおりだ」
水の精霊の相手をタチアナに任せ、トウマはぐるりと円卓を見回した。
初対面となるレイナとノインは、ある程度平静を保っている。レイナは、あきれているといったほうが近いかもしれない。
「地下に湖があって、水の精霊が眠っていたですか……。相変わらず、引きが強いというかなんというか」
「ご主人様と陛下の御威徳の賜物かと」
余計な感想は差し挟まず、あるがままを受け入れるノイン。
それ自体はありがたいが、狙ったわけではないのでトウマとしては困ってしまう。
「偶然だし、俺がなにかやったわけでもないけどな」
「そうかの? ピヨウスまでなら偶然で済ませられたやもしれぬが……」
「ぴぃ?」
「もしかすると、この島は避難所なのかもしれぬのう」
「だとしたら、用意をしたのは精霊アムルタートか」
異界の神ナイアルラトホテプが現れる以前。神々同士の諍いから逃れてきた、リリィたちの先祖。
同じく、神蝕紀の混乱を避けて自らを封印をした水の精霊。
そして、光輝教会からも聖魔王からも使い捨てられたトウマとミュリーシア。
奇しくも、ミッドランズや暗黒大陸にいられなかった者たちが集まっている。
「そうなると、ピヨウスはマクイドリ一族最後の王子を保護していたみたいな感じですか?」
「可能性はあるが、厳重すぎるな」
巨大な卵まではともかく、岩棚の中に入れる必要まではなかったのではないか。安全なのは間違いないが、ミュリーシアがいなければそのままずっと発見されなかっただろう。
「ピヨウス、王子様だったですか。はわぁ~。びっくりなのです」
「ぴぃ!」
なぜか、胸を張るピヨウス。
その仕草に和みつつ、トウマは隣に座るレイナに視線を向けた。
「そういえば、玲那は水の精霊の写真を撮ったり喜ぶかと思ったんだが」
「お? 精霊は、いつでも撮影大丈夫だぞ?」
写真のことも理解しているらしい。水の精霊が、指をくっつけてハートマークを作った。
精霊たちの故郷である源素界、あるいは『領域』は複数の世界と隣接しているという。もしかすると、地球とも関わりがあるのかもしれなかった。
その真偽は不明だが、レイナはあまりうれしそうではない。
「あざとすぎるのは、ちょっと」
「あざとい……か?」
水を象徴するかのような青いショートカットの髪と、渦巻き状を象った衣。
愛らしい顔立ちと、天真爛漫な笑顔。
わざとらしさは感じられず、トウマの目には可愛らしく見える。
「まあ、同性には違って見える……同性か?」
「精霊に男も女もないぞ! 見るほうが、勝手に判断したらいい!」
「普通の生物とも、モンスターとも違うんだな」
精霊アムルタートも、同じなのだろうか。
もしかしたら、夢の中に出てきたあの姿は精霊像に影響を受けたものなのかもしれなかった。
「へえ、みっちゃんはすごい人だったのです?」
「そうなんだぞ! まあ、あそこにいる外世界からの来訪者に比べたら全然普通だけどな。よく、世界が滅びなかったな!」
「マテラ……あの盾の上で眠っている赤ん坊のことか?」
確証はないが、他に候補もいない。案の定、正解だった。
「おう! ちっちゃな欠片で、今は自意識もないみたいだけどな!」
「モンスターを生み出したり、砂漠に巨木を生やしたりしてるんだが。それで、ちっちゃな欠片?」
「その程度で済んでるなんて、奇跡だぞ!」
「そこまでなのか……」
トウマが、無意識に頭をかく。
「まあ、別に今まで通りで良いか」
「そうじゃな。別に、マテラがマテラでなくなるわけではあるまい」
「軽いですね? あたしも賛成ですけど」
「素直でないのう」
「だって、マテラは普通じゃないのはノートパソコンで調べて分かってるじゃないですか」
レイナはミュリーシアと視線を合わせず、そっぽを向いた。気持ちは分かるので、トウマも咎めることはしない。
「わはははは! 肝が太いな! それとも、面の皮が厚いのか!」
「かわいい顔して、ひどいこと言いますね」
「許せ! 率直な感想というやつなんだぞ!」
正直なら、それでいいというものではない。
同時に、この水の精霊相手に言っても通じそうにはなかった。
「そもそも、この世界だと水の精霊ってどういう扱いなんですか?」
「大地が生命を生み、水が育み、火が文明をもたらし、風が浄化する。それはすべて精霊の加護と言われておる」
「世界そのものの管理運行。それを司るのが、源素精霊となります」
ミュリーシアとノインの説明に、トウマとレイナは分かったような分からないような微妙な表情を浮かべた。
「八百万的なあれですかね」
「神というか、まさに精霊というか」
「ありがたや~なのです」
完全に理解したとは言えないが、なんとなくイメージは掴めた。
けれど、まだなにを目的としているのかがレイナには理解できない。
「それで、そのありがたい水の精霊様はなにを求めてるんです?」
「俺たちに、おもしろおかしく過ごして欲しいらしい」
「おう! ご飯とか食べないから、お構いなくなんだぞ!」
「もしかして、あたしたちの暮らす姿を見て娯楽代わりにしたいってことですか?」
「それはちょっと語弊があるような気がするな」
単純に、楽しいことが好きなのではないか。純粋すぎるほどに純粋なだけで。
「そうだな。愉快で楽しい気分になると、力も強くなる感じだな!」
「信仰の力を集めておる……というわけでもなさそうじゃな」
「いや、神さまを祀るみたいな感じじゃないか?」
「ああ、やっぱり八百万な……」
日本人二人は感覚的に理解できたが、さすがにミュリーシアたちには通じなかった。
「一体、どういうことっすか? そもそも、精霊ってそんな感情が……めちゃくちゃあるっすね」
「おう! 楽しいことが大好きだぞ!」
源素界。あるいは、『領域』とも呼ばれる場所からの来訪者。
意思を持つ自然の象徴と表現してもいいだろう。
「要は、機嫌良く過ごしてもらえば悪いことは起きないってことだ」
「うむ。言ってみれば、水の精霊が生活を見守ってくれるわけじゃな。なんの問題もあるまい」
「なにか供物を捧げるとかのほうが、よっぽど楽なんじゃないですか?」
レイナの指摘に、ミュリーシアは固まった。
「借りは逆に高くつくとも言うしのう」
「そういえば、最近砂漠から人が来たのですよ」
「おお! そいつは楽しみなんだぞ!」
そして、この場にいないモルドとステカがどう反応するのか。砂漠の民たちは、どう思うのか。
「皆様、そろそろ耐性も付いたことかと存じます」
「どうせなら、村の名前も水の精霊に関係しものにするか……」
普通ではないのだったら、思いきり関わらせてしまえばいい。
強引なのは間違いないが、だからこそ真理かもしれなかった。
「おお、名前か!」
ウンディーネのサファイアのような瞳が、爛々と輝く。
ただし、真理が常に最適とも限らない。
トウマは、こんな簡単なことを忘れていた。




