261.次の一歩
すみません。予約投稿ミスりました。
歓迎の宴から、しばし時が流れた。
その間も、グリフォン島は少しずつ。しかし、確実に発展していった。
まず、住居の建設は順調に進んだ。
ミュリーシアのセンス。
親方たちゴーストの経験。
そして、デック・オブ・メニィオブジェクトによる建材の調達と即時の建設。
アクティベートしてしまえば、カードを置くだけでできあがる。その上、ミュリーシアの影術により立体モデルがあるのだ。失敗しようがなかった。
手間は、カードをアクティベートすることだけ。
すさまじいと言う他ない勢いで完成する家々を目の当たりにして、レイナですら――
「第三層の館は罪深いですが、許してあげたくなりますね」
「実際に、許してはやらないのか」
「この場合、許すというのは忘れるのと同じことになっちゃいますからね」
――と、トウマをさらった第三層の階層核を擁護するほどだった。
現在、砂漠の民たちは新居に移り住んでいる。精霊殿は、再び無人となった。
一方、開墾はまだ道半ばだ。
区画の整理や、最大の関門であった雑草の処理は完了。今は、しっかりと耕して土作りをしたり肥料の用意をしたりしているところだ。
近いうちに、種まきも始まることだろう。
並行して、ダンジョンでの農業も進めている。
ネイアードたちの協力もあり、ミミックルートの栽培には成功した。次に、品種改良を施しつつカレーの種の完成を目指すことになる。
表には出せない品種は、今後もダンジョンで栽培していくこととなるだろう。もっとも、開墾した畑で植える品種も流出させていいものではないのだが。
ベーシアからの便りはない。
元気な証拠だと誰一人として疑っていないが、いきなりではなく適度なところで連絡が欲しいとは思っていた。
無理だろうが。
一度、ピヨウスに頼んでオアシスへ様子を見にも行っている。
まだ一ヶ月も経っていないのだから、そこまで大きな変化はない。ただ、試しに作った小屋に訪問者が絶えず捧げ物が置かれているのには驚かされた。
また、どういうわけかオアシスのあちこちにピヨウス像が生えていた。そう表現するしかないぐらい、あちこちに存在していた。
デック・オブ・メニィオブジェクトから、ピヨウス像のカードがなくなっているのと無関係ではないだろう。
聖魔王――“魔族”サイドからのコンタクトは、今のところない。
エルフの宣教使――ソヴェリス・ティルタサナが、大人しくしているのか。それは、今後の動向を見守るしかなかった。
そして、幽霊船ワールウィンド号も水の都デルヴェへと派遣をした。
砂漠の民のために、必要な物資を手に入れるため。
また、砂漠の産品――タガザグラスと地霊石の鑑定を依頼する為だ。
航海は順調だったようで、一週間も経たずヘンリーが戻ってきた。
その和装メイドと同じ姿をした商人を囲み、円卓の間に集まって労いと報告を受けようとしていた。
「というわけで、いろいろ仕入れて戻って参りました」
「無事に帰ってきてくれて、なによりだ」
「幽霊船で難破なんて、そんな器用なことはできませんよ」
ノインが絶対に浮かべないだろう気楽にも見える笑顔で、ヘンリーが手を上下に振った。生前からの仕草なのだろう。ヘンリー本人の姿が、重なって見えたような気がした。
「光輝教会からの接触はなかったか?」
「今回は、なかったですね。気付いていないのか、気づいていない振りをしているのかは分かりませんが」
「本気で、すぐに大使を送り込めるとも思うてはおらぬのであろう」
「あたしたちの機嫌を損ねるのも、得策じゃないって思っているんでしょうね」
「そうだな」
同時に、大使の派遣を断られるとも思っていないのだろうとトウマは考えていた。
アムルタート王国の理念を考えれば、光輝教会も聖魔王も門前払いはできないのだから。
「タガザグラスと地霊石は鑑定待ちです。その代わりと言ってはなんですが、開拓村を作るときの物資を参考に、いろいろと運んで来ました。いや~、カティアが喜んでましたね」
「貿易不均衡は問題になるからな」
「おお、勇者様の故郷の話ですか? それは興味深いですが、報告を先に済ませましょう。持ち込んだ物資は、ノインさんやタチアナさんにお任せしました」
セタイトのステカも、そちらに参加していた。
本人も自覚が薄かったのだが、蛇人種セタイトは海でも支障なく動くことができた。さすがに水に浮きはしないが、泳ぎはかなり器用だった。
「分配は、ノインに任せるとするかの」
「ああ。俺たちが下手に関わるよりはいいだろう」
「あたしたちがやると、めちゃくちゃ改まった態度を取られそうですからね」
「新しい食べ物があるか。楽しみなのです!」
リリィの希望はともかく、これで砂漠の民の衣食住が整うことになる。
砂漠に比べればましだと思われていたかもしれないが、生活環境はかなり整うだろう。
「ありがたい。ありがたいし、感謝もしているのだが……」
それなのに、円卓に座るモルドは憂い顔。肩身の狭い思いをしていた。
「このようにもらってばかりでいいのだろうか? もちろん、必要な物であると認識はしているが……」
「しっかりと、働いておるではないか」
「陛下、あまりに報酬が過大だと不満に思うものですよ」
商人だけあって機微が理解できるヘンリーが助け船を出した。
「こちらに似たような言葉があるか分からないが、俺たちの故郷にはただより高いものはないという言葉がある」
「もらい物には値がつけられぬ、じゃな」
しかし、モルドの憂いは晴れない。ヘンリーも、ノインと同じ顔で天を仰いでいた。
「それはそれで、後からなにを言われるか分からないから不安じゃないですか?」
「……失敗したな」
トウマは、ミュリーシアと顔を見合わせた。
「深くは考えぬことじゃな。もらえるものは、もらっておけば良い」
「そうさせてもらう。将来的に、税も納めることになるだろうからな」
「税、税のう……」
ミュリーシアは、トウマと顔を見合わせた。
「そこのところは、なるべく無税でやりたいと思っている」
「……いいのだろうか?」
モルドは、驚きを飲み込んだ。
ここで驚いては、ミュリーシアとトウマの下で村長などできないと気合いを入れる。
「税を集めるにも、いろいろ手間がかかるからの」
「基本となる税率の決定、その時々の調整、実際の徴収。とても、手が回らない」
「それは、オアシスも同様に?」
トウマは、無言でうなずいた。
「場合によっては、労働力や物資を出してもらうかもしれないが……」
「なるべく、対価は用意するであろうがの」
「それ、商人も同じですか?」
「関税をかけないと、大変なことにならないか?」
「ですよねぇ」
「まあ、こう考えれば良い。ヘンリー、お主はアムルタート商会を切り盛りする大番頭だとの」
「……なるほど。国が儲かれば、商会が大きくなるのと同じことですか」
国策企業どころか、国が企業。
どことなくディストピアな風情があるが、ヘンリーはにっと笑った。
「それはいいですね。世界一の商人になれそうな気がしてきましたよ」
「でも、そうなったら契約切れるんじゃないですか?」
「まあ、まだ先のことですから……っと、そうだ。ひとつ提案があるんでした」
和装のメイド姿のヘンリーが、ぽんっと手を叩いた。
とても、可愛らしい仕草だ。
「この“王宮”建て替えませんか?」
「精霊殿だけでは、やはり不足だろうか?」
「そうですね。光輝教会が大使を派遣してきたら、さすがに侮られますからね。あっ、もちろん馬鹿にしているつもりはないですが」
「ああ、分かっている」
トウマにとっては。そして恐らくミュリーシアたちにとっても、“王宮”は愛着のある我が家だ。
それと同時に、一国を代表する建物になり得ないことも理解している。
「うむ。時は満ちたと考えるべきであろう」
ミュリーシアが黒い羽毛扇を閉じて、ぴしゃりと手のひらに打ちつけた。
「新たな王宮を、造営する」
女王の勅命が下る。
それに反対する者は、誰一人としていなかった。




