260.砂漠の民たちと歓迎の宴
「すまないが、飲酒は止められていてな」
「え? そんな、とんでもないです。むしろ、わざわざ足を運んでくれてうれしいです」
敷物に座ったハーフオーガの青年が、慇懃に頭を下げた。恐れ入りながら石の碗を差し出して、トウマのお酌を受ける。
見た目のイメージとは裏腹に、控え目な性格のようだ。なんとなく、新入社員という言葉がトウマの脳裏に浮かぶ。
しきりに頭を下げるので勢い余って角が当たりそうになるので危なっかしかったが、大振りの碗になみなみとワインが注がれた。
カティアか光輝教会からの献上品。
品質が高い物だと思われるが、トウマに善し悪しは分からない。ミュリーシアとノインが問題ないとしたのだから、好きに飲んでいいのだろうという程度の認識。
この光景を目の当たりにしたら、カティアは大喜びし、ジルヴィオは天を仰ぐことだろう。
「俺のことは気にせず、好きなだけ飲んでくれ」
「ありがとうございます」
恐縮はしつつも、アルコールの誘惑には勝てなかった。
横に座るセタイトのパートナーが服を引っ張るのも気付かず、ハーフオーガの青年は一息で飲み干してしまった。
「いい飲みっぷりだな」
「いやいや、そんなことはないです。はい」
トウマがおかわりを注ぐと、隣のセタイトの瞳が縦に細くなる。もちろん、トウマに怒っているのではない。
「まあ、まあ。今日だけは特別なので」
「は、はあ……」
砂漠の民たちの歓迎会である宴会は、ゴーストタウンの中央。精霊殿のある広場で行われていた。
要所要所に置かれた篝火が、レイナの横顔を照らす。その美しさに気圧されたわけではないが、トウマと一緒に行動していたレイナに諭されて矛を収めた。
代わりに、ノインが用意した料理――魚の串焼き――を口に運んだ。贅沢に使った塩の味が、心をなだめてくれる。
「今日はノインがやってくれましたけど、そのうち食材を渡して自分たちで調理してもらうことになると思いますから」
「楽しみです」
砂漠では貴重どころか、まず手に入らない食材。
それを自分たちの手で調理できるというのは、心躍る未来図だった。
「それでは、楽しんでくれ」
長居をしても無粋だと、トウマはハーフオーガとセタイトの下から離れた。
次は、ハーフケンタウロスとセタイトのカップル。性別は、ハーフケンタウロスが女性。セタイトが男性だった。
同じように挨拶をして酒を注ぎながら、少しだけ不自由そうに座るハーフケンタウロスを気遣わしげに見やる。
「人間……二足歩行が多いから、どうしても配慮が足りない部分があると思う」
「もちろんです」
当たり前のことなのに、申し訳なさそうにするとは。
ハーフケンタウロスの少女は、新しい主は優しい人なのだとうれしく思った。
しかし、次の瞬間にその感情は脆くも崩れ去る。
「だから、気になるところがあったら遠慮無く言って欲しい。極力、直していきたい」
バリアフリー。
徹底されているとは言いがたかったが、普及しつつあった概念。
だから、このアムルタート王国でも
「直す? 直すのですか?」
「できる限りにはなると思うが。それに、他との折り合いがつかなければ難しい場合もあるとは思う」
「……そんな」
ハーフケンタウロスの少女が、思わず手で顔を覆った。
「あ、ありがどう、ございまず……。ぞのおごとばだけで……」
余程、集落で苦労していたのだろうか。泣き出されてしまい、トウマは思わず固まってしまった。
「はいはい。泣き顔をまじまじみるものじゃありませんよ。行きましょう」
「あ、ああ。すまなかった」
レイナに引きずられて、トウマはその場から離れる。
最後に見たのは、パートナーのセタイトがハーフケンタウロスの少女を胸に抱き頭を愛おしそうに撫でているところ。
「……ふう。びっくりでしたね」
「玲那もだったのか」
「ええ。でも、あたしは女の涙には慣れてますから」
「どんな学校生活を送っていたんだ?」
しばらくして、トウマがレイナから解放される。
そこでふと、和装のメイド姿が目に入った。
だが、それはうれしそうに裏方で働くノインではない。
「ややややや。どうもどうも、私はアムルタート王国の交易担当のヘンリーと申します。こんな姿で中身は男ですが、これには理由がありましてね。まあ、概ねトウマさんのお陰なんですが。あ、お陰と言えば、ここにいるネイアードさんも似たような境遇なんですけどね」
「…………」
「返事ぐらいはしません!?」
「いるだけでいいト、言われてイル」
「本当に言葉通り受け取らないでくださいよ!」
幽霊船から下りたヘンリーが、気さくに挨拶した回っていた。
ネイアードも一緒だが、悪くないコンビのようだった。
「私は、一度死んでまして。死んだだけならあれですが、海賊の幽霊に支配されていたんですよ。そこを、幽霊船ともども救ってくれたのがトウマさんというわけです。ええ、そちらでも死者の魂を救ってくれたんですって? トウマさんらしいですね」
「そこハ、同意スル」
「このネイアードさんも、住むところがないならグリフォン島に来ないかって誘われた口なんですよ~」
「なかったわけではナイ」
ヘンリーの語り口はユーモラスで、自然と笑顔になる。ネイアードのクールな対応も、ギャップを生み出して面白い。
砂漠の民たちには、いい娯楽だろう。
しかし、おもしろおかしく功績を並べ立てられるトウマはいたたまれない。
「……作為的なものが感じられるんだが」
「いいじゃないですか。うそじゃないんですから」
「大げさなのも、虚偽に入らないか? 優良誤認だろう」
「そこは、解釈次第ですね」
トウマの抗議は、さらりと流されてしまった。
だが、レイナは気付いていない。
拡大したオアシスがハタノと名付けられた以上、特に功績を強調する必要がないという事実に。
「ああ、そうそう。話は変わるんですが、足りない物とか欲しい物があったら言ってくださいね。時間はかかりますけど、調達しますから」
「話が変わりすぎではないカ?」
「こう見えて、商人ですから」
「度し難いナ」
ヘンリーは、商売の種を探しているようだ。
その辺りの要望をまとめたら、また交易に出てもらう必要があるだろう。
「……次に行くか」
「ですね」
そうして広場をぐるりと回って行き、最後はモルドとステカに挨拶をして上座に用意された自分たちの席に戻ってきた。
「ご苦労であったの」
「シアも、一人で回っていただろう」
「なあに、妾は呑めるから苦労というわけではないわ」
ミュリーシアは隣にトウマを座らせると、赤い瞳を正面に向けた。
「今日の狩りは、なかなかの見ものだったっすよ。いやー、観客が二人だけで残念だったっす」
いつの間にか、広場の中心にタチアナがいた。
フードを外し、髪型だけレイナにハーフアップにしてもらっている。
「モンスターだったから死体は残らなかったっすけど、結構な大物だったっすよ」
「突然、出てきたのです」
「軽量級だけあって、隠密が得意なベヒーモスだったっすね」
「タッちゃんは、雷が落ちてベヒーモスにどーんって吹き飛ばされても平気だったのです」
「この顔は、ミュリーシア様の護衛である証。そのあーしが、ベヒーモスごときに負けるわけにはいかないっす」
リリィを相方に、武勇伝を披露していくタチアナ。
ベーシアに比べれば稚拙だが、一対の槍を振るいながらで臨場感がある。
「イナバ様の助太刀を拒否して、あーしはベヒーモスに立ち向かったんっす」
「二度目の攻撃は、ちゃんと避けていたのです」
「ドラクルに同じ技は通用しないっす」
それが事実かどうかはともかく、タチアナの語りに脚色はなかった。
軽量級とはいえベヒーモスを一撃で転倒させ、槍で滅多刺しにしたのは間違いのない事実。
「あそこまで危険だったとは、聞いておらぬぞ?」
「もしかして、ジンジャーエールで怪我も治ったんじゃないですか?」
「怪我はしてないから、そこは分からないな」
実際そうなのだから当然だが、ごまかしている様子もない。
「邪推であったな。すまぬ」
「そうですね。センパイなら、怪我したらちゃんと怪我したって言いますよね」
「まあ、そうだな」
「タチアナも護衛の役割を果たしておるようじゃから。これ以上、とやかくは言わぬよ」
「助かる」
そのとき、拍手の音が聞こえてきた。
タチアナの語りが終わったらしい。
トウマも参加し、拍手をしながら宴会の様子を見つめる。
みんな楽しそうで。
溶け込もうと努力してくれている。
「シアと玲那がいてくれて良かった」
「はい?」
「突然なんじゃ?」
「シアがいなかったら、そもそもここにいないし」
当たり前のことだが、それだけに何度確認してもいい。
「玲那がいなかったら、とてもこれだけの人数は養えなかった」
ずっと、頼り切るわけにはいかない。いずれ、自給自足をしてもらう必要はある。
それでも、一番厳しい立ち上げの時期を乗り切れるのはレイナのお陰だ。
「二人だけじゃないけど、二人には特に感謝している」
「…………」
「…………」
しかし、応えはない。
「これって、あれですか? 場に酔ったってやつですか!?」
「だとしたら、妾たちにはどうしようもできぬぞ?」
「ただの感謝だが?」
「……言われてみれば、そんな気がしないでもないですね」
「過剰反応であったか」
トウマがまた特殊な酔いかたをしたのではないか。
その心配は、杞憂となった……が。
「……つまり、場合によっては日常的にこれを浴びせられると?」
「否定できぬのう……」
耐えられるのだろうか。その照れくさい空間に。
そんな心配を余所に、宴は夜が更けるまで続いた。




