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使い捨てられ死霊術師のゴーストタウン建国記  作者: 藤崎


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250/295

250.いくつかの旅立ち

 ミュリーシアが思う存分腕を振るい、レイナがハタノを囲うように植樹を終えたのは太陽が中天に差し掛かった頃だった。


 降り注ぐ、灼けるような陽光。


 しかし、マテラの木のお陰だろうか。確かに日差しはきついが、疲弊するほどではなく。厳しいが、耐えられないというほどではない。


「真夏の日本と同じぐらいですね」

「さすがに、過ごしやすいとは言えないけどな」


 それでも、折吹く風がマテラの木から水分を運んで体温を随分と下げてくれる。


「さて、妾たちはそろそろ戻るとするかの」

「にゃ~」


 一夜にして大きく広がった、オアシスの泉。

 その側に移動したニャルヴィオンが、車体を大きく伸ばした。休養は充分といったところか。


「心から、感謝を申し上げます」

「いつの日か、大恩に報いることをここに誓いましょうぞ」

「うむ。その気持ち、うれしく思う」


 モルドとステカの父親。ベンルとメセドスウラの言葉に、ミュリーシアが鷹揚にうなずいた。さすが、対応には慣れている。


 それに応えるように、見送りに集まった砂漠の民が深々と平伏する。


 もはや、見慣れた。


「うわぁ……。明るいところで見ると、またなんとも言えない光景ですね……」


 かといって、平常心では受け入れがたい光景。

 トウマも心情としては同じだったが、それはそれとしてこの真剣な別れの場を乱すわけにはいかない。


「ミュリーシアがいてくれて……って、なにするんですか?」


 そのため、隣でこそこそと喋るレイナの手の甲をつねって注意をする。

 手をさすりながら、視線で抗議をしてくるが本当に怒っているわけではなさそうだ。ベーシアが、楽しそうに眺めている。


「この者たちをお預けいたします」

「どうかよろしくお頼みいたす」


 背後に控えていた若者たちが、前に出て頭を下げた。


 クロスブラッドとセタイトから選ばれた合計20名。

 男女比は一対一。いずれも若く、モルドとステカの仲間と言って良いメンバーだ。


「うむ。確かに、預かった。役に立ってもらおうぞ」


 黒い羽毛扇で口元を隠しながら、ミュリーシアが目を細める。


 緊張も露わに、砂漠の民の移住者たちはまた無言で頭を下げた。


「モルド、差配は委ねる」

「お任せを」


 比較的慣れているモルドが、ミュリーシアからの命令に従って移住者たちをニャルヴィオンへと誘導していった。


 その堂々とした働きに、ひしめき合う砂漠の民たちが息を飲んだ。


 新たなリーダーとしての第一歩を、刻んだ瞬間だった。


 しかし、モルド自身にそこまでの余裕はない。ニャルヴィオンの二階席で席を割り振り、サポートするようにステカが細かい説明をしていく。


「すでに、多大な驚きに直面しましたが……。この先には、また種別の違った驚きが強風に乗った砂のように襲ってきます。心を強く持つだけではなりません。砂嵐に逆らわぬ、柔軟性も持ち合わせるのです」


 説明というよりは、精神論だった。


 ともあれ、クロスブラッドとセタイトから10人ずつ。新たな国民が加わった。


 その一方、去る者もいる。


「じゃあ、ボクはまた旅に出るよ」


 ニャルヴィオンに乗り込む前、ベーシアから唐突に告げられた別れ。


「止めても無駄なのは分かっているが……」


 トウマは思わず深い息を吐いた。それで、引き留めるようとする言葉をなんとか押しとどめようとする。


「今回は、ほとんどグリフォン島に滞在していないだろう。リリィが寂しがるな」

「そう言われると弱いけどね」


 ベーシアがキャスケット帽を指先でくるりと回し、ピザ生地のように放って頭でキャッチした。


「でも、放浪癖は抑えられないのさ。リリィにはほら、タチアナという期待の新人がいるからなんとななるよ」

「よく分からないけど、役に立てるなら頑張るっす」

「タチアナ……」


 言われてみれば、タチアナとリリィの相性は良さそうだ。きっと、ゴーストの少女は立派な先輩風を吹かせてくれるに違いない。


 それ以上に、タチアナがリリィを大先輩として立てそうな気がしてきた。


「それより、ベーシア先生。お世話になったっす」


 直立不動の姿勢から、タチアナが直角に体を曲げる。絵に描いたように、綺麗なお辞儀だった。


「うんうん。お世話したね」

「そこは、そんなことないよとかタチアナは優秀だから手がかからなかったよとか言うところっすよ?」

「それはない」


 ベーシアは真顔だった。


「まあでも、真っ直ぐなのは良かったと思わないでもないかな。ミュリーシアに愛想を尽かされないように頑張りなよ」

「ミュリーシア様はお優しいから、愛想を尽かすようなことはあり得ないっすっ」

「じゃあ、それに甘えて過ごすんだ?」

「あり得ないっす! あーしは、今度こそミュリーシア様のお役に立つっす!」


 拳を握って気炎を上げた。


「ま、頑張ってね」


 ベーシアの対応はあっさりとしたものだったが、心はこもっていた。


「今度は、ミッドランズのほうを回ってこようかな」

「ベーシア、汝の旅路に幸運があらんことを」

「ありがとう。でも、ボクぐらいになると幸運のほうから寄って来るからね」

「なにを言う、周囲の人間にとっての幸運じゃ」

「それは確かに必要だ」


 ベーシアが、くるりと踵を返す。


「幸運はともかく、人が増えるんなら事前に相談が欲しいところだな」

「ははははははは」

「笑ってごまかしましたよ、この自称成人男性」

「それが大人ってもんだからね!」


 振り返らずに、手を大きく振った。


 歩幅は小さいのに、あっという間に遠くなっていく。

 草原から防砂林を越えて、砂漠へと。


 そして、地平線の向こう側へ消えてしまった。


 神秘的なものに触れた気がして、厳かな空気が流れる。


 それを振り払ったのは、トウマだった。

 暇そうに座っていたピヨウスの、頭から背中にかけてゆっくりと撫でてやる。


「……俺たちも行こうか」

「そうじゃな。リリィとノインも待ちくたびれておろう」

「朝起きた後に、だいたいの説明はしてますけどね。スマホがあって良かったです」

「なんとかして増やしたいところだな」


 砂漠や交易に出るヘンリーと通話できたら、便利というだけでは済まない。

 ベーシアにも持たせたいが、ちゃんと連絡してくるか疑問が着くので優先度は低くなる。


「じゃあ、ピヨウス頼むぞ」

「ぴぴぃっ」


 ぴょんっと立ち上がったマクイドリに、トウマが魔力を注いでいく。


 ゴーストたちに分け与えるのと、同じ要領で。


 50人分を、ピヨウス一人に与えるイメージで。


「ぴぴぴぴぴぃ~」


 ご機嫌な鳴き声とともに、ピヨウスが巨大化した。

 この日一番のどよめきが、砂漠の民たちから起こる。


「めっちゃ、驚いてますね。これは、驚くしかないですよね……」

「そのうち慣れるであろうよ」


 人は、衝撃に慣れる生き物だ。


 それよりもと、ミュリーシアとレイナがトウマを両脇から抱えた。


「帰りはチョコレートの備蓄が心許ないですからね。ゆっくり休んでください」

「うむ。余計な体力は使わぬほうが良かろう」

「いや、歩くぐらいは……」


 もちろん、トウマの抗議が聞き入れられることはない。


 ドラクルの姫と緑の聖女に支えられ、トウマはニャルヴィオンのタラップを昇っていく。というよりも、昇らされていく。


「あ、ミュリーシア様。イナバ様を支えるぐらい、あーしがやるっすよ? ミュリーシア様? ミュリーシア様、なんでそんな早足で?」


 ベーシアから授けられた命と死の槍を持ったタチアナが慌てて追うものの、ミュリーシアは待たない。役割を変わることもなかった。


「雑事は任せて欲しいっす」

「雑事ならば、任すがの」

「……そうっすか? ……そうかも?」


 首を傾げながら、タチアナもニャルヴィオンの二階席へ。


 移住者たちは前目の席に座っており、トウマたちは後ろ側。モルドとステカは、その中間という配置だ。


「にゃ~」


 発進の合図とともにキャタピラが動き出し、巨大ピヨウスの背中に乗っかった。


「ぴぃ~~」


 巨大なピヨウスが、一際大きく鳴く。


 だが、恐怖はない。ただひたすら、可愛らしい。


 次の瞬間。


 羽ばたくことなく、地上から消えた。


 砂漠の民たちが、一斉に頭上を。空を見上げた。


 太陽のただ中に、浮かぶ影。


 前触れもなく外から現れ、多くを。あまりにも多くをもたらした者たち。


 あっという間に消えてしまった。


 現れた時と同じく。

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[気になる点] ニャルヴィオンのトラップ→タラップ [一言] 砂漠から出るまで乗っていく必要すらないベーシア……
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