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使い捨てられ死霊術師のゴーストタウン建国記  作者: 藤崎


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249/295

249.幸せを運ぶ幸運の像

 砂漠の民たちが、後に第一聖堂と呼ぶ小さな建物があった。


 大きさは、2メートル四方程度。砂色をした、外観は特筆するところのない……良く言っても小屋だ。


 住居にも、倉庫にも手狭。


 中途半端な建物が長く残り続けたのには、内部に理由がある。


 正面と左右。三方の壁には、精緻な彫刻が施されていた。


 左手に、サンドワームの群れを駆逐する女王。

 右手に、砂漠を緑に変える聖女。


 そして、正面には死者の魂を慰撫する勇者。


 まるでその状況を写し取ったかのような臨場感があった。


 しかし、それだけではない。


 この小屋――第一聖堂には、一体の石像が安置されていた。


 人間に近い大きさで、顔には愛嬌がある。

 くりっとした瞳も魅力的だ。

 硬いはずの石像だが、見るからに柔らかそうな質感。


 往時を知る砂漠の民は、誰もが生き写しだと懐かしそうに微笑を浮かべる。


 この石像のレプリカは多く作られ、ハタノのオアシスのそこかしこで見ることができる。

 また、ミニチュアサイズの置物やアクセサリーも人気だ。


 この石像の存在こそが、第一聖堂を聖地たらしめているのかもしれなかった。


 ただ、この件だけには限らないが。


 伝説というのは、当人からするとかなりどうしようもない経緯で生まれるものだったりする。


 砂漠の民が、それを知らずにいられたのは幸いなことに違いなかった。





「彫刻をするのはいいけど、だったら正面はミュリーシアにすべきだろう」

「なにを言う。これは、ただの時系列順に過ぎぬぞ?」


 左から、サンドワームを潰したところ。トウマがガーディアンワームと契約をしたところ。最後に、レイナとマテラがオアシスを作り替えたところ。


 ミュリーシアの計画に、トウマは渋い顔をしている。普段とあまり変わっていないと言われたら、反論できない程度だが。


「うむ。やはり、順番通りじゃ。なにもおかしなところはあるまい」

「時系列順なら、諍いを止めるミュリーシアが必要なんじゃないか?」

「そこまでは手を広げてはいられぬ。外で木を生やしておるレイナに怒られるからの」


 怖い怖いと、巨人のつるはしを傍らに置いたミュリーシアが肩をすくめた。


「砂漠の民としては、どう思う?」

「……すべては、陛下の御心のままに……だな」

「それよりも、彫刻とは時間のかかるものなのではないでしょうか?」


 トウマからの無茶振りをモルドはかわし、ステカはベクトルを変えた。見事な協同作業だ。


「ふむ。まあ、ざっとしたものであれば時間はかからぬ」

「精霊殿のときは、時間が足りないって言ってたじゃないか」

「親元を離れたばかりの獣は、大物ばかりを狙うということよの。一人の芸術家として、恥ずかしい限りじゃ」

「女王陛下なんだが?」

「うむ。ゆえに、好きにやらせてもらう」


 もしかしすると、昨晩トウマの血を吸って少し躁状態になっているのかもしれない。


 狭い小屋の中で器用に巨人のつるはしを操って、猛然と壁を削り出した。


 下書きなどしない。

 ミュリーシアの頭の中にある光景を、出力していくだけ。ただ、脳内の下絵が狂いなく正確ゆえになせる技。


 常人には、真似もできない。


 真似できないのは、彫刻作業そのものも同じだ。


 あの大きく重たいつるはしで、どうやったらここまで繊細なタッチを表現できるのか。

 巨人のつるはしの特性と、ミュリーシアの力が揃って初めて可能になる奇跡。


 まるで、最初からこうなることが決まっていたかのように絵が浮かんでくる。


「陛下は、なんとも多才なのだな……」

「本当に……」


 モルドの言葉に、ステカが相槌を打った。


 ピヨウスの羽毛を、無意識に撫でながら。


「こうなると、シアは止まらないな……」


 タチアナは、外で植樹作業をしているレイナに付き添ってここにはいない。


 いないのに、この状況。抵抗は無意味だ。後は、結構上手だという程度に収まってくれることを祈るしかない。


 可能性としては、かなり低いが。


「それで、もう一人の芸術家はなにを描いているのか聞いてもいいか?」


 トウマは小屋から出て、カードに筆で書き込んでいるベーシアの背後に立った。


 珍しくずっと黙っていた草原の種族マグナーは、本当に珍しいことなのだが。サンドワームやソヴェリス・ティルタサナを相手にしたときよりも遥かに真剣だった。


 愛用のキャスケット帽が、なにやら芸術家らしさを増幅している。


 邪魔もできず、もちろんのぞき込むようなこともできず。トウマは、そのまま完成を待つ。


 10分ほど、経過しただろうか。


「いえーい。できたよ! デック・オブ・メニィオブジェクトの新しいカードが!」


 突然、ベーシアが立ち上がった。勝利を確信したボクサーのように、拳を天に突き上げる。


「そうか。それはおめでとう。そして、お疲れ様」

「ありがとう。トウマくんは、こういうところマメだね」

「当たり前のことだろう。それよりも、だ。ブランクカードは、そこそこの数があったから構わないんだが……」


 石や木などの素材を吸収し、カードに描かれた構造物を実体化するデック・オブ・メニィオブジェクト。

 あらかじめ決まったものの他に、空白のカードも用意されている。


 自ら絵を描き、任意の構造物を実体化させることもできるのだ。


「一体、なにを作るつもりなんだ?」

「聖地には、偶像が必要だよね? 偶像崇拝禁止? いろんな宗教で禁止されるってことは、それだけ望まれてるってことの裏返しじゃん?」

「まあ、そういう側面もあるだろうな……つまり、石像を作るつもりなのか?」

「うん。じゃあ、ちょっとアクティベートしてくるね」


 止める間もなく――止めても無駄だっただろうが――ベーシアは砂漠へ駆けていった。遊んでくれると思ったのか、ピヨウスが後を追う。


「ピヨウス様!?」


 さらにステカが追随するが、蛇の下半身ではあまりに不利。


 結果として、戻ってきたベーシアと道半ばで合流することとなった。


 そのまま、ミュリーシアが作業をしている小屋へと入っていく。


「ほいほい、ちょと正面にボクの作品を置かせてもらうよ?」

「うむ。構わぬぞ」

「……もう、正面の彫刻が終わってないか?」


 幾つもの魂の光。

 それを迎え入れる砂漠の民たち。


 その両者を背景に従えて、トウマらしき人物がガーディアンワームを生み出す。


 正面の壁には、分かりやすく明快にその光景が描かれていた。


「なにしろ、共犯者の大功だからの。自然と熱が入ってしまったわ」

「……その調子で、玲那も頼む」

「任せよ。神々しい聖女としよう」


 死なばもろとも。

 だが、トウマがなにも言わなかったとしても結果は同じだっただろう。軽く、背中を押しただけだ。


「ははははは。ボクも、負けていられないね――リアライズ!」


 淡い光が放たれ、オブジェクトが実体化する。


 その光景を、トウマとミュリーシア。それに、ピヨウスは中から。

 ステカとモルドは、小屋の外から目撃した。


 人間に近い大きさで、顔には愛嬌がある。

 くりっとした瞳も魅力的だ。

 硬いはずの石像だが、見るからに柔らかそうな質感。


「ピヨウス?」

「うん。だって、ミュリーシアとかトウマくんは嫌がるじゃん?」


 ほぼ実寸大のため、人間に近い大きさ。

 顔には子供らしい愛嬌があり、くりっとした瞳も可愛らしい。

 硬いはずの石像だが、羽毛は見るからに柔らかそうな質感。


 即ち、ピヨウス像だ。


 ミュリーシアも、思わず手を止めてしまうほどの出来。


「ほう。よう特徴を捉えておるの」

「でしょ? この魔法の鍵も盗賊の七つ道具で物理的に解錠するボクの器用さにかかれば、これくらいは余裕ってもんさ」


 腰に手を当て、ベーシアが勝ち誇った。


 気にくわないのは、一人だけ。


「ぴっ! ぴぴぴ!」

「え? もっとしゅっとしてるって? ええ? こんなもんじゃない?」

「ぴぴぴっっ!」

「っていうか、キミ自分の姿見たことある?」

「ぴーーー」


 ピヨウスが、果敢にベーシアへと突っ込んでいった。くちばしの連撃で、吟遊詩人へと迫る。


「意外とやるね? でも、ボクの防御はそれくらいじゃ――って、膝? なんで膝ばっかり狙うのさ!?」

「ぴぃ」


 なおも、ピヨウスの抗議は止まない。

 結局、ベーシアが折れるしかなかった。


「分かった。分かったよ。顔のところを、もう少しシャープにすればいいんだね?」

「ぴぃ」


 ベーシアが、無限貯蔵のバッグから短剣を取り出した。あれで、微調整するらしい。


 トウマは、ダビデ像を連想した。


 これがミケランジェロだったら削った振りをしてそのまま手を加えなかったのだろうが、さすがにそこまで芸術家というわけではないはずだ。


「……これでどうよ」

「ぴぃ!」

「素晴らしいです」


 感極まったステカが、目元の涙を拭った。





 こうして完成したピヨウス像こそ、砂漠の民たちの間で長く信仰の対象となる。


 ひとつには、ミュリーシアが自ら像を作るのを嫌っていたからというのがある。罰するわけではないのだが、いい顔をされないとなれば当然遠慮してしまう。


 その点、ピヨウスの石像なら問題はクリアされる。


 そもそも、ピヨウスも砂漠の民たちにとっての大恩人である。


 サンドワームの群れを駆逐した女王。

 砂漠を緑に変えた聖女。

 死者の魂を慰撫する勇者。


 砂漠の救世主たちを運んで来たのは、ピヨウスなのだ。実際、ピヨウスが巨大化しなければ間に合っていなかった。


 トウマならば、ベーシアがモルドとステカを連れてこなかったらなにも始まらなかった。また、留守を守ってくれているノインやリリィ。それに、後押しをしてくれた精霊アムルタートも功労者だと言うだろう。


 だが、分かりやすいアイコンは重要なのだ。


 なぜか・・・、寸分違わぬレプリカがハタノの至るところに出現したことも大きな後押しとなった。


 幸運をもたらすチャームとして、ピヨウスが広く受け入れられるのも当然のことなのだ。

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― 新着の感想 ―
[一言] 神鳥ラ〇ミアならぬピヨウス……ベーシアが彫ったのが自分の像でなくて何よりw
[一言] >珍しくずっと黙っていた草原の種族マグナーは、珍しく。サンドワームやソヴェリス・ティルタサナを相手にしたときよりも遥かに真剣。 2つ目の珍しくが余分なのか、後ろに書くものを入れ忘れたのか …
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