241.吟遊詩人の劇場
「殺せ! 殺すのだ!」
茫然自失としていたソヴェリスが、顔を紅潮させて吠えた。
「いや、木だ。あの悪魔の木を狙え!」
砂漠に突如として生えた、謎の大樹。
あり得ない。あってはならない。
あれこそ、穢れの民どもの生命線。そして、切り札。逆に言えば、燃やし尽くしてしまえばこの状況を打破できる。
その認識は、正しかった。
命令も、遅かったかもしれないが的確だった。
ミュリーシアやトウマを直接狙うより、勝算はあった。
0が、小数点以下になる程度には。
さらに、実行できたならという但し書きがつくが。
「なにをしている! 動け! 動かぬか! ええい、我の声が聞こえぬか!?」
空中で、エルフの宣教使が取り乱す。手足をでたらめに動かし、髪が狂ったように舞った。
穢れと蔑んだ砂漠の民の前で。醜態をさらしている。
その滑稽さに気付く余裕がなかったのは、幸いだった。他ならぬ、ソヴェリスのために。
「大地の源素魔法を行使せよ! あの木を折り、枯らすのだ!」
しかし、笛吹けど踊らず。地上にいたソヴェリスの部下。約10名からなる源素魔法の使い手たちは、動かない。
命令違反でも、サボタージュでもない。
内心はどうあれ、従うつもりはあったはずだ。
命令が聞こえていたならば。
「それ、誰に言っているのかな?」
月明かりが照らす砂漠に、幼い声が響いた。
続いて、リュートの美しく染みいるような調べ。
それを遮る、なにかが砂漠に落ちる音。
不躾な音の源は、緑色のローブをまとったエルフの魔法使いたち。一人残らず、うめき声も上げられずに草原と化した大地へと倒れ伏す。
ドミノ倒しのようで、ある種の芸術性さえ備えていた。
「ねえ? ねえ? 誰に言ってるの? このおねむなエルフたちに言ってるの?」
「ぎっ、がぐぐぐ……」
「どうして? 気付かなかったの? え? まさか。お偉い宣教使様が? 何百年も生きてるエルフ様が? 気付かなかった? そんなことはない。そんなことはないよねぇ?」
皮肉、嘲笑、当てこすり。
心の底からバカにされ、ソヴェリスの整った顔が圧縮されたかのように歪んだ。
それでもなお、誇りは捨てられない。
「と、当然ではないかッッ」
「ああ、それは良かった。力の差も見抜けないクソバカ雑魚エルフなんていなかったんだ」
ベーシアが胸に手を当て、ほっと息を吐いた。
「……でも、あれ? おかしいなぁ?」
天真爛漫に笑う。
無邪気で、屈託のない。
心からの笑顔だ。
「ここに倒れてるっていうか、ボクが軽く撫でてあげたモブくんたちもエルフだよねぇ? おかしいねえ? 下賤な草原の種族相手に、なんでこんなことになっているんだろうねぇ? ねえ、おじちゃんどうちて? どうちて?」
「うっ、ぐ。ぬ、ぐぐぐぐ……」
ソヴェリスは、魚のようにぱくぱくと口を開くことしかできなかった。
顔色は赤を通り越して青くなり、全身の震えはさらに大きくなっている。
「あ、分かった」
ぽんっと、手を叩く。
「バカだからだ」
「ふっ、ざっ、けっるなぁぁぁぁぁっぁぁっーーーーー!?」
ソヴェリスが、杖に魔力を集めた。
しかし、矢は。いや、ベーシアは魔法よりも早い。
「落ちろ、カトンボ――なんてね」
リュートから放たれた数本の矢が、ソヴェリスを撃った。しかし、《飛行風》の魔法で生まれた風により、衝撃しか伝わらない。
結果、トラックにでも跳ね飛ばされたかのように宙を飛び――それが矢の本数だけ繰り返された。
まるで、水切りの石だ。
ベーシアなら、一撃でとどめを刺すこともできただろう。
いたぶっている。
「あまり遠くへやるでない」
「ごめーん。調子に乗った」
成り行きを見守っていたミュリーシアが影を飛ばし、エルフの宣教使の手足を縛った。
狩られた獲物のような格好のまま、地面へと追い落とされる。
「ぐっ、ぬぬぬぅ……」
「お、頑丈でなにより」
合わせて草原に降り立ったミュリーシアに、ベーシアが丁寧に頭を下げた。
「さすがに、ガキを殺すのは気が引けるしね。殺るときは殺るけど」
「ガキだと? 我を愚弄するかッ」
「だって、ほら。中二病っていうの? 子供の頃って、アホみたいな思考に囚われて恥ずかしいこと言っちゃうとかあるじゃん?」
「ああ……」
トウマにも、多少は身に憶えはあった。
「草原の種族風情が……ッッ」
「いや、だって。格別の慈悲って。†格別の慈悲†って」
遠慮無く、指を指して笑うベーシア。
「なにが可笑しい!」
「いや、†格別の慈悲†って普通に可笑しいけど? 日本風に言うと、草生えるってやつだよ。あっ、ごめん。実際に草生えてるね」
ベーシアが、腹を抱えて笑った。
しかし、笑えたのは草原の種族だけ。
例外は、マテラだ。意味が分かっているのか、いないのか。マテラだけは、ニャルヴィオンで手を叩いて喜んでいた。
「すごい煽り性能ですね。あたしも――」
「見習わないでくれよ」
素人がやったら、殺されても文句は言えない。
「ところで、ベーシア」
「なんだい?」
「ひとつ、この宣教使に聞きたいことがある」
「ああ、どうぞどうぞ。こんなので良ければ」
ミュリーシアにも目配せし、トウマは場を引き継いだ。
「なぜ、クロスブラッドとセタイトをそこまで蔑む? 理由もなくというわけではないだろう?」
「彼女は、人間風情に騙されて氏族を捨てたのだ。人間は、彼女の魔法の素質も氏族を統べる統治の才能も無にしたのだぞ!? その結果生まれたクロスブラッドなど、ろくなものではないっ」
「下らない。好きだった女性を人間に寝取られてひがんでるだけじゃないですか」
しかし、主役はトウマではなくまたしてもレイナ。
複雑な過去を、快刀乱麻に両断してしまった。
「下衆の勘ぐりは止めろッッ!」
「そうじゃなきゃ、人間との混血に憎しみが向くわけないじゃないですか。普通は人間を憎むだけでしょう? もしかして、その彼女からハーフエルフの子供でも見せられたんですか? 幸せそうに微笑みながら?」
「う、なっ、あっ、あっ、あ……」
目を白黒させ、ソヴェリスがうめく。
嫉妬。
もしかしたら、今の今まで。
数百年の長きに渡って、気付いていなかったのかもしれない。
「寝てから言ったらどうですか……って、これ、さっきも言った気がしますね」
「あれと同レベルは酷いっす!」
さっき言われたタチアナが、心外だと抗議する。
それに対して、レイナは――
「ごめんなさい。あれと同レベルは、さすがにないですね」
――素直に謝った。
「そうっすよ。まあ、分かってくれればそれでいいっすけど」
一瞬でタチアナと和解し、レイナは最後に一言。
「ああ、そういえば。だから聖魔連合とやらに敗れたセタイトも嫌ってるわけですね。自分と同じ敗者だから、同属嫌悪ってやつですか」
公開処刑とは、まさにこのこと。
違いは、生物的な意味では命脈を保っている。保ってしまっていることだろう。
ソヴェリスの瞳にも表情にも、今や狂気しかない。
「我を殺せば、聖魔王様がタガザ砂漠へ手の者を派遣するぞ。そうなれば、これが隠しきれるはずがない」
「だろうな」
底は見えたが、聖魔連合ではそれなりの地位にいるはず。
それが行方不明となったら、面倒なことになるのは明らか。
「殺さずに、我を懐柔するか? 無駄だ。貴様等などに従わぬぞっ」
「言われなくても、分かっている。だが、それを彼らがどう思うかは別の話だ」
トウマが、エルフの宣教使の背後。
闇しかない空間を指さした。
「ソヴェリス・ティルタサナ、お前が攻撃を加えたガーディアンワームには、サンドワームに殺された砂漠の民の魂が宿っている」
険のある瞳を向け、トウマは噛んで含めるように。それでいて、余計な感情を交えず宣告する。
「同じゴーストが、どうして取り憑いていないと言える?」
「脅しかっ! 下らぬ!」
「俺は、死霊術師だ」
反論は一言。
それで、ソヴェリスの舌は役立たずになった。
「信じる信じないは、個人の自由だろう。俺たちに不利益を与えようと考えたとき、あるいは自ら死を選んだとき。真実は明らかになる」
「あ、アンデッドなど祓えば……」
「じゃあ、保険もかけておこうか」
ベーシアが、リュートを弓のように構えて天へ三本矢を撃ちだした。
それだけ。
矢は、落ちてこない。
「なんだ、この茶番は――」
「ふざけるな。こんなやつら、聖魔連合の軍を動かして皆殺しにしてやる……って思ったね?」
天から、光が降ってきた。
それはソヴェリスの耳元を掠め、髪と耳の一部を引き裂いて草原を穿ち地下深くへと落ちていった。
どこに隠れていても、逃がさないと言わんばかりに。
「一矢は、警告。二矢は、本人」
「三本目はどうなる?」
「そりゃ、責任者だよ」
「……聖魔王か」
もしかしたら、真相を知らないのかもしれない。
聖魔王本人は、ここまで苛烈な統治を望んでいないのかもしれない。
「責任者は、責任を取るのがお仕事だからね~」
だが、そんなことは言い訳にもならない。
ベーシアの稚気に満ちた笑顔は、そう雄弁に語っていた。




