024.二者択一
「俺の故郷では塩分は体に悪い、血圧が上がる、減塩こそ正義みたいな風潮があったんだよ」
「分かるぞ。ドラクルも、人以外からの吸血はエレガントではないという流れになっておる。かつては、ネズミの血を啜って生き延びたことがあるにもかかららずの」
円卓の向こう側に座るミュリーシアに共感はできそうになかったが、言いたいことは伝わったので良しとする。
「やっぱり、塩って大事だよな……」
今までも食べてきたマッスルースターの串焼き。
モモ肉をじっくりあぶった焼き鳥(塩)は、今まで以上に格別だった。
感動して、しばらくなにも言えず。
やっと発したと思えば、味の感想ではなく故郷のことだった。
「おいちーですの。おいちー」
円卓の回りを飛ぶリリィも、そこはかとなく幼児退行するほど。
「うむ。肉の美味さをよく引き立てておる。塩には、もっと雑味があると思うておったわ」
血以外の食物はただの娯楽とするミュリーシアも、だからこそ感心しきり。
妍姿艶質。赤い唇についた脂をなめ取る仕草は、実に艶めかしい。
「健康で文化的な生活って、こういうことなんだなぁ」
空腹。それに、グリフォンの翼の森林地帯で見つけたハーブ。
代用した調味料は、それぞれ最大限の貢献をしてくれた。
しかし、それはそれこれはこれ。そもそも、空腹は本来の意味の調味料ではない。
ぱりっと焼けた、マッスルースターの皮目。そこに浸透する沸騰湾の塩。
余分な脂が抜け、それでいて脂の旨味はしっかりと残っている。そこに、塩が素材の味を引き立てるハーモニー。
「脂と塩分の組み合わせは――無敵だ」
「絶対無敵なのです! というわけで、トウマはどんどん食べるのですよ!」
「そうやって強制されると、逆に食欲がなくなるんだが」
「さあ、さあ、さあ! なのです」
「分かったよ」
国民の強い要望に対し、未来の宰相であるトウマに拒否権はなかった。
冷めてしまう前にと、歯ごたえのある肉を口に入れていく。
しかし、まだトウマは知らない。“王宮”のかまどでは、おばちゃんのゴーストがおかわりを焼いていることを。
「ちなみにじゃが、共犯者よ」
「改まって、どうしたんだ?」
「ミッドランズでの塩の値段を知っておるか?」
ゆっくりとマッスルースターの焼き鳥を咀嚼してから、トウマは答える。
「悪い。まったく知らない。シアも……だよな?」
「うむ。妾が自ら買い物をすることなど、許されるはずもないわ」
「いつの間にか、ジルヴィオが調達してたんだよなぁ」
市場の見学や貨幣の勉強ぐらいはしているが、具体的な値段までは分からない。
しかも、ミッドランズのどこでも同じ値段というわけではないだろう。塩なら内陸のほうが需要があるだろうが、これも岩塩の採掘状況で変わってくる。
「神都サン=クァリスの娼館に関する情報なら、多少持ち合わせているんだが……」
「それを妾に教えて、どうせよというのじゃ?」
「それくらい、俺の知識は役に立たないことを伝えたかった」
率直に頭を下げるトウマ。
そんな共犯者の姿を見ていると、ミュリーシアにもイタズラ心が湧いてくる。
「塩の値段が分かれば、どの程度の物が買えるか当たりが付けられると思ったのだが……。それにしても、娼館とは共犯者も男の子よの」
「俺に経験があるかどうか、血を吸って分かるものじゃないのか?」
思わぬ反撃。ミュリーシアは固まった。
脳内を様々な言葉が飛び交うが、選ばれたのは露骨に芯を外した物。
「まあ、そういう趣味を持つドラクルもおらぬではなかったがの……」
「経験って、なんの経験なのです?」
「それは――」
「――説明するでないわ!」
羽毛扇を握ったまま、ミュリーシアが石の椅子を蹴り倒さんばかりの勢いで立ち上がる。
それなのに、トウマは表情を変えることはなかった。
「こういうのは、下手に隠し事をすると禍根を残すことになるぞ?」
「いきなりするものではなかろう!」
「なんだか、お父さんとお母さんみたいなのです」
「それは……」
「そんなことは、いや、あながち否定もできぬか……」
態度を豹変させた二人に、リリィは小首を傾げる。
「とりあえず、国民の教育方針に関してはいずれ話し合うということで」
「う、うむ。それが良かろう」
国家の議題にしてしまい、うやむやに話を終わらせる。
男女の仲も、国家運営も。それが大事な場面というのは存在した。
その翌日。早速、トウマとミュリーシアは島を出ることにした。
“王宮”を出て、井戸のある広場へ移動。
荷物は、沸騰湾の塩とそれを入れた瓶だけ。巨人のつるはしで加工した石の蓋でぴったりとふさぎ、空の旅に備えている。
「ある意味、俺も荷物みたいなものだな」
「そうは言うがの、共犯者。例えばペガサスの霊と契約できたとしてだ」
「そうなったら、もちろんそっちに乗らせてもらうが」
「妾が運ぶのと、空を翔る天馬に乗るの。どちらが安心できるかの?」
「……もしかして俺は、シアから逃れられない?」
拈華微笑。それ以上は言葉を用いず、ミュリーシアは思いを伝えた。
「さて。光輝教会の都は分かるが、念のため確認したほうが良いの」
「ああ……。今、起動してみる」
レイナに渡されたとき、位置と方角を知る機能はテスト済み。
少し思い出す素振りを見せてから、トウマは能力を解放する合言葉を唱える。
「比翼の鳥、連理の枝。伴侶の在処を指し示せ」
「随分な合言葉よの」
「なんか、矢印が出てきたのです」
見送りに出ていたリリィが言う通り、指輪の宝石から矢印が浮き出てきた。
それがぐるりと一周すると、ある一点を指し示す。
「この矢印が大きくなると、距離が近付いた証拠だ」
「へえ~~。便利なマジックアイテムなのです」
「ふむ。指輪が指し示す方角からして、サン=クァリスでは……ないな」
「聖女としての活動で、神都を離れているのか」
「いや、妾の記憶と方向感覚が正しければ――」
ミュリーシアは最後まで言えなかった。
「トウマ、ミュリーシア。なにかが出てきたのです!」
「なんじゃ、これは……?」
広場を中心に、地面から黒い粘液が染み出していた。
トウマは一瞬、原油でも湧き出してきたのかと誤解した。そう、誤解だ。
黒い粘液が一定量に達すると、黒い全身鎧に黒い剣と盾。漆黒の騎士の姿に変わった。
「モンスターか!」
「沸騰湾ではなく、こちらに魔物が出るとはの!」
「次から次に湧いて出るぞ」
そう言っている間にも、黒い騎士の湧出は続く。
なにも言わず、その場から動かず、まるで数が揃うのを待っているかのよう。
いや、待つ必要はほとんどなかった。
ほんの数十秒で、黒騎士たちは視界を塗りつぶすほど湧き出てきた。
もう、数えることもできないほど。
即ち、無数の魔物にゴーストたち共々囲まれてしまった。
「トウマ、ミュリーシア……」
「大丈夫、なんとかする」
魔物も生き物には違いない。
ならば、少なくない死霊術師のスキルが通用する。
この数相手に無事は保証できなくとも、投げ捨てるような選択肢は最初からなかった。
「これは尋常ではないの。元を絶たねば、最悪無限に出現することもあり得るかもしれぬ」
「仕方がない。一旦、外出計画は中止だ」
「ええいっ。邪魔をしおって、万死に値するわ!」
ミュリーシアはいらだたしげに羽毛扇を閉じると、ドレスの裾から影を伸ばした。
それはいくつにも分かれ、それぞれに鋭い穂先が備わっている。
一気に射出し、魔物を殲滅しようとした……その時。
「……共犯者よ、指輪が光っておるぞ」
マジックアイテムが、黄色い光を発していた。
「玲那が……」
レイナの居場所を指し示す矢印が、黄色く光る。
対になった指輪の持ち主が、命の危険を感じている証拠。
つまり、レイナがなにかに襲われている。あるいは、事故に遭ったのかもしれない。
緑の聖女として、光輝教会に保護されているはずなのになぜ?
本当なのか? 誤作動ではないのか?
目の前の魔物の存在も吹き飛んで、トウマの思考はまっさらになっていた。
「みんなか、玲那か……」
まるで、選択を迫られているかのよう。
運命に意思があるとすれば、きっと愉悦を感じて笑っているに違いない。
最悪。そうとしか言いようのないタイミングだった。




