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使い捨てられ死霊術師のゴーストタウン建国記  作者: 藤崎


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239/295

239.聖魔連合の宣教使

 静かな夜に、いくつかもの明かりが灯っている。

 窓の外からは、微かな。しかし、美しい旋律が流れていた。


 ニャルヴィオンが立てるキャタピラの音とは、ぶつからない。むしろ、相乗効果を計算に入れた調べ。


 そのリズムに合わせ、松明とともに砂漠の民が砂漠を横断していった。


 影絵のように、幻想的。

 悲壮感のない、平和で。


 希望に満ちた光景。


 ニャルヴィオンの二階席から眺めるトウマは、珍しく鼻歌を歌っていた。祖父が聞いているのを憶えていたのか、それとも音楽の授業で触れたのか。月が照らす砂漠を駱駝で行くという曲だ。


「なんというか、こっちに来て初めて観光気分になった気がします」


 隣に座るレイナも、実に穏やかな表情を浮かべていた。


 ピヨウスの巨大化から、急な出立。

 サンドワームやロードワームとの遭遇。

 そして、死者の魂とガーディアンワームとの契約。


 次から次に起こった事件も、一段落。安らかな気持ちを抱くのも、当然のことだろう。


 一眠りした後だけあって、トウマの口も軽くなる。


「沸騰湾も、グリフォン・フジも。立派な観光名所だと思うが?」

「あれは、観光じゃなくて探検です」

「そう言われると……確かにそうだな」


 トレッキングのようなアクティビティがあることは、知っている。

 だが、沸騰湾は神秘的すぎた。それに、残念ながらつり下げられた状態では完全に観光気分とは言えない。


「そもそも、シアがいないと探検もできなかっただろうけどな」

「それは認めます」


 そのミュリーシアはといえば、最後尾の広い座席に座っている。


 一人で、ではない。


 タチアナに膝を貸して、黙って枕になっていた。


 問答無用で影の繭に包まない辺り、自分とどちらが上の待遇なのか。トウマには区別が付かなかった。


「うらやましいですか?」

「いや、逆に気を遣いそうだな」

「やってあげましょうか?」

「今、俺は否定したよな?」

「あたしと先輩の仲です。気を遣うことはないでしょう?」


 論理的に正しい。

 否定はできないし、肯定はもっとできない。


 逆に言えば論理的な正しさしかないのだが、トウマは黙ってしまった。


「センパイの攻略法ぐらい、このあたしがわきまえてないと思ってるんですか?」


 調子に乗って、レイナがトウマの頬をうりうりと突っつく。

 トウマは、されるがままになっていた。



 誰も止めないという以上に、誰も見ていないというのもあった。


 マテラはレッドボーダーのゆりかごで。ピヨウスも、器用に座席で眠っている。

 ニャルヴィオンの上でリュートを奏でるベーシアがここにいたら、「赤ちゃんと同じか……」と肩をすくめていたに違いない。


「おっと、この辺で止めておきましょうか」

「……引き際まで心得ているとはな」

「ふふんっ。調子に乗って見誤ることもありますけどね」

「だめじゃないか?」

「それでも、譲れないものがあるんです」


 トウマは、深追いしなかった。それこそ、引き際の問題だ。


「ノインに、経過報告をするか」

「そうですね。夜でも、起きてますからね」

「今グリフォン島に残っているのは、みんな睡眠不要だな」


 リリィは眠れるようになったが、トウマたちがいないのに寝たりしないだろう。ノートパソコンで、動画を見ているに違いない。


「……ノインですか? ええ、こっちは大丈夫です。いろいろありましたけど、問題はほぼ解決できましたよ」


 慣れた手つきでスマートフォンを取りだし、早速通話を始めた。

 ほぼ解決は言い過ぎだと思ったが、みんな寝ているので余計なことを言うのも気が引ける。


「無事、タチアナは採用になりました。あと、クロスブラッドもセタイトも。砂漠の民は丸ごと、うちの傘下に入るらしいです」


 微かに、ノインの声が聞こえてきた。急展開に、驚いたのだろう。


「あんまり驚いてないですね」


 違った。


「ミュリーシアとセンパイが赴いたのだから、当然の話って言いたいんですか? それは……確かにそうですね」


 確かにミュリーシアが居るのだから当然かと、トウマも思い直す。

 それはそれとして、ノインは信頼しすぎではないだろうか。


「とりあえず、その辺の話し合をしたら、すぐに戻りますよ。あんまり、島を空けるのもなんですからね」


 お帰りをお待ちしております。


 そう言って、スマートフォンの向こう側でノインが瀟洒に一礼する。そんな光景が、トウマの脳裏に浮かんだ。


 妄想ではなく、恐らく現実だろう。


「落ち着いたら、センパイからもかけてあげてください。リリィちゃんも、声を聞きたがっているはずですから」

「そうだな。そうしよう」


 トウマとしては一日ぐらいと思わないでもないのだが、第三層に囚われていたばかりでもある。配慮は欠かすべきではないことぐらい理解していた。


「まあ、基本は接待を受けたらお仕事終わりじゃないですか。すぐに戻れますよ」

「そうだな。シアが慣れているだろうしな」


 しかし、そうはならなかった。


 集落にたどり着く前。


 小さなオアシスにさしかかったところで、魔法の光が夜陰を切り裂いた。





 クロスブラッドと、セタイトの集落。そのどちらにも属さない、小さなオアシス。


 ベーシアがモルドとステカを呼び出した。

 そして、砂漠の民が衝突直前だった。ある意味で始まりの地。


 その上空に、鮮やかな緑のローブをまとった金髪の男がいた。肩先まで伸びた長い髪が、《飛行風フライング》の魔法で生まれた風で舞う。


 妖精種エルフ。

 誇り高き魔法の使い手の種族。


 しかし、その誇りは今や負の感情に満ち満ちている。


 侮り蔑む視線の先には、青白い光をまとったガーディアンワームがいた。


 全身に無数の傷を負い、それでもなぜか空中のエルフを追おうとはしない。


「《氷雪嵐ブリザード》」


 地水火風光闇。魔力を触媒に源素の力を解き放つ、源素魔法。その中級に位置する攻撃魔法の目標は、ガーディアンワーム――ではない。


 小さな。けれど、貴重なオアシスへ向けて砂漠に冷気と氷塊が放たれた。


「グルワッッ」


 間に体を強引に入れ、砂漠における生命線を必死に守る。

 その結果が、全身の傷。


「下等な虫め! 聖魔王陛下の威光を思い知るが良い!」


 冷気と氷塊による殴打。

 二種の攻撃が乱れ飛ぶ魔法を受けて、それでもなおガーディアンワームは引かない。


「やれ」

「はっ、《火矢ブレイズ》」


 地上には、同じ緑色のローブを身にまとったエルフが10名もいた。

 そこからさらに、《火矢》の呪文がオアシスへと放たれる。


「グルワッッ」


 再びガーディアンワームがブロックするが、それはエルフを喜ばせただけだった。


「くくっ。これだけは使いたくはなかったが、仕方あるまい。上級魔法に――」

「――クズが」

「なにっ」


 突如として飛んできた、漆黒の杭。

 咄嗟に反応し、発動しかけていた源素魔法で撃ち落とした。しかし、その余波でエルフの魔術師は吹き飛ばされ視界が煙でふさがれる。


 砂漠に、一陣の風が吹いた。


 煙が晴れると、さらに高い場所からミュリーシアが見下していた。


「モルドよ、あのたわけ者は何じゃ?」

「宣教使……ソヴェリス・ティルタサナ……なぜ……」

「様を付けぬか、穢れの民」


 砂漠の民を管理するはずの、宣教使。

 それがなぜ、オアシスへと破壊の手を伸ばしたのか。


 ミュリーシアが、閉じたままの黒い羽毛扇を突きつける。


「宣教使ソヴェリス・ティルタサナ。言い訳を許してやる。万にひとつの可能性に賭けて、さえずってみるが良い」

「……ほう。そこにいるのは、光輝教会の勇者と聖女ではないか」


 しかし、エルフの源素魔法士はドラクルの姫を完全に無視した。

 素性に気付いているのか、いないのか。意識と視線は、地上に留まるトウマとレイナへと向けられている。


 元々何らかの情報を得ていたのか。それとも、二人が身にまとう奇妙な衣装――制服で当たりを付けたのか。


 実のところ、どうでも良かったのかもしれない。


「光輝教会の手先が、なぜこんなどうでもいい場所にいる? しかも、穢れの民と一緒に?」


 目が嫌らしく垂れ下がり、口が邪悪な半月状に歪む。


「そうか。反乱、反乱に違いない」


 自分勝手な結論は、真実を掠めた。

 ただし、それを引き起こしたのはソヴェリス・ティルタサナ自身の行いにあるとは、考えもしない。


「サンドワームどもは現れぬ。かと思えば、汚穢どもが邪悪と現れた。つまり、サンドワームの集団暴走から逃れるために、聖魔連合を裏切ったに違いあるまい」


 ローブから取り出したメダリオンを誇示して、ソヴェリス・ティルタサナは粘着質な笑みを浮かべた。月光に照らされ、不気味に浮かび上がる。


 それで、トウマはからくりに気付いた。気付かざるを得なかった。


「同じことをしたのか、ジルヴィオと」


 魔都モルゴールの跡地で、偽竜を操りレイナを危機に陥れた光輝騎士ジルヴィオ・ウェルザーリ。


 それとまったく同じことを、ソヴェリス・ティルタサナもやっていた。


 しかし、まったく悪びれた様子はない。それどころか、完全に自らが正義だと疑いを持っていなかった。


「しかし、我は寛大である。格別の慈悲を与えよう」


 杖を持ったまま、両手を広げ。

 月をバックに、宣教使は穢れの民と呼ばれる人々へと呼びかける。


「殺せ。勇者と聖女を殺せ。さすれば、格別の慈悲を以て我は穢れの民を許そう」


 月明かりを受けて、エルフの宣教使の影が砂漠に大きく歪んで投射された。

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― 新着の感想 ―
[一言] 返り討ちにしておいて、捜索者がきたら『見てない、時期的にサンドワームの集団暴走に呑まれたのでは?』ってことにすれば問題無いね アムルタート王国に敵対するってことなら、交易品が光輝教会よりも…
[一言] こいつら、自分たちが皆殺しにして「だれもきませんでしたよ?」される発想がないんだな……。
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